第十七話:元・異世界勇者と新入りアルバイト



「ふははは、俺が手に入れた加速の力! 俺は誰にも止められない!」



 深夜の住宅街を疾走する人影。

 恐るべきはそのスピード、乗り物に乗っているわけでも無く時速八十キロはあろうかという出し、それを維持して逃走を続けるひったくり犯の姿は正しく異常だった。


 そんなひったくり犯に対して、田中は――



「田中パンチ」



 音を立てずに進行先に先回りすると、気付かれるより先にその横っ面に拳を叩き込んだ。


「ぶげらふしゃァっ!!」


 何とも言い難い悲鳴を受けて吹き飛んだが、ぴくぴくと動いているので生きてはいるので問題ないだろう。


「田中さーん! ひィ、ひィ……は、早過ぎますよぉ!」


「むっ、すまない。佐々木さん」


 警察に連絡をし、ひったくられた鞄が無事かどうか確認していると遅れてやってきた玲がやってきた。

 制服姿ではなく動きやすい私服の姿の彼女は息を切らしている。


「しかし、そんなに急いで来なくてよかったのに。ひったくり犯は捕まえたと連絡は打ったと思うんだが……」


「怪我を……しているんですから……無茶しちゃ……だめ、ですぅ……」


「あ、ああ……そうだった。心配してくれてありがとう」


 玲の言葉に少し微妙な顔になりつつも田中はそう答えた。

 そして、彼女の依頼でストーカー男を捕まえた二週間ほど前のことを思い出した。



 結論から言ってしまえば、結局は玲に押し切られる形でアフラフへ雇うことが決まってしまったのだ。

 押し切られる要因となってしまったのは主に二つの理由があった。


 一つは単純に事務所が思ったよりも順調すぎて、二人では回しきれない部分が出ていたこと。

 現場での仕事を田中がやり、裏方を瑠璃之丞がやる。

 そういう形でやっていたものの、所謂雑務といった細々としたものに手が回らなくなってしまっていたのだ。


 故に人で自体は欲していたという事実があったこと。


 もう一つは玲が思いっきり田中の怪我を気にしてしまっていたことだ。

 彼女は心優しい女性だ、なんか思った以上に田中がピンピンしているからと言って放っておける正確ではない。

 自分のせいで怪我を負ってしまったという自責の念もあるだろう。

 だからこそ、彼女は急に雇って欲しいと言い出したのだ。


 純真に心配して「怪我が治るまでのサポートでいい、給料もいらないのでお手伝いを」とまで言われれば……拒絶するのは難しい、結局瑠璃之丞が折れた時点で受け入れる形となってしまったというわけだ。

