実力、見せていただきます①
クエストは盗賊団退治。
小規模だが、行商や旅人を狙った犯行を繰り返すグループらしい。
グロリアたちは、彼らが合流場所にしているという元農家の空き家に潜伏している。
玄関と繋がった広いダイニングの室内はグロリアがかけた《
だが、大分前から空き家のわりには生活感がある。食べ物の貯蔵庫にはストックもあるし、いくつかある寝具には埃が積もっていない。盗賊がここをアジトにしているというギルドの調査も納得だ。
「ルカさんは、どこで魔法の修行を?」
盗賊たちを待つ間、グロリアはルカに聞いてみた。
ルカは蜘蛛の巣をスタッフで払いのけながら答えた。
「10歳のとき、私を引き取ってくれた魔女のおばあちゃんがいて……」
いつからか村に住みつき始めた老婆がルカを一目見るなり「引き取る」と言いだした。彼女は旅の魔女で、調合や錬金術で糧を得ていたが、かなりの魔法の使い手でもあったという。ルカを引き取った理由は最後まで彼女にも伝えなかったが、魔女はルカに「魔導士におなり」と強く言い続けてきたらしい。
魔術の大先輩にそこまで言われて才能がないというのも変な話だ。
何か事情があるに違いない。そう思ったグロリアだったが、人を導いた経験がないので、あまり自信はない。
とりあえず、試してみるしかないと思った。
「ルカさん。おでこお借りしますね」
「えっ」
グロリアはそう言って、ルカの両頬に手を添えると、そっと自分の額を近づけていく。
こつ、と額と額が触れあって、その下の骨同士が軽く響く。
その音に神経を一点集中させ――グロリアは目を閉じる。
魔力の有無を確かめる、古典的な方法だ。
魔力を持つ者同士が額を合わせると、内部の魔力が共振を起こし、波紋が広がるような音がする。
相手も魔力を持っていないと不可能だが、手軽な診断方法でもある。
耳を澄ましたグロリアは、ぽつん、と静かに水が落ちる音を確かに聞いた。
だが、少し妙だ。
波紋の音が長い。現実でなら、よほど大きな波紋でないとありえない長さだろう。
音は静かに、そして広く。雨粒が大きな湖に落ちて、ゆっくりと広がっていくようなイメージが生まれる。
普通はほんの軽く波紋が生じる程度なのだが……。
「変わった反応ですが……魔力があることはわかりました」
「………」
「ルカさん?」
気が付くと、持っている頬も額も熱い。
ルカは耳まで真っ赤に顔を染めていた。しゅるる、と蒸気まで出しそうな勢いでのぼせている。
急いで離すと、ルカはへなへなと崩れ落ち、スタッフにやっとの勢いでしがみついていた。
「ルカさん、どうしたんですか」
「にゃ、にゃんでもないですぅっ……! はふぅ……!!」
「そ……そうですか。よくわかりませんが……」
グロリアは、やや困惑。
言われた通り放っておくが、この反応もあの波紋の影響なのだろうかと考えていると、そばで見ていたニーナが声をかけてきた。
「グロリアさん、どう? ルカには魔法の素質あるかな?」
「魔力の反応自体はクリアです。逆に言えば私にわかるのはそれだけですね。魔力の出力が自動的に行えなくなってるんだと思いますが、それ自体が珍しい例なので……」
「そっかぁ……やっぱり、帝国の魔術師協会の偉い人に診てもらうってことも考えてたんだけど」
「そ、それじゃ、きっと、すっご~くお金がかかっちゃうよニーナちゃん!」
「ルカのためだったら、ボクはギルドで働きまくって、いくらでもお金を作ってみせるっ!」
ニーナはどんと胸を叩いてそう言った。
ルカはずっとはわはわしている。
その横でグロリアはずっと考えていた。予算さえあるなら、専門家に診てもらうのもひとつの手だろう。なにせグロリアは攻撃呪文と防御呪文、あといくつか召喚呪文を修めているぐらいで、魔術の研究者としての知識はほとんどない。
とはいえ、力になれることがあるならいくらでも手を貸すつもりだった。
それも自分と彼らの間に激しい戦力差があることをわかったうえだ。
初心者パーティーの彼らの実力。グロリアは現状だと少し心もとない感じがした。
今まで一緒に取り組んできたクエストは単純なものばかりで、戦いとは無縁だったのもある。
もしかしたら、この盗賊退治のクエストで、彼らの真の実力が測れるかも知れない。
もし彼らが期待に沿わなかったら、自分が一人で無双するしかないか……。
グロリアが詮無い妄想をしていると、遠くで馬のいななきが聞こえた。そして複数の蹄の音も。
「来ました! 《
「グロリアさん! ボク、ちょっと面白いこと考えたんだけど、聞いてくれる?」
魔法を解除する直前、ニーナが含み笑いをしながら近寄ってきた。
なんですか、と問うと、ルカの肩を抱いて引き寄せ、彼女はある提案をする。
「いわゆる、“女の武器”作戦!」
▼ ▼ ▼
「ふぃ~、疲れたっと」
