魂ヲ搾取スル者②

 倒れる木からステップを踏んで距離をとり、グロリアは短剣を構える。

 木のあった場所には、あまりに大きな得物を携えた、ひとりの少女が佇んでいた。

 ストロベリーピンクの髪をふたつ結びで頭から垂らし、左目に黒い眼帯をつけ、さらにその手には三日月のような巨大な鎌を握った少女。

 まだ15、16ぐらいのあどけない見た目だが、そんな見た目の印象は何も役に立たないことをグロリアは知っている。


「まだ近くにニンゲンがいてラッキ~。生命力、吸い放題だぜ」


 舌なめずりして少女は周りの人々を見回す。

 その残忍そうなまなざしは、少女というよりも狼やワシのような獰猛な光を宿している。

 やはり、と思った。

 警備兵たちは外で何かに襲われ、残りの仲間たちも様子を見に駆けつけて襲われた。

 その何かとは、目の前の少女しかいない。


「犯人はあなたですね!」


「良いカンしてるぜメイドさん――ご褒美にこれをやらァッ! 《ジレイル》!」


 少女が勢いよく鎌を振り下ろすと、轟音をあげて土を巻き上げながら衝撃波がやってくる。

 グロリアは横へ飛んで直撃を免れたが、代わりに衝撃を受けた木は断ち切られ、メキメキと音を立てて倒れ伏した。

 鎌は見えない斬撃を飛ばす。

 魔法武器だ。

 グロリアが距離を取りながら少女の様子を伺っていると、脇からニーナが飛び出してきた。


「ガルシア流奥義、《烈打掌》!」


 あっという間に間合いに飛び込み、ニーナは激しいラッシュを繰り出した。

 拳の残影が見えるほどの壮絶なパンチの嵐。

 だが、


「へなちょこパーンチ!」


 少女は哄笑すると、鎌の柄を器用に振り回し、旋回する刃でニーナの拳をすべて弾き返す。

 そして少女はムキになって拳を打つのに夢中だったニーナの不意を突き、下から強烈な蹴りを繰り出した。

 もろに腹部に蹴りを喰らい、よろめくニーナ。

 そこに鎌を振り上げ、鋭い刃先を振り下ろす。

 切り裂かれると思い、とっさにニーナは目を瞑ったが、少女が切り捨てたのは飛んできた数本の矢だった。


「へなちょこアロー!」


「クソッ、目晦ましにもならねぇ!」


 毒づきながらニコラは再度矢をつがえ、じりじりと距離を取っていく。


「『落ちよ最初の炎、降らせよ火炎の礫』!」


 そのとき響いた呪文。

 少女はハッと顔をあげる。

 その先には杖を構えたルカ。

 彼女の頭上で魔力が唸りをあげ、巨大な火炎の球を形成していく。



「いっけぇ――!」



 ルカは掛け声を発し、巨大な《火球ファイアボール》を浴びせようとする。

 しかし、少女はニマリと意地悪に笑う。


「へなちょこボール!」


 少女の動きに対し、《火球ファイアボール》の動きはあまりにも鈍い。

 少女は鎌を振り回し、《火球ファイアボール》に向かっていくつもの斬撃を飛ばす。

 すべての攻撃が命中した火の玉は、かっ――と強い光を放って、宙に漂っているうちに消滅していた。


「雑魚、雑魚、雑ァー魚! っかぁー、どいつもこいつも、よくこんなに弱っちいの集められるって感心するな!」


 侮蔑のまなざしで少女は三人を見る。

 三人を軽くいなして、自分は息ひとつ乱していない。

 ニーナもニコラもルカも、悔しげに顔を歪めて少女を睨む。

 その横を影が走り抜ける。

 白黒のエプロンドレス。

 グロリアだ。


「ッ―――!!!」


 グロリアが音もなく走り寄ってきて、双剣を振り下ろす。

 少女は不意を突かれて、寸でのところでようやく鎌を盾にする。


「お次はへなちょこメイドなどいかがでしょう?」


 巨大な鎌を二本の短剣で受けながら、グロリアは言う。

 その言葉に少女は不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「ちぇっ……少しはやれるやつもいるのか」


 眼帯をしていない右目が冷たい光を放つ。

 瞬間、少女は鎌を回転させ、短剣を弾き返す。その衝撃で、聖剣が地に落ちる。

 武器を片方失ったグロリアはさして慌てることもなく、頭上から振り下ろされる鎌の刃を避けると、少女を正面に据えながら軽やかなフットワークで逃げ続けた。

 空気を切り裂き、戦鬼のごとく大鎌を振り回す少女がそれを追う。


「オラオラぁ! どうしたぁ!!」


 少女は逃げ続けるグロリアをけしかけるように叫んだ。

 だが、鎌を振り下ろすため踏み込もうとした瞬間、おかしな違和感に囚われる。


 足が……動かない?


