月がみている
見ると、フィリアナは頭を揺らし、ぴよぴよと寝息を立てている。
「う、しゃ……ろばーと、様は……って、みた……ですわー……」
会話には寝言で参加していたらしい。
もう普段だったら寝る時刻に近いのだ。フィリアナの限界を悟って、グロリアはそろそろ宴会を抜けることを皆に伝えた。
眠たげなフィリアナの手を握ったグロリアはザカリアスを連れ、皆に見送られながら宿を出る。
帰路につくふたりのその様子を、ルカはずっと眺めていた。
仲睦まじく、手を握り合って帰るふたり。
はあ……と切なげな溜め息を洩らしたとき、突然声がかかった。
「ルカ! 頑張れ!」
振り返るとニーナが両拳を握り、立っていた。
「頑張れ頑張れ頑張れ! とにかく頑張れっ!!」
ルカは呆然としていたが、次第にニーナの言わんとしていることに気が付き、かぁっと顔を赤らめる。
「ニーナちゃん……! バレてたのっ!?」
「ルカが何考えてるかなんて、ボクにはすぐわかるよっ!」
幼馴染みだからね、と胸を張って言うニーナ。
ドキドキ騒ぐ胸を押さえて、ルカはつくづくニーナには敵わないことを知った。
「今のルカは、勝ち目が見えなくてすっごく不安かもしれないけど、
ルカの気持ちがフィリアナさんにも負けないものだっていうことが、きっと伝わる日が来るよ! だからその日まで諦めちゃダメだっ、ルカ! ボクが応援してるからさっ!」
「……うん! ニーナちゃんっ、うん!」
「恋バナだったら今夜いくらでも聞くよっ、
「うん……それはちょっと、恥ずかしいからやめてほしいかなっ!」
ルカはニーナを追いかけ、宿の中へと戻る。
その胸中でルカはグロリアだけでなくニーナも自分にとって大切な女性であることを自覚していた。
いつも笑顔で引っ張ってくれる、それがニーナ。
大好きな人がたくさんいるって、幸せなことだ。
「ふわわぁ~……ごめんなさいグロリア、私とっても眠たくなってしまって」
「いいんですよ、お嬢様。あの中で未成年のお嬢様は早めに帰してもらうのがちょうどいいぐらいです」
「でも……グロリアは、仲間の皆さんともっと過ごしたかったのではなくて?」
帰り道。
月明かりに包まれた夜道で、グロリアはそう訊ねられた。
「……皆さんとはいつでも会えますし、私がお嬢様より優先するものはそうそうありませんよ」
「そうじゃありませんわっ、グロリア、私が言いたいのは……えっと……」
フィリアナが慌てたように声をあげ、歩みを止めた瞬間、足元のザカリアスも驚いて立ち止まった。
「グロリアに、仲間が……お友達がたくさんできて、私、嬉しいんですのよ。私のことより、皆さんを大事にすべきときだってあるはずですわ」
「お嬢様……」
「っあぁ~、顔が熱いですわ! お酒の香りを嗅ぎすぎたせいかしら、身体中ぽかぽかしますの!」
フィリアナはそう言って自分の頬に手を添える。
子供っぽい仕草をするフィリアナに和み、グロリアは微笑んだ。
「今日は、皆さんとすごく近づけた気がします。不思議なんですが、自分でもこういうことには慣れてなくて……」
「あの方たちもグロリアをすごく信頼してるのが伝わって、私それもすごく嬉しかったんですわ。本当に良い方たちでしたわ。私もお友達になりたいぐらい」
「なれますよ、きっと」
「そうだといいですわ……うふふ!」
もうフィリアナは起きているのに、自然と指を絡め合っていた。
再び歩き出すと、軽い足取りのフィリアナが鼻歌を歌っているせいでまるでダンスをしているようだった。
「今日のグロリアは……まるで……ううん、なんでもありません」
ふと、何かを言いかけたフィリアナの顔を、グロリアはこっそり伺う。
幸せそうな笑顔ではにかんでいるフィリアナは、子供のようにくすくす笑った。
「そういえば――勇者ロバート様がいらっしゃるんですのね! 私、お会いしてみたいですわ!」
その言葉に。
グロリアの心臓は少し冷えた。
ザカリアスが顔を見上げてくる。
「そう、ですか……」
「私、勇者ロバート様の大ファンですもの。式典の舞台にあがられるお姿、是非拝見したいものですわ……絶対に一緒に見ましょうね、グロリア!」
「ええ、お嬢様」
グロリアは頷く。
その心の中は、もやもやとした思いに囚われていた。
勇者ロバートが偽りの伝説であることを、他の誰でもない勇者グロリアこそが知っている。
虚飾に満ちた栄光に、フィリアナもまた惹きつけられているところを改めて見ると、グロリアは途端に自分が罪深い存在に思えた。
(正直に名乗り出なかったツケだニャ、嘘に加担した責任を思い知るのニャ)
(クッ、直接脳内に……!)
このごろ魔力が微量回復したザカリアスが、《
足元のふてぶてしい猫を睨みつつも、グロリアは核心を突かれて、珍しくうろたえていた。
だが、今さらどうなるのだという。
その“嘘”があって、成立している日常もあるというのに。
グロリアは眩しい気持ちでフィリアナを見た。
なんの曇りもない、その笑顔。
この世界にどんな嘘が隠れていようとも、彼女が笑ってさえいればいいというのは、勇者らしからぬ思いだろうか――それとも――。
グロリアは目を閉じた。
「グロリア?」
「すみません、夜風が心地よくて……遅いですし、早く帰りましょうね、お嬢様」
「ええ、帰りましょう! わが家へ――」
夜道。
かつて勇者だった者の迷いを、黒猫と満月だけが見ていた。
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