ヨルヒメと魔法使い
七々瀬霖雨
プロローグ
夕方の緑色
もうずいぶん遠い、昔のこと。
ある、一人の女の子がいました。
彼女はとても寂しがり屋でしたが、一人ぼっちで、ずっと友達もいませんでした。
寂しくて夜も眠れず、いつしか意識だけが夜中歩き回ることになっても。
夜眠れない代わりに、まるで幽霊のようになって街中を飛び回るようになったのです。
彼女はそうして寂しさを埋めるようになりました。夜に出会った人々を、ひっそりと助けるようにもなったのです。
段々と人々は、彼女のことを「夜姫」と呼ぶようになりました。
時は流れ、そんな彼女も恋をしました。結婚して、子供が生まれたとき、彼女は突然不安になったのです。
もしこの子も、自分のように、寂しがり屋で、一人ぼっちになってしまったら――?子供だけでなく子孫もそうだったなら。
彼女はそれを救うため、夜のうちに身につけた不思議な力を使って、その子とその子孫、ずっと続く限り、優しい魔法をかけたのです。
――これが、今にまで続く夜姫のはじまり。
ささやかな希望の物語の、はじまり。
「それがあなたの先祖。あなたは夜姫の血を引いているのよ」
今から三年前のこと。
大切な本を閉じるように、
近所の公園で、彼女とまだ小学六年生だった明莉はベンチに座って向かい合っている。夕方の淡い橙色が辺り一杯に満ちていた。帰らなきゃいけないけど、まだこの人と一緒にいたい。 明莉の胸にはその思いがせり上がっていて、追い立てられるように声を出した。
「かすみさん」
彼女はまっすぐに明莉を見ていた。自信を貰うように、明莉もその目を見つめ返す。
「私は夜を、どうしたらいいんですか」
「自由にすればいいんじゃない?人を助けるも自分のために力を使うも自由だ」
ろうそくの灯りのように暖かい夕日の中で、彼女は不敵に笑った。そうして、さ、と声を出して立ち上がる。
「こどもはもう帰る時間だよ。夜の狭間に囚われでもしちゃいけない」
「かすみさんっ」
「――あ、そうだ」
まだ行かないで。言いかけた明莉を制し、彼女はふっと優しい笑みを見せた。
「最後に一つだけ。夕方の色を教えてあげる」
「……なに……?」
「緑色。それも夜の色が滲んだ青に似た色だ。覚えていて」
その言葉を最後に彼女は姿をくらました。明莉に電話番号だけを残し、今に至るまで出会えたことはない。
今の明莉には何もない。もしももう一度会えたらと、明莉は夕日を見るたびに思うのだ。
明莉は今でも、夜を歩きながら彼女の姿を探している。
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