第103話 「来てくれて嬉しいわ」
「おめでとうございます」
ケヴィンはそう言いながら、手に乗せたお盆から、グラスを一つだけ取って、私に差し出した。
柑橘系の匂いと色から、オレンジジュースだろう。
あと三カ月とはいえ、私はまだ十七歳。未成年にお酒を進めるとは思えなかったからだ。
「ありがとう、ケヴィン。人手が足りないって言っていたけど、エリアスに頼まれて?」
「いいえ。とあるフットマンにです。カルヴェ伯爵邸に品物を卸している内に、仲良くなった人物でして。それでまぁ、こうして駆り出された、というわけですよ」
ケヴィンの言っていることは嘘ではないだろう。現にケヴィンルートは、そういった経緯で始まるのだから。
「ネリーはどうしているの?」
「……何で、ここであいつの名前を出すんですか?」
「だって、私の従姉妹でもあるのよ。あと、変な勘繰りはされたくないんでしょう?」
「敵いませんね、お嬢さんには」
ため息を吐きながら、ケヴィンは空いた方の手で頭を掻いた。
「ふふふっ。キトリーさんの話だと、進展していないって聞いたわよ」
「進展も何もありませんよ。あいつは妹みたいなもんですから、期待されても困ります」
私というお邪魔虫がいないのに、『アルメリアに囲まれて』の設定通りなのが、腑に落ちなかった。
「なぜ?」
「そう言われましても……」
あと考えられるとしたら、やっぱり……。
「エリアスが原因?」
「何でそう思うんですか! 今日はお嬢さんとエリアスの婚約式でしょう!」
すぐに返すところは、さすが商人だと思った。二年前、ネリーと共に、エリアスとの関係を疑われた件だと、瞬時に理解してくれたからだ。
暗に悟られないよう、ケヴィンにだけ分かるように言ったため、ユーグとリュカは首を傾げていた。いや、リュカはその後、怪訝な表情をしたけど。
残念ながら、その真意までは分からなかった。
「それと、俺にそっちの気はありませんから」
「なら、ネリーを受け入れてあげて。妹みたいに思っているのなら尚更」
「無理です」
「ネリーが知らない男性を連れて来ても? 大丈夫なの?」
想像でもしたのか、ケヴィンは顔を
「嫌な質問をしますね。まるで女将さんみたいだ」
「姪だもの。似ていても、おかしくはないと思うわよ」
ふふふっと笑っていると、ケヴィン越しにこちらへ向かってくる令嬢の姿が見えた。
薄紫色のドレスを纏い、青い髪を
周りの男性陣が、振り向いている姿など、気づいていないのだろう。今にも駆け出しそうに見えた。
そう、まるで傍に来ることを許可した時のエリアスに似ている、と思うほどに。いや、子犬のように可愛らしかった、と表現する方がいいだろう。
手に持っていたグラスをケヴィンに渡し、そのまま横を通り過ぎる。行先は勿論、目の前の令嬢。
王太子の婚約者にして、バルニエ侯爵家のご令嬢。レリア・バルニエだ。
「おめでとうございます! マリアンヌ嬢」
爵位は向こうの方が上なのに、相変わらず敬語をやめないレリア。一応、手紙でも指摘したんだけど、『このままでお願いします』と言われてしまい、私の方が妥協せざるを得なかった。
だって、唯一の女友達だから。
「ありがとう、レリア嬢。来てくれて嬉しいわ」
「祝いの席ですもの。来ない理由はありませんって」
「でも、一人じゃないんでしょう」
「あぁ、すみません。色々あったせいか、人が集まる場所は一緒に行きたいと言うので」
エリアスから聞いたけど、ロザンナから相当嫌がらせを受けたらしい。だから心配なのだろう、フィルマンは。
ロザンナは我がカルヴェ伯爵領のハイルレラ修道院にいるとはいえ、生家であるジャヌカン公爵家は未だに健在。それも力を維持したまま。
報復がない、とは考え辛い。オレリアを隠れ蓑として、わざわざ関係のない修道院に入れるくらいなのだから。
「わざわざフィルマン様の招待状も用意していただき、ありがとうございました」
「いいのよ。それくらい」
本当は大騒ぎだったんだけど。舞踏会でもなく、伯爵令嬢の婚約式に、王太子を招くなんてあり得ないことだったから。
「で、そのフィルマン殿下は?」
「あちらで、カルヴェ伯爵様とお話ししています。私はマリアンヌ嬢のところへ行くよう、伯爵様が取り計らってくださいましたので、こちらに来られたんです」
「さすがはお父様。と言いたいところだけど、それじゃエリアスは?」
辺りを見渡したが、それらしい人物はいなかった。今日は私と同じ、白と赤で合わせているから、多少は目立つと思うんだけど。
そう、今日の私の装いは白を基調としたドレスなのだ。白いスレンダーなドレスの上に、赤いレースのオーバースカートを重ねている。
こういうドレスだと肩や胸元が開いたデザインが主流なんだけど、約二名によって却下されてしまった。
そのため、胸元にかけて四角くカットされたスクエアネックタイプになっている。
大きくではないが開いた胸元に、イヤリングとお揃いの花をモチーフにした赤いネックレスを置くことで、いくらかは華やかになっていると思う。
逆にエリアスは赤いタキシード。真っ赤ではなく、
けれどそれくらい、目立つ格好なのだ。
「えっと、その……」
「どうしたの?」
「……後ろに」
「え?」
驚き、振り向こうとした瞬間、
「ごめん。もう、我慢できないんだ」
エリアスの腕が私を包み込んだ。
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