 力を入れても、踏み込めない。

 とっさに足元を見ると、そこには冷気が立ち込め、両足が氷漬けになっていた。

 氷は地面に続いて一本道のようにあるものへとつながっている。

 聖剣、新月の裁断者ジャスティス・ルナだ。


「魔法剣、《氷蛇追尾アイス・スニーク》」


 少女の下半身を氷で縫い止めたグロリアは、一振りの短剣で少女に向かっていく。

 その一撃を少女はとっさに鎌で防ごうとしたが、踏み込むことができないため、従来の力の何割かしか発揮できない。

 グロリアが一撃を振り下ろす。

 それをまともに受けた少女の大鎌は、衝撃に耐えかねて弾き飛ばされた。

 得物が手から離れていくのを少女は茫然と見ている。


「なぜ襲ってきたか、お訊ねしてよろしいでしょうか?」


 魔剣、そして拾った聖剣を握りながら、グロリアは少女に問う。

 不意に、少女はうなだれた。

 グロリアが様子を伺っていると、その下の顔はどうやら笑っているらしい。

 哄笑を抑えきれないといったクスクス笑いに、グロリアは嫌なものを覚え、目を細める。


「ニンゲンの雑魚ごときと油断してたぜ。少しは楽しめるヤツもいるらしい」


(ニンゲン……)


 グロリアは少女が先ほどから何度か口にしたその言葉を己の中で反芻させる。

 少女は笑いを堪えると、顔をあげ、勝ち誇ったような表情を見せた。

 そして、場が異様な雰囲気になる。

 少女を中心に魔力の動きがあり、それが薄ピンクの妖しげなオーラとなって可視化されたのだ。


(可視化されるほどの膨大な魔力――! やはり――)


「――見よ! これがウチの真なる姿、【魂ヲ搾取スル者エクスキューショナー】ことウチの最終形態だぁー!」


 少女が叫ぶと、バサァッとその背中、腰あたりから二対の黒い翼が飛び出してくる。

 翼が顕現した彼女が「フン!」と息むと、足元の氷が砕け散り、両足は自由の身となった。

 少女は右手をかざす。地に落ちていた大鎌全体が薄い光を放って浮遊し、その手の中に舞い戻る。


「やはり、魔族でしたか」


 少女の異形めいた翼に皆が言葉を失う中で、唯一グロリアは口を開く。

 魔族。魔物の中でも知性や魔力に溢れ、人に近い姿を持つほど高位の存在とされる。

 魔王ザカリアスが倒れたことにより、腹心の彼らは隠遁を選び、今では人の前に姿を現すことはなくなったというが――。

 ニィと凶暴に口の端を吊り上げ、黒翼の少女は大鎌を構え直す。


「この《ジレイル》でニンゲンの生命力を集めて回ってたときは、この姿なんて一度も使わなかった。オマエだけ特別だ。せいぜい目に焼きつけていけ――!」


 少女が踏み込み、自分に再び挑んでくるのを察して、グロリアは叫んだ。


「皆さんは倒れている方たちを安全なところへ!」


 これ以上は、周りを巻き込まずに抑え込める自信がない。

 覚悟を据えるグロリアのもとに、少女の大鎌が何度も叩き込まれた。

 少女は翼で浮遊する足場を得て、前以上に機敏だ。

 角度や高低を変えて打ち込まれるたび、グロリアは魔剣と聖剣で弾き返すが、このままでは隙を突かれるのは時間の問題だ。


「『暁の平原に轟くは焔の軍勢。高らかに集いて、眼前の敵を焼き払え』!」


 グロリアは素早くかつ正確に呪文を詠唱した。

 一瞬にしてその周りに燦々と輝く炎の矢たちが展開される。


「《火炎矢ファイアアロー》!」


 グロリアの号令で、大量の炎の矢は少女めがけて疾走する。

 普段は無詠唱で通すことが多いが、詠唱を省かなかった分、魔力のリソースを通常より多く回せている。

 まともに喰らえば火だるまで済まされない炎の矢の大群を前に、少女はぐるりと鎌を回転させると、


「《氷棘撃アイスニードル》!」


 と叫び、自身の周りに氷のトゲたちを量産する。

 無詠唱だが、氷のトゲの数は膨大だ。

 発射させたそれらと炎の矢はかち合って雲散霧消し、辺りに濃い霧を生み出す。

 あまりに濃い霧の中、まるでグロリアの立つ位置がわかっていたかのように少女の大鎌が振るわれる。

 ――ガキィッ!

