第20話 頂上決戦
綺麗な星空が見えていた。時間はもうすっかり遅くなって夜になっていたようだ。
戦いが止んだ束の間、私はセツナちゃんに謝る事にした。
「ごめん、屋敷の屋根を吹っ飛ばしちゃって」
「構いません。もう引き払うつもりでいましたから」
「セツナちゃん、引っ越すの?」
「はい、これからはあなた達の町で暮らそうと思います」
「嬉しい! 歓迎するよ!」
菜々ちゃんが跳びついて喜んでいる。私もほっと息を吐く。だが、正也君の言葉で緊張してしまった。
「やっぱりお前が魔王だったんだな」
「あれ? 気づいていたの?」
「当たり前だろ。あのやる気の無い態度、滑った台詞。明らかにお前だった」
「ええーーー!? 滑ってた!?」
「何がこれからも仕事に励みたまえだ。お前が励めよ」
「止めてよ。言わないで!」
私は恥ずかしさに頭を抱えてしまう。これには菜々ちゃんもセツナちゃんも思わず笑ってしまう。
何て事だろう。変装して声まで気を使ってたのにバレるなんて。私の態度ってそんなに分かりやすいのだろうか。
もう諦めて観念するしかなかった。
「それでどうするの? 正也君の炎で私を焼き尽くしちゃう?」
「お前には魔王をやる気はないんだろう?」
「まあね。世界征服なんてきっと学級委員をやるよりめんどくさいよ。そんなのに立候補する人の気がしれないよ」
「お前ならそういうだろうな。俺だってやる気の無い魔王の相手をするほど暇じゃないんだ。最近どれだけモンスターが現れてると思ってるんだ。本当に大変なんだからな」
「じゃあ、これからは手伝おうか?」
「魔王が出てくんな。みんなが驚くだろうが」
「ですよねー」
「でも、時々だったら手伝ってくれると嬉しい」
「うん……」
「……」
しばらく無言で夜風に吹かれる。ややあって正也君が言った。
「行ってこいよ。決着をつけてくるんだろう?」
「あれ? ここでは手伝ってくれないの?」
「もう十分に手伝っただろ。ここからは魔王の仕事だ。たまにはお前が働け」
「はいはい、分かりました」
私はスキルで宙に浮かぶ。山の周囲に張られた気配を遮断する結界が上手い具合に私の存在を隠してくれるはずだ。
範囲を確認して菜々ちゃんとセツナちゃんに声をかける。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね」
「すぐに帰ってきて」
「待っていますから」
「うん、明日も学校があるしね」
私は束の間の別れを告げて夜空へと飛び立った。
星の広がる空でマムは目を閉じて待っていた。近づくと目を覚ましたように開いた。
「来たか、魔王」
「待っていてくれたんだ。強者の余裕ってやつ?」
「そうではない。この異質の世界を感じておったのじゃ。今のわしにとっては魔王の次に興味深い存在よ」
私達の下には地球の景色が広がっている。夜となり無数の光が灯っている。この輝き一つ一つが生きているのだ。
マムはそんな光景を見つめながらつぶやくように言う。
「不思議な景色じゃ。わしらの世界と似ているようで全然違う。これから歪めてしまうのが惜しいと感じてしまうぐらいに」
「何をするつもりなの?」
「試してみたい術があるのじゃよ。わしらの世界では威力が大きすぎて禁忌とされている術をな。その実験をここで行う。ここはわしの実験場となるのじゃ」
「そんな事をしたらこの世界は……!」
「誰が気にする? この世界の民はわしの民ではない。それに魔王のせいで滅んだ事にしてしまえば誰も気にすることはないじゃろう。お前の悪事を本にするのもよいかもな」
「これ以上の風評被害を広げようってわけ? それだけはさせない。さっさと止めさせて貰う!!」
私はマムに向けて突進する。だが、彼女は不敵な笑みを浮かべて呪文を唱え始めた。
「大地に眠る魂の力よ。今こそ目覚めよ。我に仇なす者を打ち砕き、全ての災禍を退ける力を与え給え。出でよ! アースゴーレム!!」
地面が揺れて巨大な土人形が出現した。星まで届きそうな手が私を掴もうとする。
「な、何これ!?」
「ゴーレム。古代の魔術で作られた巨人兵。魔王ならば知っておろう」
「いや、知らないんだけど。私が知ってるのは町に現れたモンスターぐらいよ!」
「ならば学習するとよい。これが土の力じゃ!!」
マムの叫びと共にアースゴーレムの腕が伸びてくる。私はそれを避けつつ反撃の機会をうかがう。だが、ゴーレムの攻撃が激しい。
「どうした? お前も早く魔王の力を見せてみよ」
「ああ、もう、めんどくさいけど仕方ないか。スキルマスターもここまでは来ないだろうしね!」
覚悟を決めて私は叫ぶ。
「魔王ウイング!」
「魔王の翼か。少しばかり早く動けたとて何になる?」
「うるさい、馬鹿にするな! ヘルファイア!」
私は背に翼を生やしてゴーレムの腕を掻い潜り炎を食らわせてやった。ゴーレムは炎に包まれて崩れ去った。
「ほほう、さすがにやりよる。魔王の技を見るのも久しぶりじゃな」
マムは全く動じない。当然だ。この技を知っていて本にまで書いてこの世界に伝えたのは彼女なのだから。
おかげで私は魔王だとみんなに知られることになったのだ。マムはさらに杖を振る。
