第2話

「マジックアイテムだ。それで馬車が止められてる」


 呪文を唱える。


単純に剥がそうとしても剥がれないヤツだ。


この物体にかけられた呪文を解くか、施術者に解除させないことには、解放されない。


「ちっ、簡単にはいかねぇってことか!」


 ディータのムチがしなった。


呪いを解く方法は色々あるが、こういった道具を作る連中には、職人芸として、パズルのように細かな仕掛けを入れていることが多々ある。


それを見抜いて解除するのは、なかなかに難しい。


てゆーか、面倒くさい。


「車輪ごと交換するのが、一番早いな」


「そんなこと、この状況で出来ませんよ!」


 御者の悲鳴に、フィノーラは声を荒げた。


「私に任せて!」


「任せられるか!」


 珍しくイバンとディータの意見が一致した。


誤爆を全く躊躇しないフィノーラの爆風弾に、盗賊たちも引き気味だ。


馬車に向かって弾け飛んだそれを、イバンの剣が切り裂く。


「馬車が動かないのなら、盗賊団を捕らえるしかなかろう」


「アホか。キリがねぇだろ。馬車に近寄る連中だけを相手にして、逃げちまえばいいんだよ。それに今は、聖騎士団の仕事中じゃないんだろ?」


「休暇中でも必要があれば、任務を全うする!」


「あぁもう! とにかく追い払えばいいんでしょ!」


 だがまぁ、こういったパズルゲームは、厄介だが嫌いではない。


かつては俺も、あちこちに仕掛けて楽しんだ。


「呪いを解く。少し静かにしててくれ」


「だがそれでは、作戦の話し合いにはならない」


「話してる場合じゃねぇだろ。盗賊の仲間が増えたぞ」


「だから全部追い払えばいいのよ!」


 呪文の声。


三人が三様に何かを唱えている。


『もう一度我に力を』

『風よ我が身を運べ』

『最大暴風風起こし!』


 イバンが回復魔法で、ディータはスピードアップ。


フィノーラに関しては、呪文まで雑過ぎてよく分からない。


ぎゃあぎゃあわめきながら戦っている横で、俺はパズルゲームに取りかかる。


「う~ん。単なる足止めだからなぁ……」


 この粘土のような、ゼリーのような物体に、使われている魔法石の質量はさほど大きくない。


つまり、それほど難しい仕掛けではないということだ。


それに、これはどうやら、盗賊団の魔道士連中が作ったものではないようだ。


魔法の臭いが違う。


どこからか買ってきた量産品か?


「それにしては、よく出来てるなぁ~。これは値が張っただろうに」


 面白そうなパズルは、じっくりと解くに限る。


蹄の音が響いた。


土手上に、さらに盗賊団の数が増える。


「仲間が現れたじゃないか。くそ、首領はどこだ」


「フィノーラ、自慢の馬鹿力でぶっ飛ばせ!」


『総力全包囲!』


 ゆらりと、大きく風が動いた。


フィノーラの魔力回復も進んでなかったか? 


