第3話 やれば出来る子

 こうして授業が始まった。こんな世の中でも勉強する事は変わらない。スキルに目覚める中学生が現れるようになったと言われてても、そんな人はごくわずかでほとんどはただの一般人だ。

 珍しいのもあって、スキルは目覚めるというより、使える人がよそから配属されてくると認識している人の方が多いかもしれない。

 正也君もそうして転校してきた一人だ。




 授業はつつがなく進み、昼休みになった。

 途中で指導室に行ったが、注意するようにとちょっとしたお小言を言われただけだった。先生は正也君よりも優しい。

 今日もいつものように菜々ちゃんと一緒にお弁当を食べることにした。屋上で。

 屋上は人がいなくて静かでいい。みんな屋上が開いている事は知らないようだ。私は階段の一番上で食べようとして、鍵開いてるじゃんと気づいていた。

 最初は一人で食べてたんだけど、今では菜々ちゃんがついてくるようになった。まあ、邪魔にならないならどうでもいい。

 屋上に吹いている風が気持ちいい。菜々ちゃんが私のお弁当をひょいと摘まんで、私が菜々ちゃんのお弁当をひょいと摘まむのももう慣れた光景だ。

 お気に入りの食べ物はもちろん箸でガードするが、今ではどれが取ってはいけない食べ物なのか分かるようになっていた。


「まやかちゃんのお弁当美味しいよね」

「そう? お弁当の味なんてどれも同じだと思うけど」

「そんな事無いよ。まやかちゃんは自分でお弁当を作ってるんだよね?」

「うん、親が忙しいからね」

「まやかちゃんはいいなあ」


 菜々ちゃんが羨ましそうに言ってくる。しかし私はそんな彼女の言葉が信じられなかった。


「そんな事無いと思うけどね。他の人がやってくれるなら絶対にそっちの方がいいでしょ」

「まやかちゃんは分かってないよ。あたしは一人で何でもできるまやかちゃんみたいになりたいの」

「それは困るなあ」

「困るの?」

「だって私は他人の為に何かをしてやるのが苦手だもの。菜々ちゃんが私みたいになったら、私の代わりに何かをしてくれる人が一人減ってしまう」

「んー、難しいかなあ」

「菜々ちゃんは出来る子なんだから、その頑張りは誰かの為に使った方がいいと思うよ」

「誰かって例えば?」

「うーん、教室のみんなとか?」

「むむっ、何か適当にはぐらかされてる気がする」

「ごめんごめん。でも菜々ちゃんは可愛いから頼めば誰かやってくれると思うよ」


 私は菜々ちゃんと楽しくおしゃべりしながら昼食を食べ進めた。そして、食べ終わった頃になって事件が起こった。

 私がのんびりとお弁当の蓋を閉じていると、突然、校庭に巨大なモンスターが現れたのだ。


「え?」

「うわあっ!?」

「きゃああああ!!」


 校舎の中が一気に騒がしくなって悲鳴が上がる。私は菜々ちゃんと顔を見合わせた。


「あれ? 警報鳴らなかったよね?」

「うん」

「それじゃあ、装置が故障したかいきなり現れたってことか」


 私達は屋上から校庭を見下ろした。大きな斧を持った牛の頭のモンスターがいた。


「あれって、ミノタウロス!?」

「うん、多分そうだと思う」


 ニュースで話題になっていた事がある。強いモンスターが現れて壊滅した都市があるって。

 それが何でこんなたいして重要な施設があるわけでもない平凡な町に現れるのか分からない。

 菜々ちゃんはうろたえている。私もちょっと焦っていた。


「ど、どうしよう、まやかちゃん」

「うちのスキルマスターが何とかしてくれると思うけど」

「そ、そうだね」


 言いながら私は正也君の実力があのモンスターに通用するかは半信半疑だった。

 何せ都会のベテランのスキルマスターが敗れて町を破壊されてニュースになるほどのモンスターなのだから。

 ちょっと炎が使えるだけの並の能力者で太刀打ちできるのだろうか。不安だ。

 しかし、ここで立ち止まっていても仕方がない。私は立ち上がると、急いで屋上から出て行こうとした。

 菜々ちゃんが慌てて呼び止めてくる。


「ま、待って! どこに行くつもりなの?」

「避難しないと」

「そ、そうだね。避難しないと。あれはまやかちゃんが焦るほどのモンスターなの?」

「まあ、そうだね。私だって焦る事ぐらいはあるよ」


 現れたモンスターが強いというのもあるけど、相手がすでに校庭に入っているというのがやばい。どんな弾みで校舎が壊されるか分からないからだ。

 何せ相手は都市を破壊した実績のあるモンスター。校舎一つぐらい体当たりだけで壊せても不思議ではない。

 私はこの中学校が好きだ。小学校よりも通学距離が近いところが。だからこの学校が無くなってどこか遠くの中学校に行かされる事になるのは御免だった。

 守らなければならない。案の定正也君は苦戦している。近くから他のスキルマスターが応援に駆け付けるのを待つ余裕は無さそうだ。