「おいおい、“仕事”の前にもう音をあげんのかよ」
「バカ言えぇ、こちとら普段は善良な農家よ。昼間の
「ジジイだなー」
軽口を叩き合いながら男たちは馬を繋ぐ。
夕方を過ぎ、暗くなった景色に溶け込むように、皆黒いフードとマントを着込んでいる。
もとはただの小農家だった彼らが鍬を捨て、武器と数の暴力で行商人や旅人、足の着きにくい人々を脅した方が遥かに実入りがいいと気付いたのは一年前。
このあたりで夜盗を繰り返しても、昼間は堅実な農家のふりをしているため、なんの疑いも向けられない。
今日も通りかかる行商を襲うプランを立てるべく、アジトにしている空き家の扉を開いた。
すると、中は灯りがついている。異常さを察知した先頭の男は、さらに驚くべきものを目にした。
女である。
「突然申し訳ありません……私たちは旅の者。私はこちらのお嬢様にお仕えするメイドです」
メイド服の女は落ち着いた声でそう言い、気弱そうな少女の肩を優しく抱く。
それにビクッと反応としながら、少女も言う。
「わ、私たち、元は貴族の家の者だったんですが、今は家もお金もなくて……他に行くあてがないんです……っ」
「そしてボクは護衛の用心棒」
なぜか仁王立ちの鉢巻き女はそう言った。
急な出来事に、男たちは騒然となる。その隙を突くようにメイドの女が畳みかけた。
「お願いします、私たちに今夜の宿をお貸し頂けたなら、
「な、なんでも、しますっ!」
「なんだってこい!」
気弱少女と仁王立ち女もそう続く。
盗賊たちの反応はというと、――今にも涎が出そうなぐらいの満面の笑みだった。
「クールビューティなメイドさんに、おどおど系美少女に、ダイナマイトバディの用心棒かぁ……いいなぁ……」
「グヒヒ、とんだ天からのご褒美だぁ……真面目に生きてみるもんだなぁ」
「くううっ、今まで嫁っ子さもらってこなかった甲斐があったってもんだべっ!!」
「お前ら今晩のことはうちの嫁には黙っててくれよなっ……グフフ!」
スケベ心を隠さない男たちは喜びもあらわに、仕事のことなど忘れて今夜の酒池肉林に夢中だった。
一人が仁王立ち女、彼女らの中で一番身体が大きく、最も肉感的なスタイルをした彼女に手を伸ばす。
そのときだった。
「おらぁっ!!」
気合いを叫んだ女は高く片足を振り上げ、男の側頭部を蹴り倒した。
派手に吹っ飛び、ダイニングのテーブルの上に投げ出される男。
三人の女に鼻の下を伸ばしていた盗賊たちは驚愕の表情を浮かべる。
ニーナはハイキックを振り抜いた後、完全にファイティングポーズをとっていた。
「おい、テメェら何者だ!」
「なんかいいことさせてくれるんじゃなかったのかよ!」
「そんな都合のいい女の子たちは――お前らの脳内にしか存在しなーい!!」
叫んだニーナは武器を取る盗賊たちの方に自ら向かっていく。
ナイフを手に襲ってくる男を軽やかな身のこなしで回避し、がら空きの鳩尾に下から拳を打ち込んで昏倒させる。そこへ背面からも襲うナイフ。ニーナは目測もつけずに振り返った勢いのまま高い蹴りを繰り出し、ナイフを持つ手首を強襲した。ナイフを落とした相手が痛みに悶絶する暇も与えず、ラッシュを加えて沈黙させる。
ものの数秒で、二人ダウン。そのことに残りの盗賊は動揺したらしく、得物のナイフを持ったまま少し固まっていた。
「いっくぞぉー!!」
そこに獣のように咆哮しながらニーナが突っ込んでいく。
またひとり、もうひとりとニーナが吹き飛ばしていくのを、グロリアは見つめて、驚いていた。
息もつかせぬ猛攻。
初めて見たに等しいニーナの格闘術がこれほどのものとは思わず、つい感嘆がこぼれる。
これなら、同じ冒険者相手でも十二分に渡り合えるレベルなのではないか。
ニーナの暴れっぷりを見て、得物をナイフから弩に持ち替えた男がいた。
矢を込め、ニーナに狙いをつける。
そこに何かが閃いた。
男の足元に一本の矢が突き刺さったかと思うと、弩の弦が弾け飛んでいた。
ニコラだ。
弓使いという特性上、距離を保つために吹き抜けの二階に隠れていたのだ。
彼は二発目の矢を引き絞り、弩使いを牽制する。
細い弦だけを狙って矢を引くとは、とてつもない狙撃の能力だ。
卓越した弓使いがいると知った彼らは、弩も使えず、ニーナの拳や蹴りに次々と沈黙させられる。
グロリアが手を出すまでもなく、残る盗賊はひとりとなった。
「さあ、お前で最後だ!」
かかってこいと言わんばかり、拳をシュッシュッと素早く繰り出すニーナ。
残る男は悔しそうに顔を歪めると、背を翻し、全力で走り出す。
「あーっ逃げた!」
「ったく――お前の戦い方、逃げる奴のことをまったく想定してねぇよな!」
舌打ちまじり二階から飛び降りてくるニコラ。
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