いつもの勢いがない。


大きな斧を担いだ男が、馬に乗ったまま進み出た。


「テメーら! さっさとあの聖剣士さまの首を取れ! そうすりゃ腐れ魔道士どもは、すぐだ!」


 そう言うと、男は馬を走らせた。


雄叫びが上がる。


散々イバンたちが暴れ回ったあとで、ようやく現れた首領だ。


その後ろに、数十人の騎馬隊が続く。


「狙いはイバンだ。ノーコンフィノーラ。馬ぐらいからなら、ヤツを落とせるか?」


 ディータのムチがしなる。


それは斧を持つ男の手に絡みついた。


フィノーラ衝撃弾が、首領の頭をかすめる。


男はくるりと体をひねると、馬上から飛び降りた。


その腕に絡みついたままの、ムチを引く。


ディータの体が引きずられた。


「そこまでだ!」


 飛び上がったイバンの剣が、男の上に降りかかる。


首領は斧を持ったまま、グッと体を反らせると、イバンを蹴り上げた。


「チェノスの大斧だ! グレティウスへ向かう荷馬車を襲う、大盗賊団だ!」


 ガタガタと震える御者の言葉に、俺は顔を上げた。


「有名なのか?」


「あいつらに見つかって、無傷で済んだ者はいねぇんだ」


「だってさ!」


 蹴り飛ばされたイバンは、草の中でゆらりと立ち上がる。


「だとしたらなおさら、ここで捕らえてしまわなくてはな」


「フン! 面白れぇじゃねぇか」


『急速大回転!』


 男は右手に持っていた斧を、左手に持ち変えると、ムチの上に振り下ろす。


ディータはそれをサッと引いた。


大斧は地響きをあげ、地面に突き刺さる。


イバンの剣が、男の腕を狙った。


首領はその斧を、ブンと振り上げる。


「イバン!」


 斧と剣がかち合った。


火花が飛び散る。


フィノーラの放ったエアカッターが、交差する二人を同時に切り裂く。


騎馬隊の群れが、駅馬車を取り囲んだ。


「ナバロ、そっちは任せたぞ」


 あぁ、面倒くさいな。


どうして俺がこんなこと……。


右手を上げる。


呪文は何にしよう。


もういっそのこと、コイツら全員、息の根を止める魔法を……。


そう思った瞬間、木箱の扉が開いた。


「俺たちも戦う!」


「こっちは任せろ!」


 乗客たちが、それぞれ身につけていた武器を片手に飛び出した。


車輪の横にいる俺を振り返る。


「坊主はそこから動くなよ」


「みんな戦ってるんだ。せめて馬車くらいは、俺たちに守らせてくれ」


「……。分かった」


 乗客たちに、動くなと言われてしまったのだから、仕方がない。


戦い慣れた盗賊団に比べ、乗客たちの動きはぎこちない。


それでも必死になって、自分たちの身を守ろうとしていた。


「なんで戦ってるんだ?」


 二人いる御者のうちの一人が、必死の形相で御者台から拳銃を撃っているが、ほとんどろくに当たってもいない。


「黙って見てるわけにはいかないからさ」


 なんだ、それ。


あぁ、馬上の盗賊が、剣を振り回している。


乗客の一人が腕を斬られた。


大斧を持つ男も暴れているのに、これではよけいにイバンたちがやりにくいじゃないか。


ほらみろ、フィノーラは自分の暴走魔法が使えなくなって、困っている。


 ディータの背後に近づいた盗賊を、乗客の一人が切りつけた。


ディータはそこへ、膝蹴りを加える。


イバンが大斧の男と距離を取った。


その瞬間、御者の撃った弾が斧に当たった。


そこに気を取られたすきに、イバンは剣を振り下ろす。


その光景は、まるで協力しているようにも見えた。


「よけいに戦況が混乱したじゃないか」


「子供の目には、そう見えるかもしれないな。だけど……」


 御者はヘタな鉄砲を撃ち続ける。


「何もしないでいるよりは、ずっといいだろ」


 フィノーラのコントロールが精度を増す。


あいつ、ちゃんと狙って魔法を打とうと思えば、狙えるんだ。


いつもより小さな衝撃弾を、乗客たちの動きを見ながら、丁寧に馬上の盗賊にぶつけている。


フィノーラの魔法で馬から落ちた盗賊を、乗客たちが羽交い締めにしている。


「なぜ助け合う」


「なぜ? だって、そういうもんだろ。それにしても、あんたの仲間は強いな」


 そう言って、彼は笑った。


「お前もカッコいいよ」


 ディータのムチが、大斧の柄を捕らえた。


「そのまま動くなよ……」


 ディータがムチを引く。


と、男はわずかに斧の角度を変えると、不意にその手を放した。


「ディータ!」


 ムチのその反動で、斧の刃先がディータに向かう。


フィノーラの衝撃弾が、大斧の位置をわずかにずらした。


首領の男は、剣を持つイバン腕を、ガッツリと上から抑えつけた。


「矢を撃て!」


 遠巻きに見ていた盗賊団から、一斉に矢が放たれる。


それの標的は、木箱や馬たちも例外ではない。


『最大暴風風起こし!』


 俺が呪文を唱えるより早く、フィノーラの声が響いた。


大地から湧き上がるそれは、飛んでくる弓矢もろとも、盗賊団もイバンもディータも、一緒に戦う乗客たちも、空高く巻き上げる。


「あ」


「だからお前は、加減を覚えろ!」


 イバンはその空中で首領の背後を取り、その刀身は男の首を捕らえた。


ディータは魔法で、全員をゆっくりと着地させる。


朝日が昇り始めた。


「さぁ、お終いだ。どうする?」


 主にフィノーラの誤爆によって、擦り傷だらけになったイバンは、首領に迫った。


辺りにはまだ、無数の盗賊団が残っている。

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