第30話 「エリアスを貸してほしいのよ」

 私を転ばせようとしたのに、自分のことを棚に上げるオレリアを、エリアスとリュカが睨んだ。


 こ、これはマズイ。早々に栞を渡して、部屋を出よう。この場に長くいたくないしね!


 未だ私の体を支えてくれているエリアスに、視線を向けて合図をする。すぐに気づいてくれたが、不満そうな顔を返すだけで、私から離れようとはしなかった。


 オレリアを警戒しているのは分かるけど、エリアスが渡せって言ったのよ。離してくれなきゃ、渡せるものも渡せない。


「エリアス」


 私は小さく言うと、腰に回された腕を軽く叩いた。


「あまり近づくな」


 一応頷いて見せたが、栞のような小さい物を渡すのに、近づくなっていうのは無理があるよ、エリアス。この世界にマジックハンドはないんだから。


 さすがにこの体勢のままというわけにはいかないことを理解してくれたのか、エリアスが体を離してくれた。それでも、渋々だったが。


「実はこれを作ったから、渡そうと思って来たの。気に入らなかったら、別にいいんだけど」


 オレリアは手作りの栞なんかよりも、高価な宝石が好きだから、この場で捨てられても良いように言った。が、オレリアは栞を一瞥いちべつした後、予想外の言葉を発した。


「いいわよ。こんな物でも貰ってあげる。ただし、条件があるわ」

「条件?」


 どこの世界に、貰うための条件なんて付けるのよ。しかも、嫌い合っている者同士。


 まるで罰ゲームの景品のような扱いを受け、私は再度エリアスに視線を向けた。


 これでも渡すの? と訴えた。エリアスはただ目をゆっくりと閉じて、それに答えた。


「とりあえず内容を聞いてもいい? 受け取らなくても、私は一向に構わないから」

「それじゃ、私が拒否したことになるじゃない」


 いや、拒否しているんでしょう。


「ちょっとそこの、エリアスを貸してほしいのよ。そしたら貰ってあげる」

「え?」


 私は息を飲んだ。が、心境としては「は?」だった。


 だってそうじゃない。いくらお客様でも、私のエリアス……じゃなかった従者を貸してって!


 こんな時こそ、選択肢! 本物の乙女ゲームじゃないから全く役に立たないけど。それでも私は出した。ダメ元で。


 1.大人しく従う

 2.やんわり断わる

 3.黙って部屋を出ていく


 段々、酷くなるなぁ。


 本当に選んだ通りに進むんだったら二番だけど。これ以上、オレリアとの関係を悪化させるべきじゃないなら、一番。オレリアの頭の中にある我が儘令嬢を演じるなら、三番かな。


「俺は構いません。少しの間なら、よろしいですよね、お嬢様」


 私がどれにしようか悩んでいると、エリアスは安全策の一番を選んだようだった。


 分かっている。オレリアはお客様だし、一週間と二日後にはここを去る。波風を立てるのは得策じゃない。でも、心が嫌だと言っている。


「えぇ」


 私は無理にでも微笑んで返事をした。エリアスが笑顔を向けてくるのだから、平静な態度で応えないと。


「やった。では早速行きましょう、エリアス」

「はい」


 嬉しそうにはしゃぐオレリアは、エリアスの腕を取って、足早に部屋を出ていってしまった。挨拶もお礼もなく。まるで私とリュカの存在など、最初からなかったかのように、扉を強く閉めて行った。


「お嬢様。エリアスは行ってしまったので、代わりに僕がお供します」

「そうね。ありがとう、リュカ」

「いいえ。それでどちらに向かわれますか? 時間的に、庭園に行かれた方が良いかと思います」


 現在、オレリアの従者をしているだけあって、リュカもお茶会のことを知っていた。しかも場所と時間まで把握済みである。


 最近、執事の勉強をし始めたって手紙に書いてあったからか、口調もそれらしく振る舞っていて、なんだかむず痒かった。


 今は二人っきりだから、前みたいに砕けた口調でもいいのに。


 でも、折角勉強の成果を見られるちょうど良い機会だから、言わないことにした。オレリアがいなくなって気が抜けたのも相まって、顔が緩んでいたらしい。いぶかしげな顔を向けられた。


「何でしょうか」

「ごめんなさい。手紙の文体は砕けているのに、敬語を使うから、少しだけ慣れないというか、おかしくって。あっ、変な意味じゃないのよ」

「分かって……います。でも、これは僕なりのケジメだから、じゃなくて、ケジメなので」

「そうなの? なら、私も慣れないとね。リュカの敬語に」


 リュカなりに頑張っている姿に、私は笑顔になった。少しだけ攻略対象者らしく見えたからだ。


 うん。もう大丈夫かな。今までは会うと一方的だったけど、ちゃんと会話できているし。何より怖くない。それが嬉しかった。


「僕も慣れていこうと思います。今のお嬢様に」


 部屋を出ていこうと歩き出した私の耳に、リュカの声が聞こえた。それはあまりにも小さかったため、私に聞かせるつもりはなく呟いたんだと思う。

 だから、敢えて聞こえない振りをした。かったんだけど、私についてくる気配がなかったため、振り返らざるを得なかった。


「リュカ? どうかしたの?」

「……いいえ。何でもありません。それよりもお待ちください。僕が扉を開けますので。……まさかエリアスは、毎回お嬢様に開けさせているんですか?」

「そ、そんなことはないわよ」

「やっぱり、あいつに従者は向いていないんですよ」


 もう! さっきまではいい感じだったのに! またエリアスのことを言い出す!


「仲良くしてって、手紙にいつも書いているでしょう!」

「無理だと、僕も書きましたよ」


 扉を開けながら、リュカはさらりとそう言ってのけた。その気のない二人を仲良くさせようと思った私がバカだったのかな。

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