 加勢してやるか。その為にはまずは菜々ちゃんを撒かないと。私は腹を抑えてうずくまった。


「いてて、おなかが……」

「どうしたの、まやかちゃん!?」

「おなかがちょっとね。菜々ちゃんは先に避難して」

「そんなわけにはいかないよ。保健室に連れていくよ」

「いや、それには及ばないから」


 医者に見られたら本当は痛くないのがばれてしまう。私はトイレの入口まで行く。


「出せばすっきりすると思うから、先に避難しておいて」

「まやかちゃんを一人で残して行けないよ。ここで待ってるから」

「ええ!?」


 やれやれ、強情な子だ。これ以上口論しても埒が明かなそうだ。正也君もどこまで踏ん張れるか分からない。

 私はそれ以上口論するのを止めてトイレのドアを閉めた。さすがの菜々ちゃんもまさか個室の中まで入ってこないだろう。

 それでも念を入れて、ここに自分の分身を作っておくことにした。私のスキルなら容易いことだ。


「じゃあ、後は任せる。適当にきばって菜々ちゃんに話しかけられたら適当に答えておいて」


 私は分身にそう指示を出して、自分自身は壁をすり抜けて外に出る事にした。私のスキルなら容易いことだ。

 さて、正也君を手伝ってやろう。自分の正体がバレないように。

 私が戦える事が知られたら、私はここの学校を任されて正也君はよその学校を守りに転校する事になるだろう。

 そんな事は望んでいないので私は密かに行動するのだ。




 私は変身して仮面とマントを身につけて屋上へと舞い戻る。これで誰も私の正体が天坂まやかだとは思うまい。

 私の隠蔽スキルは完璧だ。気配や匂いだって誤魔化す事ができる。

 ここで自分の能力を確認しておこう。私のスキルは『魔王』である。あらゆる魔法を使いこなし、魔物を従える事も出来るらしい。

 図書室の本で自分の体に現れた印について調べたらそう書いてあった。詳しい事は著者に聞いてほしい。

 あのミノタウロスが私の命令に従ってくれそうには見えないが。あんなペットはいらないし、吹っ飛ばした方が得策だろう。

 私はさっさと校庭に飛んだ。

 ミノタウロスが投げてきた斧を軽く魔法で跳ね返す。こいつ、私を恐れているのか? 腰が引けているぞ。ニュースで見たほどたいしたモンスターでは無さそうだ。

 正也君が警戒した声を私に掛けてくる。


「お前、何者だ?」

「名乗るほどの者ではないさ」

「なんだと!?」

「本当の炎を見せてやるよ。勉強したまえ」


 ちょっとした鬱憤と魔王というスキルを意識して私は少し偉そうに言ってやる。

 正也君がきちんと自分の仕事をしてくれていれば私の出る幕など無かったのだ。

 これからの為にも私は彼に上級の炎のスキルを見せてやることにした。


「その黒い炎はまさか!?」

「これが炎のスキルの使い方というものだ」


 正也君は驚いている。全く炎使いの専門家のくせに複数の能力を使える私のスキルなんかに驚かないでほしい。器用貧乏という言葉を知らないのだろうか。

 私の放った黒い炎はミノタウロスを飲み込んで一瞬で滅ぼしてしまった。これで終わりか、あっけない。まあ、仕事なんて早く終わった方がいい。


「これからも仕事に励みたまえよ」


 彼にはこれからも仕事があるだろうが私の仕事は終わりである。楽に片付くのは素晴らしいが、後始末やレポートなんかは御免である。

 正也君にはこれからも働いてもらいたい。

 私はさっさと屋上へと舞い戻ると変身を解いてトイレに戻った。分身をしまってドアを開けると、心配していた菜々ちゃんが声を掛けてきた。


「まやかちゃん! 大丈夫?」

「うん、もう大丈夫だと思うよ」

「よかった。凄く気張ってたから大変そうだなと思って」

「そっちか」


 どうやら私の分身は菜々ちゃんに心配されるほどトイレの中で気張ってたらしい。まだまだスキルに慣れる必要はありそうだ。

 不用意に練習すると私がスキルが使える能力者だとばれるリスクがあるので、あまり練習しようという気にはなれないが。

 私は何食わぬ顔をして菜々ちゃんに言う。


「じゃあ、避難しようか」

「うん」


 もうモンスターが退治されている事は分かっているが、建前ややる気を見せる事は大事だろう。

 私は今更ながら菜々ちゃんと落ち着いて避難する事にした。


「ほら、慌てないで。転ぶよ」

「ありがとう、まやかちゃん。やっぱり優しいね」

「そんなこと無いよ。待っててくれたんだから手伝う事ぐらいするよ」

「ありがとう。まやかちゃんが一緒でよかった」


 菜々ちゃんに褒められるのは嬉しいけど照れ臭い。素直な気持ちを言う事にした。


「私も菜々ちゃんと一緒で良かったよ」


 自分の気持ちなんてよく分かっていない私だったが、今のところはそれが飾らない正直な気持ちだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る