第57話 「会っていただきたい人がいるんですよ」

「ありがとうございました」


 昨日、訪ねた雑貨屋の扉をくぐる。

 私の手には、深緑色の包装紙に包まれた、長方形の箱が。勿論、中身はネクタイだ。


 これもヒロインがなせる業なのか、黄色いネクタイが売られていた。

 ご丁寧に、オレンジ色の刺繍入りで、まるで乙女ゲームのアイテムのように見える。

 一瞬、アイテム屋かと疑ってしまったほどだ。


 でもこれで、ネクタイは手に入れた。さすがのエリアスも、プレゼントとして渡された物を無下にはしないはず。


 ちょっと強引な手だけど、私もどこまで拒めるか。正直、自信がないから。


 ニナにあぁ言ったものの、ネクタイだって、どれくらい抑制力になるかどうかも怪しいし。

 いつかお父様の耳に入るのも時間の問題だった。


 それでも、ないよりかはマシだから。


「私はお嬢様の意図が分かりません。ネクタイを買うなんて、やはり危険です」

「どうして?」

「……いえ、何でも。お嬢様はそのままでいてください。エリアスには私からキツく言っておきますので」


 何を? と聞いても平気かな。

 私がそう口を開きかけた瞬間、後ろから大きな声が聞こえた。


「お~い! お嬢さん、待ってくれ!」


 思わず後ろを振り向いた。

 自分が呼ばれた、なんていう自意識過剰なことではなく、何だろう、何かあったのかな。その程度の気持ちだった。

 だからその先に、ケヴィンがいるとは思わず驚いた。それも、私の方を見ている。


 え、もしかして、私を呼んだの?


「良かった。追いついて」


 私たちが歩いて来た道からやってきたケヴィン。言い方からして、雑貨屋の店主に聞いたのかしら。


 まだ表通りに着く前だったからいいけど、大声で呼び止める行為はやめてほしい。何のために、護衛がついていると思っているのよ。


「大丈夫。ここら辺で、お嬢さんを襲う奴なんていませんよ」


 私が怪訝な顔で出迎えたからか、そんなことを言ってきた。


「ここが貴方の縄張りだから?」

「まぁ、あながち間違いじゃないです」


 なぜか照れた表情をするケヴィンに、私はクスッと笑った。


「ふふふっ。それは心強いわね」

「まぁ、一応、顔が利きますから、安心してください」

「ありがとう。それでどうしたの? わざわざ呼び止めるなんて。急用でも?」


 息を切らしている様子はなかったけど、声を掛けてきた時のケヴィンはこっちに向かって走って来ていた。

 エリアスはケヴィンを連絡係と言っていたから、余計、何の用事なのか気になった。


「えっと、急用といえば急用ですかね。お嬢さんに会っていただきたい人がいるんですよ」

「……えっと、その人は忙しい方なの?」


 毎日外出ができるほどの暇人相手に、急用という表現は使わない。だから、瞬時に相手のことだと思った。が、どうもケヴィンの反応が悪い。


「いいえ。本人は忙しい忙しいと口癖のように言っていますが、そんなことはありません。どちらかというと、お嬢さんの都合でお願いしているんですよ」

「私? 私はいつでも時間が取れるわよ。それこそ、エリアスに言えば済むことでしょう」


 昨日だって、あれからケヴィンの所に行ったんじゃないの? とえてそこは省いて言った。


「反対すると分かっているのに、言うと思いますか?」

「……う~ん。エリアスも分かっているのなら、大丈夫じゃないかしら」

「いや、賭けてもいいです。あいつは頼んでも、絶対に言いませんよ」


 昨日の不機嫌そうなエリアスを思い出し、私は口をつぐんだ。


「それでも、来てもらえますか?」

「……えぇ、構わないわ」


 エリアスが嫌がるのは、ケヴィンのお店に行くこと、または会うことだ。

 プレゼントで機嫌を取るようなことはしたくないけど……。


 少しだけ悩んだ結果、私はケヴィンの招待を受けることにした。

 相手が誰だか気になったのだ。


 確か、ケヴィンルートの重要人物は、二人。

 一人目はオレリア・カルヴェだ。

 マリアンヌが使用人たちの計らいで、ケヴィンのお店に行くことになった、原因の人物。


 伯爵家でマリアンヌが虐められていることを知ったケヴィンは、知り合いの宝石店や洋服店に協力を煽り、オレリアに散財させる。

 元々、叔父様も浪費家だったから、カルヴェ伯爵家が傾くのは早かった。

 その間マリアンヌは、ケヴィンのお店に避難して、使用人たちの次の雇用先を見つけたりしながら、世話を焼いていた。

 これが商人、ケヴィンの伯爵家没落ルートの全容だった。


 もう一人は、ネリー・エナン。

 ケヴィンにとっては妹のような存在で、お店のオーナー夫婦の一人娘。

 そう、ケヴィンのお店と言っているが、これは便宜上のもので、実際は本人の物ではない。

 拾ってもらったオーナー夫婦のために、お店を切り盛りした結果、自分のお店のようになっていたのだ。


 そんなケヴィンをオーナー夫婦は可愛がり、一人娘のネリーも慕っていた。

 だから、マリアンヌの存在は、ネリーにとっては面白くないわけで……。


 ケヴィンのお店に避難している間の、当て馬キャラ。それがネリーだった。


 だからこそ、相手が誰だか気になった。

 オレリアは首都にいないし、ネリーを紹介する意味も分からない。


 その疑問が解消されたのは、一時間後。まさかお店に入ってすぐとは思わなかった。


「いらっしゃい。待っていたんだよ」


 出迎えてくれたのは、私と同じ金髪にオレンジ色の瞳をした女性だった。

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