第18話 「どっちが企んだの?」

「二人とも、私が知らない間に仲良くなったみたいで、良かったわ」


 エリアスとリュカを前に立たせて、私は椅子に座りながら、皮肉を言った。本当かどうかなんて、二人の様子を見れば一目瞭然いちもくりょうぜんだったからだ。


「こいつと仲が良かったことなんて、一度もありません!」

「僕だってそうです」


 本当は、こんなお説教スタイルで叱りたくはない。乙女ゲームのヒロインらしく、優しくさとしてあげたいところ、なん・だ・け・ど。


 反省の色すら見せない攻略対象者には、これで十分!


 私は怒りをあらわにして、言い放った。


「それで? どっちが企んだの?」

「ぼ、僕はこいつにめられたんです! お嬢様の部屋に来いって言われて」

「違うだろう! マリアンヌが好きなのは自分だって、お前が先に言ったんじゃないか」


 つまり口論の末、私の口からどっちが好きなのか、聞き出そうということになったのね。二人を追求しなくても、安易に想像ができた。


 エリアスが十五歳。リュカは十三歳。これくらいの年頃はまだ、はた迷惑な遊びをする。それを忘れていた私も悪いが、やっぱり放置してはいけなかったのだと、改めて実感した。


 二人は攻略対象者なのだから、しっかりおきゅうを据えないとね。とばっちりを受けるのは、ヒロインである私なのだから。


「いい加減にして! 貴方たちのお遊びに、私を巻き込まないで!」


 二人の関係に本気で悩んでいただけに、真相が分かっても、なかなか怒りは収まらなかった。


「すみません。ですが、これは遊びではなく――……」

「グルになって私を嵌めようとしたのに、遊びじゃないって言うの?」

「嵌めるなんて、そんなつもりは……」


 なかった、とでも言いたげな顔をして、エリアスは言葉を詰まらせる。


「そうです。僕はお嬢様の気持ちが知りたくてただ――……」

「何をしても構わないの?」

「違います。でも、僕の気持ちを知っているのに、どうしてこんな仕打ちをするんですか?」


 えっと、エリアスを連れてきたってことかな。


 リュカと話す機会があまりなかったせいか、ここぞとばかりに話を持ち出してきたようだ。私も乗りかかった船だと思い、答えることにした。静かに、気持ちを整理しながら。


「……仕打ち。確かにそうだよね。そう思うのも、無理もないわ。こないだも酷いことを言って、ごめんなさい。すぐに謝りに行きたかったんだけど……」


 私は言葉をにごしながら、視線をエリアスに向けた。案の定、目が合った途端、らされた。


「分かっていますよ。こいつが邪魔したんですよね」


 リュカが嬉しそうに言う。無邪気な笑顔を向けられて、私は内心戸惑った。


 このままリュカの気持ちに答えたら、エリアスへの嫌がらせは止まるだろう。そしてリュカ自身も『アルメリアに囲まれて』の攻略対象者らしく、優しい人間に戻れると思う。


 けれど、それはできなかった。今の私は、誰よりもお父様が大事だったからだ。


 乙女ゲームの世界で、何をするのが正解なのかも分からない状況の中、私を庇護ひごしてくれる存在。無償むしょうの愛情で包み込んでくれる存在。絶対に害さない存在。


 今のところそれに該当するのは、攻略対象者ではなく、お父様だった。


 だから、リュカを選ぶことはできない。


「リュカ、私は今、一人で貴方に会いに行くことができないの」

「知っています。だから、お嬢様が僕を呼んでくれるだけでいいんです。それさえも、こいつに邪魔されていたんですか?」

「違うわ」

「マリアンヌは俺に遠慮して、お前を呼ばなかっただけだ」


 勘違いしてんじゃねぇよ、とエリアスの視線がリュカに言っていた。


「それも違うわ、エリアス。貴方がいると、今みたいに割り込んで、ちゃんと話ができないと思って呼び出せなかったの」

「ほら、やっぱりこいつのせいだったんですね」


 リュカの肩を持てばエリアスが茶々を入れて、逆にエリアスの肩を持つと、リュカが同じことをする。


 いい加減にして。私はなかなか話が進まないことにキレた。


「もう、論点をき違えないで! 私が言いたいのは、この状況を把握してほしいってことよ!」

「状況、ですか?」


 すると、リュカだけでなく、エリアスまでもがキョトンとなった。


「そう、お父様の娘である私が自由に歩き回れない。その状況を、貴方たちは不思議に思わないの?」

「お嬢様。僕はただ、以前のように接していただきたいだけなんです」

「え?」


 無理よ、リュカ。私は貴方の知っているマリアンヌじゃないの。同じようにはできない。


「ダメですか?」

「ダメと言うか……」


 話、聞いてた? 無理な状況だって分からないの?


 この世界で初めて会った時と同じだった。一方的に話して、こっちの話を聞こうとしない。甘えと押し付けを履き違えている。


 私は困ってしまい、自然とエリアスに顔を向けた。


「だから、僕にはくれなかったんですか?」

「な、何を?」

「栞ですよ。旦那様は仕方がないにしても、こいつにあげて、どうして僕にはないんですか?」


 それはリュカが屋敷にいると思わなかったから、とは言えなかった。


「身分差はあっても、お嬢様とは……少なくとも友達だと思っていました。例え違っていたとしても、僕にないのはおかしいですよ。こいつより近い関係なのに」


 そうよね、幼なじみにあげないのはおかしい……。けど、どことなく、今のリュカは……怖い。


「お陰で僕は、こいつにひけらかされて」

「え!?」


 アレをリュカに見せたの? いや、その前にあの時、エリアスは『俺と旦那様以外にもいるの?』って聞いた。もしかして、リュカにあげると思って言ったってこと?


 途端に、恥ずかしさと嬉しい気持ちが同時にあふれた。たとえ、リュカへの嫉妬で見せびらかしたとしても、陰で自慢してくれていたなんて。


「キャッ!」


 気がついた時には、もう遅かった。すでにエリアスに嫉妬しているリュカの前で、そんな反応を見せれば、どうなるか分からないはずはなかったのに。それでも、私の顔は正直だった。


「なんで僕じゃないんですか!」


 リュカは私の肩を掴み、強く握った。あまりにも勢いがあり、椅子ごと後ろに倒れそうになる。


「痛っ!」「リュカ!」


 背中にまで痛みを感じたのと、エリアスの声が聞こえたのは、同時だった。


 薄っすら目を開けると、エリアスがリュカを捕まえて、私から引き離してくれていた。


「はぁはぁ」


 怖い。痛い。怖い。痛い。


 自然と体が震えた。息も荒くなる。止めようと両手で肩を抱いても、治まる気配はしなかった。


 エリアスとリュカが何か言っている。それさえも聞きたくなくて、耳に手を当てた。すると、涙が溢れてこぼれた。


 もう嫌。誰か、助けて!


「マリアンヌ!」


 その声に私は顔を上げた。


「お父様……」


 念のためにと、ニナにお願いして呼んできてもらっていたのだ。自然と椅子から立ち上がり、私は駆け出した。エリアスの横を通り過ぎ、両手を広げているお父様の胸に飛び込む。


「お父様!」


 大きな腕に包まれて、ようやく体の震えが止まった。

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