第3話

「どうするも何も、俺が死んでも仲間はまだ生きてる。ここで首を斬ったところで、あいつらが襲ってくるだけだぞ」


「先を急ごうぜ、イバン。盗賊団の行く末なんて、知ったこっちゃねぇよ」


「そういうワケにはいかん!」


 ディータとイバンがにらみ合う。


「じゃあどうすんだよ」


 この三人はともかく、これ以上乗客たちが戦うのは無理だ。


長引けば怪我人どころか、死人がでる可能性がある。


「ねぇナバロ。何とかして!」


 朝日を浴びて、車輪に取り憑いていたゼリーが溶け始めた。


「なんだ。太陽の光で溶けるのか……」


 マジックアイテムの仕組みとしては、簡単なものだ。


簡単過ぎてそこに気づかなかった。


盗賊団にしても、このアイテムが解除されると同時に、引き上げるタイミングか。


襲って手に入れた馬車だって、最低でも朝日の昇るこのタイミングくらいでは、移動させたいしな。


そんなことにも、俺は気づかなかった。


「そういうことかよ。案外つまんなかったな」


「ねぇ、ナバロ!」


「分かってるよ」


 顔を上げる。


とは言ったものの、土手上にはまだ、二、三十の騎馬隊と歩兵がいる。


隙を見て逃げ出すつもりだ。


「面倒だな」


 俺は少し考えてから、印を結ぶ。


『最大暴風風起こし!』


 草原の空気が、ガツンと揺らめいた。


地面から湧き上がる風が、盗賊団を巻き上げる。


全てを捕らえた風は、馬と人間をきれいに分離し着地させた。


『この地に生える草の根よ。ここで多くの血を流した者たちを、捕らえて放すな』


 足元の草がシュルシュルと勢いよく伸び、盗賊たちの体を締め上げる。


馬はそのまま逃げ出していった。


「魔法ってのは、こうやって使うんだよ。フィノーラ」


「フン。だからなに」


 きっと今は、こうするのが正解なのだろう。


他に方法はたくさんあっても、そうじゃないような気がする。


イバンはようやく、その剣を鞘に収めた。


朝日を受け、草原はキラキラと輝く。


盗賊たちが逃げだそうと、もがけばもがくほど、しっかりと伸びて絡みつく葉に、彼はため息をついた。


「やはり魔道士の力というのは、恐ろしいものだな」


「そうだね。本当はもっと、単純でいいやり方はあると思うんだけど……」


「いや。これで十分だよ」


 イバンは笑った。


後続の駅馬車が、俺たちを追い抜いてゆく。


グレティウスへ金や資材を運ぶ貨物便だ。


聖騎士団の剣士ではないが、傭兵が二人ついている。


「ねぇ、本当の盗賊団の狙いは、こっちだったんじゃないの?」


「だとしたらフィノーラ、俺たちは全員皆殺しだったな。お前は売られてたかも」


 ディータはウインクを飛ばす。


捕らえた盗賊たちを片付けに来るよう、先に行く貨物便の御者に、イバンは伝言を頼んでいた。


「これで、チェノス聖騎士団の手柄になるはずだ」


 ようやく馬車は動き始めた。


俺はイバンと二人、木箱の背の踏み台に腰をかけ、背後の安全を見ている。


朝日に揺れる森の木々が、絶え間なく後方に流れてゆく。


「……。あれは、イバンの手柄じゃなくてもよかったのか?」


「この街道が、誰もが安全に使えるようになることが、私にとっての一番の喜びだからな」


 そう言って目を閉じる。


傷だらけになった、その端正な横顔を見上げた。


この男は、本気でそんなことを思っているのだろうか。


「報奨金が出たかもしれないのに? そしたら、聖剣士の格もきっと昇格したぞ? どうしてそれをアピールしないんだ?」


「はは。それなら、確かにそうしてもよかったけどな。いずれにしろ、私はいま、休暇中なんだよ」


 イバンはうっすらと目を開けると、流れてゆく景色をぼんやりと見ている。


「たまにはそんなことがあっても、いいと思わないか?」


 彼は静かに微笑むと、その大きな手で俺の頭をグッと掴み、くしゃりと撫でた。


「ナバロは本当に強い魔力の持ち主だな。きっといい魔道士になる」


 この俺が? いい魔道士? 