 ちなみに給料を払うことに関してはキチンと呑ませた。


「はい、タオルとスポーツドリンクです。お疲れさまでした!」


「ああ、ありがとう」


「いえいえ、それじゃあ佐藤先輩への報告は私がしておきますね」


「んー」


 渡されたスポーツドリンクのストローに口を付ける時には、既に玲は情報端末の操作を開始していた。

 手慣れた打ち込みで明らかに田中よりも早い、数分とかからずに打ち込み終えてしまった。


「送信っと。これで依頼は達成ですね! えーっと、他の依頼に関しては……」


 テキパキと動く玲の様子に、田中はぼんやりと彼女を雇ってよかったなーっなどと考えていた。

 押し切られた形で急に入ってきたのでそれほど能力的には期待していなかったのだが、彼女は思った以上に優秀な人間だった。

 精力的に自分がやれる仕事を見つけて働いてくれるので助かるのだ。

 最初は嫌々だった瑠璃之丞も事務所仕事を手伝って貰ってからは頼るようになった辺りかなりのものだ。


「……うーん?」


「どうかしたか?」


「いえ、最近こういう事件多いですよね。この間の依頼の泥棒探しでも宙に浮いていたじゃないですか、まるでみたいに……」


 ――まるでも何も本当に飛行魔法なんだけどね。


「それに炎を出す人やあのひったくりの犯人のようにすごいスピードで走ったり……もしかして意外にそういう超能力者っているんでしょうか?」


「世の中は不思議に溢れている。そういうこともあるかもしれない」


「田中さんもなんか凄い身体能力ですし」


 田中は無言で目を逸らした。


「まあ、そういうこともあるのかなぁ?」


「……何というか、田中が言うことでもないけど受け入れ過ぎじゃない? 超常現象」


 常々思っていたことを田中は玲にぶつけた。

 炎を出す人間、空中浮遊をする人間、そして田中の身体能力を見ている割に彼女の反応は薄いのだ。

 一応、驚いてはいるのだが。


「ん、何なんですかねぇ? 何というか、そんな記憶が……気のせいだとは思うんですけど」


 小首をかしげる様子からは嘘をついているようには見えない。

 田中は疑問に思いつつも、単に細かいことは気にしない気質なのかもしれないと納得することにした。

 助かることは助かるし、変に掘り下げられても面倒ではある。


 それよりも玲が言ったことは田中も気にしていることではあった。


 ――まさか、あのストーカー男以外にもを使う者が現れるとは……。


 予想外と言えば予想外だった。

 そもそもストーカー男が炎魔法を使えたこと自体も謎ではあったが、更に何人も続くとなれば……。


 ――何かが起こっている? やはり佐藤の言った通りに何かの事件が……。


 そんな考えが浮かんでしまうのも無理はない。

 どうにも田中としても最近は奇妙な流れになって来ているという違和感を感じてはいた。


 アフラフの依頼にしてもそうだ。

 妙に物騒な事件の解決依頼が目立つようになった。

 今日のも最近出没するひったくり事件の調査代行として来て……あのひったくり犯の犯行現場に居合わせることになった。

 飛行魔法を使う泥棒に関してもそうだ。


 ――最近は来れなくなったバイトの代行とかペットの散歩の代行とか普通の依頼が減って来たな……。別に依頼内容に貴賤があるわけじゃない。人の助けになるという意味で等価の仕事ではある。けど……。


 ひったくり犯にしろ、泥棒にしろ、田中でなければ捕まえることは難しかっただろう。

 それを考えれば田中に依頼が来たのは結果的にはよかったのだ。



 田中の「ジャマジャガ」で魔法も封じられ、彼らは正当に犯罪者として警察に捕まる。



 ――めでたしめでたし……のはずなんだけど。



 どうにもシックリとこない。

 そんな違和感を最近の田中は感じるようになった。


 何がそんなにシックリと来ないのか、言語化するのは田中には非常に難しいのだが……。


 ――……ダメだ。田中にはやはり頭脳労働は向いていない。


 異世界で勇者として魔王軍と戦っていた時もそうだったのだ。

 作戦とか方針を決めるのは主に姫や女魔導士、王子たちで田中と将軍は大抵鉄砲玉である。


 ――「タナカ、あっちに魔王軍の輸送部隊が……襲撃してください」


 ――「あそこの街には魔王軍の幹部の一人が……暗殺してきてください」


 ――「こことあそことこっちには恐らく人間牧場が――」


 大体こんな感じであった。

 正直、魔王軍との戦いの全体の推移とかよくわからず、与えられた田中としての仕事を遂行していった結果、魔王を殺すことに成功した田中である。

 なんか事件っぽいものの裏側を考えるというのは完全な畑違いだった。


 人はそれを脳筋という。


 とにもかくにも難しいことを考えることを諦めた田中は次の仕事に意識を移すことにした。


「次の依頼は何がある?」


「あっ、えっとですねー」


 玲へとそう尋ねながら田中は思った。



 ――さて、佐藤の方は何やら調べていたようだけど。やっぱりこういうだと、魔法少女の方が経験があるのかな? そっちは任せるとするか。


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