未来へ

 勇者ロバートの伝説は、偽りだった。

 復活した魔王が告げた真実に目覚めた民衆は、百年間も世界を欺き続けていたロバートへ怒りを燃やした。


「まさか、勇者ロバートが偽物だったなんて……」


「冗談じゃないよ! 百年間もいい思いしてきたなんて!」

 

「勇者にしては名前が普通だと思ってたんだ!」


「本物の魔王が復活したのに、偽の勇者なんてなんの役にも立たないじゃないか!」


 世間では怒りに燃える声が飛び交い、混乱を極めた。

 それほど勇者ロバートが魔王を倒した偉業は人々の心の根幹に関わっていたのだ。

 

 ロバートはアウロラ王国で収監。王都襲撃の罪に問われる予定となる。

 ロバートの運営していた冒険者ギルドも本部を帝国に抑えられ、大陸じゅうの活動の歯止めがかかった。

 

 そんな混乱が大陸を駆け抜ける中――。


 フィリアナはアウロラ王国の王城、謁見の間にいた。

 

 緊張の面持ちでうつむいてると、そこにやってきた威厳のある人物がフィリアナに顔を上げるように言う。

 黄金の髪に、力強い大海の色をした瞳の、迫力ある美女。

 アウロラ王国が誇る名君、エテルノ女王だ。


「女王陛下、謁見の機会を頂き、至極光栄にございます」


 王都の祭りの騒ぎが鎮まって二週間ほど経った頃、屋敷に王家より使者があり、フィリアナは王城へ参上するように言われた。

 伯爵家の令嬢とはいえ、未成年で、家を直接継げる身分でもないフィリアナが単身で女王の前に現れるのは相当なことだ。

 いったい、どんな用件なのか。

 すべてが不慣れな環境であるフィリアナは内心、動揺しっぱなしだった。


「うむ。そなたを呼びたてたのは言うまでもない、そなたが偽勇者ロバートに払う義理もない借金を負わされた件でな」


 フィリアナの胸はどきりとはずむ。

 ロバートの逮捕から裏社会へのつながりも露見し、役人のバラーダを使ってドレミー家へ圧力をかけていたことも公のものとなっていた。無論、権力を悪用し、ドレミー家へ不当な借金を負わせていたバラーダも逮捕。200万の借金も彼がギャンブルで作ったもので、きちんと支払いの責任は彼に戻っている。監禁されていた小作人一家も無事に戻り、今まで通りに農地を耕して生活していた。

 もう事件は沈静したと思ったそばから、女王直々の召集だ。

 良いニュースか悪いニュースかも判断できず、フィリアナは戸惑ったままその先を聞く。


「実に災難であった。若い身の上で、不安もあっただろう。ドレミー家は代々慈善家で、私財をなげうって民を救ってきた家系であるし、そなたの日ごろの奉仕活動も余の耳に入ってきている。そんな慈愛厚きドレミー家を陥れるなど、言語道断。まったくもって偽勇者ロバートの邪悪さを物語っている」


「は、あ………」


「しかし、今回そなたを追い詰めた要因は、余にもあるのだ」


 突然、そう言ってきた女王に、フィリアナは瞬きをする。

 エテルノ女王は「うむ」と咳払いをひとつ置くと、重々しい口調で告げる。


「そなたが女人にょにんで家督を継げぬ立場ではなかったことも、今回そなたを苦しませたであろう。借金を回避するため、ロバートに無理な求婚をされた件も承知しておる。さぞや苦しみも深かったであろう……それもそもそも、余のまつりごとが前時代の名残を引きずっていたせいなのだ」


 女王はふと目を細め、娘を見るようなまなざしでフィリアナを見た。


「家督は男児優先で、女人には財産を作る余裕すら残されない。余が病で急逝した父の跡を継ぎ、女王となって四年経つというのに、ずっと正せなかった。だが、此度の機会で余はそれを求める必要性を改めて思い知ったのだ」


 女王の目に力強い光が戻る。

 フィリアナはその存在感のある美貌にはっとなった。


「フィリアナ=ドレミーよ。余は女人でも成人した暁には家督を継ぐ権利を持てる法案を議会に提出させた。年寄りたちが何かうるさそうに言ってきたが、かまいはせぬ」


「女王陛下……!!」


「もうそなたも数年待てばドレミー伯爵となれる。その日を心待ちにせよ」

 

 思わずフィリアナは口を覆い、感動に目を潤ませた。

 その偉大さを前に、フィリアナは興奮でやや頬を染めながらも、貴族の礼節を保って礼を言う。


「ありがとうございます、陛下……!」


「余もそなたも同じ女人だ。女としての気苦労もあるだろうが、それを乗り越え、立派な伯爵となってくれることを余は願っている」


 興奮した様子で礼を言うフィリアナに、エテルノはどこか誇らしげな顔でうなずいた。


「でも、女王陛下。私にはこの騒ぎの中、ご心配して頂いたような不安などはありませんでしたわ」


 「ふむ?」とエテルノが片眉をあげて反応する。 

 フィリアナは微笑んで、新進気鋭の女王に対してこう言った。


「当家にはひとりだけメイドがいるのですが、……私はその者のおかげで此度の危機を乗り切れました。だから、まったく不安などなかったのです」

「メイドか……」

 

 エテルノは扇を口に当て、考え込むように言う。

 その様子にフィリアナが不思議そうにしていると、女王は意を決したように、


「実は、余はそなたのメイドを知っておる。……というか、ファンなのだ」


「ファン!!?」


 驚くべき言葉が飛び出して、フィリアナはそっくり聞き返す。


「うむ……余は、その、冒険譚を聞くのが趣味でな。流行りの冒険者は必ず抑えているといってもよいのだが……特にそなたのメイドはよい、実によい。先のトーナメントなど最高だった」


 エテルノは扇で顔を隠しながら語る。その顔はうっすら赤くなっていた。

 トーナメントと口に出したことで、近くにいたお付きの者が「陛下、それは公式の観戦じゃないんですから……」とやや窘めるように口を挟む。


「まさか女王陛下も観戦なさっていたのですか!?」

 

 フィリアナは驚いて素っ頓狂な声をあげた。

 ブロンズ・ランクのトーナメントは盛大とはいえせいぜいが数百人で、王族が紛れ込むにはいささか心もとない規模だ。

 フィリアナに突っ込まれて、女王はちょっと気まずそうにした。


「まあ、紛れ込むのに苦労はしたのだが……その甲斐はあった。彼女は、ここ十年にひとりの逸材だ。余は非常に感服した」


 本当は十年どころか百年前から彼女は生きているのだが。

 女王はその雄姿を思い出したように満足げなため息をつく。


「それでな、よかったら今度サインなど……」

「ちょっと陛下! 権力の乱用ですよ!!」


 ついに耐えかねた短髪の女性の側近から諫言が飛んできた。

 怒られた女王は気まずそうに目を逸らしながら扇でハタハタと自分の顔をあおいでいる。

 フィリアナは「ふふ」と微笑み、うなずいた。


「わかりました、陛下。今度その者のサインを持って参りますわ!」


「お、おお……! 本当か、感謝するぞ!」


「まったく、子どもみたいなんですから……」


 本当に子どものように目を輝かす女王に、呆れる側近。

 それを見るフィリアナは女王の意外な一面にほっこりしながら、確かにメイドのサインを約束したのだった。

 

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