第87話 「エリアスに信じてもらいたいの」

 き、緊張する。


 エリアスを呼びに行ってもらっている間に、どこから話そうか、とか。どう言えば伝わるか、とか。

 思い浮かんでは、違う違うとかぶりを振って、消えていった言葉たち。


 今はそんなものでも、脳裏に浮かんでほしかった。話を切り出す言葉が出てこないのだ。


 私は白いネグリジェの上にかけられた、淡いピンク色のカーディガンを引き寄せる。


 こんな時こそ選択肢を出して、どれから話すのか決められたらいいんだけど。沢山あり過ぎて、それこそ膨大な選択肢が出そうで怖かった。


「マリアンヌ。何も順序立てて話す必要はないよ。話したいことから話してみたら、どうかな」


 ベッドのすぐ横にある椅子に座っているエリアスが、優しく声をかけてくれた。

 本当は催促したいくらい、気になっているんだと思う。だからせめて、私が話し易い空気を作ってくれた。


「話したいこと……は、エリアスに信じてもらいたいの」

「うん」

「私が、本物のマリアンヌじゃないことを」


 口に出してから、私はアッとなった。


 いきなりこんな話題を出したら、返答に困るのに。いや、そもそも私が本物じゃなかったら、誰ってなるよね。

 リュカと違って、エリアスは入れ替わる前のマリアンヌを知らないんだから。


 でも、もう戻せない。沈黙が怖かった。


「えっと、その、さっきのは――……」


 気にしないで、と言おうとした瞬間、エリアスに抱き締められた。

 その時になって、私は自分の体が震えていたことに気がついた。


「俺には偽物か本物かは、分からない。出会った時から、ここにいるマリアンヌしか知らない。……その、俺の認識が間違っていなければ」


 凄く言葉を選んでいるのが分かった。

 私を傷つけないように、落ち着かせるように、行動だけでなく、言葉でも優しく包み込んでくれた。


「ううん。間違っていないよ。だってエリアスは、本物のマリアンヌを知らないから」

「それは、どういうことなんだ?」

「この世界に来て、最初に私がしたのは、エリアスを探しに教会に行ったこと」


 エリアスの体が僅かに反応した。

 私は拒絶されるのが怖くて、エリアスの服を握り締めた。


「お父様をね、助けてほしかったの。数年後に殺されることが分かっていたから」

「あぁ、それであの時、あんなことを言ったのか」

「あんなこと?」


 思い出せなくて、エリアスの顔を正面から見据えた。


「出会った頃のことなのに、もう忘れたのか。昨日、ハイルレラ修道院でも話したことなんだけどな」


 残念そうに言いながらも、私の頬にキスをした。


「マリアンヌは、いずれ俺と同じ孤児になると言ったんだ」

「あっ、そうだったね。どうやってお父様を助けたらいいのか、全く考えていなかったから、つい、そんなことを言っちゃったの」

「それなのに、俺を探したのか?」

「エリアスがまだ、孤児院にいるのか確かめる方が先だったから」


 乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』では、いつエリアスがバルニエ侯爵の養子になるのかは、明記されていなかった。


「孤児院からいなくなる……養子か、奉公、逃亡……の可能性があったってことか?」

「……エリアスは、私の話を信じてくれるの?」


 こんな未来を予知していましたっていう私の発言を。


「信じてほしいって言ったのはマリアンヌじゃないか。それに、旦那様は実際、命を狙われていたからな。ポールやアドリアン、オレリアを相手に、マリアンヌ一人でどうこうできるとも思えない。事前にその情報を知っていたとしたら、まず味方になりそうな人物を見つけるのが妥当だ」

「うん」

「当時、邸宅にはリュカがいた。それなのにも関わらず、俺を頼ったのは、その、マリアンヌが本物じゃないから、と考えれば辻褄が合う」


 凄い。私のつたない説明で、これだけ理解するなんて。やっぱり、エリアスを選んで良かった。


「……リュカは、私が本物のマリアンヌじゃないことに、気がついていたわ。この世界に来てすぐに、誘拐騒動があって、私、すっかりリュカのことを忘れていたの。本物のマリアンヌにとって、幼なじみの存在を。大事なポジションにいたのに、エリアスを連れてきて、酷いって言われて、しまいには怒らせてしまった」


 そう。リュカとは最初から関係がこじれていた。


「認めたくなかったんだと思う。自分の知っているマリアンヌがいないことに。その行き場のない感情が、エリアスに向かったんだって、今なら分かるの。……嫌な思いをさせて、ごめんなさい」

「いや、あいつの諦められない気持ちは分かるからいいんだ。それよりも気づいていたって、あいつに話したのか?」

「ううん。言っていないわ。でも、言葉の端々で感じるの。自分の知っているマリアンヌじゃないって言われている気がして、辛かった」

「……だから、あいつに甘かったんだな」


 う~ん。リュカは元々甘えん坊っていう設定だったから、気にも留めなかったけど。エリアスからは、そう見えていたのかな。


「もしかしたら、罪悪感が心の片隅にあったのかも。思わせ振りな態度にならないように、接していたつもりなんだけど」

「……善意を好意と勘違いしたあいつが悪いんだから、気にする必要はない」


 相変わらず、リュカに対してはバッサリだなぁ。同じ攻略対象者だから? ううん。ユーグやケヴィンとは仲が良かった。


「それよりも、さっきの話なんだが、旦那様のことは邸宅にいれば、薄々勘付くことだろうけど。俺のことを知っていたのは、どういうことなんだ? 俺が孤児院にいない可能性もあった、というのも引っかかる」

「うん。エリアスが疑問に思うのも無理はないわ。……私は、元いた世界で、この世界のことを知っていたの。乙女ゲーム。ううん、恋愛ゲームとして」


 正式に言うと、女性向け恋愛シミュレーションゲームだ。


「ゲーム?」

「私が本物のマリアンヌじゃない以上に、信じられない話だってことは分かるの。でも、現にゲームのヒロインであるマリアンヌや、攻略対象者のエリアス、リュカ、ユーグにケヴィン。さらに、フィルマンまで現れた。もうストーリーはだいぶ変化してしまったけど、ここは私が知るゲームの世界なのよ」


 またしても言い終えてから、アッとなった。いくら何でも、一気に喋り過ぎた。

 これじゃ、さすがのエリアスでも、パニックになるよね。


「そのゲームというのは、どういう内容のものなんだ? マリアンヌがヒロインとか、俺が攻略対象者、というのも、よく分からないんだが」

「ごめんなさい。気持ちが先走っちゃって」


 私はゆっくりと、乙女ゲーム『アルメリアに囲まれて』についてエリアスに説明した。

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