 少女が翼を舞わせて霧を払った中、グロリアは彼女と至近距離で目が合う。

 瞳を爛々と輝かし、少女は笑いかけてきた。


「オマエ、やるな! 本気出して戦ってるウチと張り合えるなんて、ニンゲンとは思えないぞ!」


 大鎌と短剣。何度目ともしれない攻防を続けながら、グロリアも思う。

 少女のこの強さは、自分が百年前戦った高位魔族たちを彷彿とさせる。

 しかし、当時の魔王の側近たちの中に少女の顔はなかったはずだ。


「あなたこそ、私からしたらわけがわからない存在ですよ」


「フフ――ウチが誰だか知りたきゃ、もっとウチと戦えーい!」


 少女はどこか喜びに満ちた声でそう言い、大鎌を何度もぶつけてくる。

 少女にわざと攻撃に夢中にさせることを選んだグロリアは、その隙に素早く呪文を完成させた。


「《妖精飛行フェアリー・レイズ》!」


 風を孕んだかのように、ぶわっ――と黒のスカートの裾が広がる。

 今やグロリアの足元は浮遊し、上から斬りつけてくる少女を押し返す。

 飛行呪文を目の前にして、少女は意外だったように目を丸くすると、さらに口元へ獰猛な笑みを浮かべた。


「そっちも飛べるってわけか、面白い――ならば来い! 決戦の戦場バトルフィールドだ!」


 翼を大きく羽ばたかせ、少女はグロリアをいざなうかのように空へと舞った。

 それを追いかけるためグロリアは足元を蹴りだすように加速をつけ、同じく空を目指した――その瞬間だった。

 背中に何かが乗った気配がする。

 ザカリアスだ。


「どうしてあなたまで――!?」

「我もあの娘には聞きたいことがあるのニャン!!」


 強情に言って、ザカリアスは高速で飛行するグロリアの背中にぎゅっとしがみつく。

 森を抜け、青天の中へと踊りだしたグロリアは、先に待っていた少女と向かい合う。

 互いに出方を伺っている間に、ザカリアスはひょこりと顔を出し、少女の方を見た。


「お前は魔族だニャ!? 見たところ、悪魔族のようだニャ!」


「な、なんだこの猫」


「我は魔王、魔王ザカリアスだニャ! 百年前、肉体は滅びたものの生前の復活の儀式が成功してて、甦ったのニャ! その我の復活を一族郎党に伝えてもらいたいのニャー!」


「は……? 魔王……復活?」


 ザカリアスの言う言葉に、少女は思いきり怪訝そうな顔をすると、


「っげぇー! マジかよ! 勇者とかいうニンゲンにあっさりやられちまった魔王とかいう激ダサ魔族が復活したってことか!」


「は、い………?」


 嘲笑を滲ませてそう言う少女に、目を点に変え、茫然とするザカリアス。


「激ダサって……我、魔王にゃんだけど……魔族の覇権復活とか、お前気にしてにゃいのかニャ……?」


「ブフー! 誰ももう魔族が覇権復活なんかできると思ってないから、気張らなくていいぜお爺ちゃん! ウチは自由な新時代の魔族を目指してっから! 魔王の力なんかいらねー! ソロ最強!!」


 くらり。


 少女の口からあまりに衝撃的な言葉が飛び出すせいか、ザカリアスは意識が飛んで、グロリアの身体からずるりと落ちてしまった。

 失意とともに落ちゆく魔王。

 取りに行こうかとも思ったが、下から「まままマオちゃんが落ちてくるよー!」「受け止めろー!!」という声が響いてくるので、そこは地上の皆にお任せすることにした。


「魔族は魔王を至高の存在として崇めると聞きましたが……あなたのような方は初めてです」


「ウチも、オマエほど強いニンゲンは初めてだ! さぁ、ろうぜ!」


 魔王どころか、少女にはグロリアしか見えていない。

 少女は今までになく力強く羽ばたくと、空中で疾走し、鎌を構える。

 グロリアもまた、地を蹴るような動作で自分の身体を押し出し、前に飛び出した。

 

 空中で響き渡る剣戟音。

 

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