第105話 「でも、寂しく感じるんだ」

 無事(?)に婚約式を終えると、今度は一カ月後に行われるデビュタントだ。


 この目まぐるしい日程になったのは、お父様が原因だった。


 エリアスの養子に、私たちの婚約式と結婚式。その日程を決めたのがお父様である。

 聞いた時は、その意図に気がつかなかったけど。今になると分かる。

 婚約期間が短いのだ。


 通常とは違うのだから婚約期間を長くして、多くの人に知ってもらう必要がある。次期伯爵となるエリアスを。

 元々貴族出身ではないから、口さがのない連中の餌食になるのは、仕方がないことだけど。


 でもそれは、私もエリアスも分かっていたことであって、婚約期間を短くする理由にはならない。


 そうお父様に進言すると、まさかの答えが返って来た。


『見たくなかった』


 邸宅の中でも外でも、私が幸せそうにエリアスの手を取っている、などの恋人らしい話題を、耳にするのも嫌なのだと言われてしまった。


 お父様が、お母様に似た私を可愛がってくださっているのは、この世界に来た時から知っていたけど。


「ここまで重症だとは思わなかったわ」

「ん? どうかしたのか?」


 隣に座るエリアスが、心配そうな顔で尋ねてきた。


「馬車に乗るまで大変だったなぁ、と思って」


 名実ともに婚約者となったエリアスを、まじまじと見た。婚約式と同じように、私たちは今日も、色を合わせた衣装を着ている。


 私は黄緑色のAラインのドレスを。エリアスは深緑色のタキシードである。

 今回は舞踏会ということもあって、肩を出したロールカラー。アクセントとして、深緑色と黄色の模様がドレスに施されている。イヤリングやネックレスも、エリアスの服に合わせて深緑色。


 初めて一緒に参加する舞踏会なのだから、むしろ合わせない方がおかしいと思う。

 それも、エリアスの色に合わせることで、周囲の声を黙らせる。という意図があったんだけど、思いの外、お父様が拒絶反応を起こした。


 どうやら婚約式で、私とエリアスがしばらく屋敷の中にいたことを知ってしまったらしいのだ。ニナの話では。


『あと二カ月後には結婚式なのに!』と言っていたらしい……。


 まぁその意見には同意するけど……。先が思いやられるなぁ、とため息を吐きそうになった。

 すると突然、エリアスに腰を掴まれ、そのまま引き寄せられる。


「旦那様はまだ、心の整理ができていないのだから、そう言うな」

「心の整理って、お父様が私たちに掲示したのは一年前なのよ。十分過ぎる時間があったと思うんだけど」

「まだ先、というのと。すぐそこっていうのは、また違うだろう」

「どうしたの?」


 エリアスがお父様の肩を持つなんて、珍しいわね。


「……ニナさんに言われたんだ。マリアンヌに似た娘ができたら、同じことが言えるのかって」


 私たち、まだ結婚もしていないのに、む、娘って! な、何を言っているのー! ニナはー!!


「さすがに娘と言われても、ピンとこなかったんだ」

「そ、そうだよね」

「でも、孤児院で面倒を看ていた子供たち、と言われたら……少しだけ分かる……ような気がしたんだ」


 エリアスにとっては家族だから。


「娘じゃなくて、妹みたいな子たちが、結婚するってことになったら、お父様と同じような気持ちになったのね」

「自分でも驚くほどにな」

「もしかして、そういう話が出ているの?」


 確かレリアは、エリアスよりも年下だと聞いたけど、幼なじみってエリアスは言っていたから違うと思う。

 でも、孤児院には他にも女の子たちがいる。その子たちに持ち込まれた話だろうか。


「いや、まだそこまでの年齢には達していない。ただ、他の貴族の屋敷で働いている連中もいるから、そういう相手ができていてもおかしくはないと思ったんだ」

「そうね。ウチにも夫婦揃って働いてくれている使用人はいるから」

「あぁ。だから、それが悪いとは思わないし。終始傍にいられるのは、むしろ羨ましいと思っている」


 羨ましい、か。確かに。


「あいつらが幸せなら、それでいいともな」

「でも、寂しく感じるんだ」

「何故かは、俺にもよく分からない」

「そっか。お父様の気持ちに寄り添ってくれるのは嬉しいけど、私のことも考えてほしいな」


 まるで、私との結婚はまだ早いって言われているような気がした。それもまた寂しいよ、エリアス。


「考えているよ。ずっと」

「ずっと?」

「うん。今すぐにでも、キスしたいくらい」


 えっ、と驚いている暇もなく体を引き寄せられる。けれど私はエリアスの体を押した。


 ここは馬車の中。あの時のようなキスをされたら……。


 無駄な抵抗だと分かっても、私は抗った。


「大丈夫。もうマリアンヌを困らせるようなことはしないから」


 そう言って、額にキスをして私を解放してくれた。


「だけど今日は、俺の傍から離れないでくれ。いいな」

「えっ、何で?」

「何でも」


 その後もエリアスから答えは返って来なかった。けれど数時間後、私はその言葉の真意を知ることとなる。



 ***



 扉越しに聞こえる美しい音色。潜ったら、どんな景色が見えるんだろう。


 前世で見た、漫画のような煌びやかな会場? 美しいドレスを来た夫人や令嬢たちを見て、気後れしてしまうんじゃないかしら。


「マリアンヌ、大丈夫」


 エリアスはそっと、組んでいた私の手に触れる。震えていたのか、エリアスの手が重なったことで気づかされた。


「ごめんなさい。エリアスだって、初めてなのに」

「実はそうでもないんだ」

「え?」

「給仕として、だけどな」


 その言葉にアッと思い出した。婚約式の時、ケヴィンが会場にいた理由。


「どうして? もうウチにいた時の話よね」


 初めて出会ったのは、私が十二歳の時。エリアスは三つ上だから、十五歳だ。

 それでも、舞踏会に給仕として上がれる年齢じゃない。


「まぁ、そうなんだが。その話は後でな」

「……分かったわ。後でちゃんと聞かせてよ」


 同じ屋敷にいても、私はエリアスについて知らない部分が多かった。

 五年前の謹慎期間。一年前の制限付きの逢瀬。


 少しだけ不貞腐れた顔をすると、エリアスは宥めるように、重ねた手を軽く握った。


「行こう、俺たちの番だ」


 手はもう震えていない。私を和ませるためにした話なのかは分からなかったが、やっぱりエリアスは頼りになる。


 私は前を見据えた。隣にいるエリアスに恥じないようなレディでいたいから。

 開け放たれた扉の向こうに見える、華やかな会場に、一歩ずつ近づいていく。


「エリアス・カルヴェ伯爵令息と、マリアンヌ・カルヴェ伯爵令嬢です!」

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