「次の術を行くぞ」
「まだあるの?」
「当然じゃ。わしは賢者じゃぞ。耐えられるレベルの相手は久しぶりじゃ。いろいろ試させてもらうぞ」
「あいにくだけど明日も学校があるし友達も待ってるんで。すぐに終わらせてやる!」
「口だけではなんとでもいえよう。このわしを恐れぬのならば、かかってくるがよい」
「言われなくても!」
もう邪魔なゴーレムはいない。私は突進しながらスキルを発動させる。
「魔王……トルネード!」
「なんじゃこの技は。全然なってないではないか」
駄目だ。知られてない技ならと適当に考えてみたが、即席で放つ技なんて魔法を知り尽くしているマムには簡単に避けられてしまう。さらに彼女は呪文を詠唱する。
「水の精霊よ。ここに水を湧き起こし嵐となって敵を呑み込め。ウォーターストーム!」
水の柱が何本も現れ私を襲ってきた。慌てて回避するが、空中に海が形成されて私は呑み込まれてしまう。
「まだまだこんなものではないぞ。魔王はしぶといからな。追い打ちをかけさせてもらう」
マムは再び呪文を唱える。
「神聖なる雷よ、天罰となりて魔の王を滅せよ。ライトニング・ジャッジメント!!」
空が光り輝く。光の刃が落ちてきて海に呑まれていた私は慌てて飛び出して避けた。直撃を受けた海は弾けて消え去った。
「ほう、よく今のを避けたな」
「当たり前でしょ。そうそういつまでも休みボケしてられないって!」
「だが、どうする? かつての魔王の技ではわしには通用せんぞ。かと言ってお前の未熟すぎる技など効くはずもない。諦め時というものではないか?」
マムは余裕綽々といった様子だった。彼女の言っている事は事実だろう。魔王の力は知られ、すでに敗れている。かと言って私の浅はかな思いつきが通用する相手でもない。
スキルに熟練したマスターだったら、まだ打てる手があるのだろうが……
今更ながら自分がまだスキルに目覚めただけのひよっこレベルなのを実感してしまう。だが、私は首を振った。
「確かに私の力じゃあなたを倒すことは出来ないかもしれない。だからって逃げるわけにもいかないんだよね。ここで逃げたら恥を掻くだけだし。それに……」
「それに?」
「自分の仕事をやると決めてきたから!」
私はさらに魔王の力を練り上げる。だが、それはいきなり消え去った。
「あれ?」
「お前は前に魔王を封じたのが誰だと思っておる? 同じ結果にしかならんと言ったはずじゃ」
私は気が付くと赤い石の結界に囚われていた。マムが手を握るとそれは瞬時に小さくなり、私はほんの小さな石コロの中に封印されてしまった。
「同じ術で終わるとはな。芸の無い奴よ。さて、この世界をどうしようか。魔王よ」
マムはその石を拾い上げると地上を見つめた。彼女にはこれから叶えたい野望がいろいろあるのだろう。だが、私はそれをさせるわけにはいかない。
魔王のせいにされては溜まったものではないからだ。
「だから風評被害は御免だって言ってるでしょ!」
「何!?」
私は封印を砕いて飛び出す。
「まさかわしの術を破ったのか!」
「当たり前でしょ! 前世の魔王がいろいろ考えてくれてたのよ!」
他人頼みだが仕方がない。私はずっとさぼって生きてきたのだから。だが、これから行うのは私の意思だ。
「ちょっと付き合ってもらうよ」
私は一瞬の隙をついてマムの胸倉を掴むとさらなる空へと向かって飛び立った。
「どこへ行くつもりじゃ!」
「全てが始まった場所へ!」
私は宇宙へと飛んでいく。飛びながら砕いた封印石の欠片を魔王の力で上書きしていく。マムは抵抗するが、少しの時間ぐらい私だって働く。
力と力がぶつかりあい、やがて辿り着いたのはエックスデイの始まった宙域だ。そこには異世界の神殿へと通じる道が今もある。
「お前、まさか。わしらの世界を侵略するつもりなのか!」
「冗談。私には明日も学校があるの。ここで私は一つ言っておくことがある」
「!!」
「本にでたらめを書くなああああ!!!!」
「全て事実じゃろうがああああ!!!!」
魔王の力は知りつくされている。だから私の全力の拳でぶん殴る。
対魔王用の結界が幾重にも張り巡らされるが、私の純粋な拳はその全てを貫いて奴の顔面を捉えた。
吹っ飛んだマムはすぐに体勢を立て直すが、そこはもう向こうの世界だ。私はすぐに封印石の欠片を入口へと飛ばしてスキルを発動する。
マムの封印の術に魔王のスキルを上乗せして、さらに私の気持ちでかき混ぜた特別製だ。これはもう簡単には解けない。
マムが何かを叫んでいるが聞いてやる義理はないだろう。私には面倒な事をする気は無いのだから。
「さようなら。もう人の世界にちょっかい掛けてこないでよ」
封印を完全に行って入口を閉じてしまう。これでまた面倒な偶然でも無ければ隕石が降ることもないだろう。
私は振り返って地球を見下ろした。
「やっぱりこれって、支配するの絶対にめんどくさいよね」
私には教室の自分の席ぐらいが似合っている。そんな事を思いながら菜々ちゃん達の待っているところへ帰っていくのだった。
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