冗談じゃない。


駅馬車は街道を進んで行く。


日が昇る頃には、大きな聖騎士団の部隊とすれ違った。


ご大層な装備に武器までしっかり揃え、まるでこれから魔王城へでも乗り込んでいくみたいだ。


あの呪いは、聖騎士団の鎧を身に纏ったものが触れると、解けるようにしてある。


きっとあいつらは、これから聖騎士団に酷い目に合わされるのだろう。


 荷馬車はようやく、グレティウス手前のチェノスへ入った。


駅馬車を降りる。


「今回は本当に助かったよ。よい旅を」


「あんたらがいてよかったわ。ありがとうね」


 数日を共にしただけの、素性も分からぬ乗客たちが、次々と俺たちに礼を言っては去ってゆく。


「なぜ礼を言って行くんだ?」


「挨拶だよ」


 ディータはそう言った。


どこだって土埃の舞う、ごちゃごちゃと落ち着かない停車場だ。


「みんなお前に感謝してる」


「俺に? それは違うだろ」


「そんなことはないさ」


「感謝が挨拶なのか?」


「そうだ」


 乗客たちがようやく見えなくなると、ディータの手は俺の手を握る。


「よそ見してると、迷子になるぞ」


 それでも俺は、どこまでも子供扱いだ。


停車場を出る。


チェノスはグレティウスへ向かう街道と、首都ライノルトへ向かう街道を結ぶ交易都市だ。


遙か東には、遠く連なる黒い山脈が見える。


その麓には、かつての俺の居城がある。


「イバンとはここでお別れね」


 停車場の近くにある、聖騎士団の事務所前で立ち止まる。


聖剣士であるイバンには、グレティウス行きの通行許可証はすぐに発行されるが、俺たちのような平民は、審査を受けないことには中に入れない。


「悪夢の調査隊に入るんだろ?」


 ディータはイバンに言った。


「見つけたら、ちょっとくらいカスめといて、俺にもくれ」


「休暇中の暇潰しだよ。本気で見つけられるとは、思っていない」


「すぐに追いつくわ。グレティウスに入る。そして宝を見つける」


 フィノーラのその言葉に、イバンは笑った。


「はは。だとしたら、君たちも立派な犯罪者になるな」


 その背後が、急に騒がしくなった。


振り返ると、街道で俺たちを襲った盗賊団が、荷馬車に乗せられ運ばれている。


鋼鉄の檻に入れられ、両手両足を鎖に繋がれていた。


俺たちが草原で捕らえた時に比べ、あちこちが打たれ傷つき血を流している。


首領の男と目が合った。


男はギロリと強い視線をこちらに向けた。


そのまま、何も発することなく運ばれてゆく。


「草地に繋がれ身動き取れなくなって、逆に襲われたか」


「仕方ないわよ。今まで自分がしてきたことが、返ってきただけだわ」


「これからは、正当な裁判と刑が待っている。己の犯した罪の報いを受け、それを償うといい」


 彼らはあのだだっ広い草原に繋がれ、何をされ、何を見たのだろうか。


「大罪は、大罪だからな」


 そう言った俺を、イバンは見下ろした。


「休暇が終われば、私はルーベンに戻る。お嬢さまはお前を心配している。気が向いたら、顔を見せてやってくれないか」


「あのキレイで頭の弱いお嬢さまね」


 フィノーラはフンと鼻で笑った。


「反吐が出るわ」


「お前のことも、心配しておられたぞ」


 イバンは静かに微笑む。


「じゃあな。健闘を祈る」


 聖騎士団専用の停車場に、グレティウス行きの馬車が待機していた。


イバンはそこへ向かう。


各地から集まってきた悪夢捜査隊の志願者で、ごったがえしている。


野外に机を出しただけの受付に、イバンは懐から出した、何かの書類を渡す。


それを受け取った聖騎士団の剣士は、顔を上げた。


「一人で来たのか? 他の志願者はどうした。いないのか?」


「他の志願者を連れてきてもよかったのか。審査があるのでは?」


「中央議会から、特別要請が出てる。今月いっぱいは聖騎士団団員の推薦があれば、それに同行するかぎり、期間限定で調査隊入隊が認められるんですよ」


 そう言った男は、ひょいと首をのぞかせた。


「そこにいる魔道士たちは、一緒じゃないのか?」


 イバンは俺たちを振り返った。


その目と目と目があう。


「い……、一緒です!」


「そうです! 私たちも行きます!」


 ディータとフィノーラが、同時に叫ぶ。


「あー。その子も、聖騎士団予備隊入隊志願者なのかな? 社会見学代わりに、参加ということで、いいのかな?」


「え……、えっと……」


「そうです。私が指導しています」


 イバンの手が、俺の肩に乗った。


「私が彼の後見人です」


「じゃ、どうぞ」


 イバンの持参した志願者名簿に、俺たちはサインする。


「いいボランティア経験になりましたね。よい休暇を!」


 書類にドンと朱印が押される。


俺たちは、グレティウス行きの馬車に飛び乗った。

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