第89話 「やっぱりエリアスに話して良かった」

「どうしてレリアが、私の代わりにゲームを進められたのか。それが不思議でならないの。彼女はヒロインじゃないのに」


 そう、レリアはエリアスの代わりにバルニエ侯爵家に入っただけで、ヒロインの代わりではない。

 私が侯爵ルートに入ったのなら、王子ルートは破棄される。

 現に商人ルートは消滅していた。ネリーが私に好意的だったのが、その証拠だ。


「それはレリアが、マリアンヌの真似事をしていたからじゃないか」

「真似、事?」

「あぁ。バルニエ侯爵家に入ることは、貴族社会に入ることだろう。勿論、礼儀作法は習ったんだろうが、あいつの基本は、マリアンヌなんだ」

「でも、レリアとは一度しか会っていないわ」


 それなのに、私を真似ることなんてできるの?


「実は、レリアもカルヴェ伯爵邸で使用人をしていたことがあるんだ。院長が旦那様に頼んで、子供たちの礼儀作法を学ばせてやってほしい、と。まぁ、そのお陰で、ポールがボロを出すのが早まったんだろうな。平民ってだけでも嫌なところに、孤児院の子供たちだ」

「そうね。内心、凄く嫌だったんだと思う。でも、お父様に進言したところで受け入れてもらえない」


 ポールがブチ切れるはずだわ。


「じゃなくて、レリアがウチで働いていたなんて、聞いていないんだけど」

「まぁ、今になっては重要な話なんだが、当時は些細な出来事だ。マリアンヌに知らせるほどのことじゃない。話したところで、気にとめていたか?」


 それは難しい質問だった。

 四年前は、自分のことで手一杯だったし、さらにエリアスとリュカの仲違いに頭を悩ませていた。

 二年前なんて、ユーグとオレリアがやってきて、それどころじゃなかった。


 エリアスを責めるのは、お門違い。


「ううん。聞いたとしても、さらっと受け流していたと思う」

「俺もあいつらの世話をしていたわけじゃないから、詳細を知らないんだ。どこでどんな仕事をしていたのか、とかな。ただ、そういった経験から、マリアンヌを手本に選んだんだ、あいつは。言われてやるのより、憧れの人物を真似する方が楽だし、やる気も出るだろう?」

「そうだけど。私がレリアの憧れ?」

「気づいていなかったのか? 礼拝堂でのレリアの態度。マリアンヌが戸惑うほど、前のめりだったじゃないか」


 い、言われてみれば、凄いグイグイくる人だなって思った。けれど、孤児院の子供たちは皆、あんな感じだったから、深く考えていなかった。


「……つまりレリアは、無自覚で私の代わりをしてしまったってこと?」

「マリアンヌの真似をしていたからな。俺は似ていないと思うが、王太子には効き目があったんだろう」

「そうなると、レリアは王太子の婚約者から、いじめを受けていたんじゃないかな」


 今は元婚約者だけど。同じストーリーを辿っていたのなら、おかしくはない。


「大丈夫だろう。そこはマリアンヌと違って、器用にかわすさ。常に俺をからかう様な奴だぞ」

「……でも、不慣れな貴族社会だよ。難しくないかな」

「気になるなら、手紙でも出してみたらどうだ。礼拝堂でマリアンヌが倒れて、凄く狼狽うろたえていたらしいから」


 あっ、そっか。考えてみたら、ビックリするよね。

 自分の婚約者を紹介した途端、倒れるんだもの。それも憧れの存在が突然。


「うん。そうしてみる。……でも、らしいって?」

「ニナさんに言われたんだ。王太子も心配していたから。でも接点がないのに、手紙を書くわけにはいかないだろう、王太子相手に。その点俺は、レリアがいるから、連絡するように言われたんだ」

「分かったわ。この場合、エリアスよりも私が書いた方が、レリアも安心するよね。でもそうすると、エリアスを経由するより、侯爵家を通した方がいいのかな?」


 エリアスの場合だと、平民が貴族令嬢に手紙を書くと、あとで問題になるかもしれないけど。私とレリアは、貴族同士だ。

 わざわざ、裏で手紙のやり取りをする必要はないのだから。


「できれば、その方がレリアは喜ぶと思う。マリアンヌも、レリアと接点ができれば、王太子との馴れ初めについても聞けるんじゃないか?」

「さすがエリアス! 名案だわ。やっぱりエリアスに話して良かった」

「そう思うなら、これからは相談してくれ。もうマリアンヌが倒れる姿は見たくない」

「うん。そうするね」


 私が笑顔でそう答えると、エリアスはホッとした様子だった。その姿を見て、もっと早く言えば良かったと思った。



 ***



 それから私たちはホテルに一週間滞在した後、首都へ戻った。

 私が倒れたからじゃなくて、元々その予定だったのだ。


 エリアスの療養が含まれていたため、ハイルレラ修道院を訪問した後は、ホテルでゆっくり過ごすつもりだった。

 期間は一週間。それくらいで十分だろうと。


 しかし実際は違う。

 私は、忘れない内にレリアへの手紙を書いて、そのまま首都のバルニエ侯爵家へ届けてもらった。


 残りの日にちは、観光したり、散歩したりしたかったんだけど、そんな余裕はなかった。何故なら『アルメリアに囲まれて』について、エリアスの質問攻めにあったからだ。


 ほぼ尋問に近い形だったのは、言うに及ばず。


「リュカとユーグが、その、攻略対象者だっていうのは分かるが、まさかケヴィンまでもそうだったとはな。あの時、マリアンヌのことを任せるんじゃなかった」

「えぇぇぇぇぇ! あれがあったから、キトリーさんに会えたのよ。そのネクタイだって……」


 エリアスの首元へと視線を向ける。

 一悶着ひともんちゃくがあったせいか、邸宅内ではしないでほしい、という私の要求は守ってくれていた。


 けれど旅行中は、これ見よがしとばかりに、エリアスはあの黄色いネクタイをしていた。ほぼ毎日のように。カフスも、いつの間にか上着に付けていた。


「不満があるのならネリーに協力して、ケヴィンとくっつける手伝いをしたら」

「……そういうのは俺の分野じゃない。だから、マリアンヌはケヴィンに近づかないこと。いいな」

「私にそう言っておいて、エリアスはケヴィンに会いに行くんでしょう」

「……誤解を招く言い方はしないでくれ。孤児院と連絡するには、窓口になっているあいつを頼らざるを得ないんだから。それにもしかしたら、レリアの情報が手に入るかもしれない」


 確かに。本来なら、孤児院を出たら、連絡しないだろうけど。レリアは孤児院の子供たちが、秘かに間者かんじゃをしていることを知っている。

 それで得た情報を使って、うまくやった可能性も否定できなかった。


「確認には俺が行くから、絶対にマリアンヌは行くなよ」

「ケヴィンは私に気なんてないわよ、絶対に」

「それでもダメだ」


 これは、ニナが一緒だからと言っても、聞く耳は持たないんだろうな。まさかこんなにも早く、話したことを後悔することになるなんてね。


 そんなやり取りを一週間した後、私たちは帰路へ発った。


 手紙の返事が届いたのは、首都に戻ってから数日後のことだった。

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