戦いのフラグ③


 ギルドで待っていたニコラと再会すると、まず事情を打ち明けた。

 すると彼はまずニーナを見ると、片手を大きく上げ、彼女の頭に振り下ろす。


 ビシッ!


「いったぁい! 何すんだよ~もぉ~!」

「こっちの台詞だ! ろくでもないこと安請け合いしやがって」

「ニーナちゃんは悪くないんだよ! ただちょっと突っ走りすぎちゃっただけで……」

「それがよくないんじゃねぇか……!」


 ニコラは重いため息をつく。


「俺が家族に仕送りしてる間に、なんてこった……」

「でも、あいつらがルカを侮辱したんだよ! そんなのニコ坊は許せるわけ!?」


 ニコラはむっとした。


「誰もそんなこと言ってねぇだろ。俺だってその場にいたらブン殴ってやってるぜ」


 意外と熱血だ。

 グロリアは感心してしまう。

 一方で、当のルカは慌てていた。


「ふ、二人とも物騒だよぉ……!」


「それで、さっきのお話、聞いてもいいんでしょうか」


 グロリアは本題に入ろうとした。

 ニーナやニコラはルカを見るが、彼女は「……大丈夫だよ」と頷いてみせた。


「まったく魔法が使えないわけじゃないの。……一種類だけ」


 ルカはそう言うと、グロリアの目の前で詠唱を始めた。


「『落ちよ最初の炎、降らせよ火炎の礫』」


 こんな建物の中で? そう思っている間に詠唱は終わる。


「《火球ファイアボール》!」


 ルカがその術の名を唱えると、ポッ、と小さな音が頭上であがった。

 何かと見上げると、そこにはほんの小石ぐらいの大きさの火の球が。

 それはふよふよと旋回しながら降りてくると、やがて目の前で空気に溶けるようになくなった。


「えっと………こんな感じ」


 グロリアは、生まれて初めて見たものに少し言葉を失っていた。

 《火球ファイアボール》。魔導士の使う攻撃呪文としてはもっとも有名で、初心者から上級者まで世話になるメジャー呪文だ。そして多くが使えるということは、癖がなく使いやすい呪文ということでもある。

 それが、こうなるのか………。

 あまりにも呆気に取られた様を見て、ルカは真っ赤になって慌て始める。


「あうう、やっぱりグロリアさんにはこんなの子供だましにもならないよね……! でも、本当にこれで精いっぱいなの……!」


「ほかに魔法が使えない分、ルカは調合アイテムでちゃんとサポートしてるんだ。確かに魔導士に求められる技能じゃないかもしれないけど……さっきの《火球ファイアボール》だけ見てバカにするやつが多すぎるんだよ!」


 ニーナのフォローを聞いて、グロリアは噂の真相に納得した。


「調合アイテムだって、寝てりゃ出来上がってるわけじゃねぇ。森で採取して、調合して……これで手間かかってる代物なんだ。悪く言ってくるやつらはそこはまるで無視だからな」

「うう……でも、これは魔法が使えない分の埋め合わせだから。もともと魔導士として貢献できてないのが問題なんだよね……」

「もうっ、ルカは後ろ向きすぎるって!」


 仲間の評価も、ルカの自信には繋がらないようだ。


「ずっと魔導士ウィザードの修行をやってきたけど、見当違いの努力だったかな……」


 卑屈に笑うルカ。

 それを見るニーナもニコラも複雑そうだ。

 グロリアはなんとも言えない。彼女に才能があるのかないのかと言われたら、それはあまりに明白すぎる。

 こういうとき……どうしてやるべきなのだろう。

 グロリアは物心つくときから大概のことはできてしまった。

 だから、所謂持たざる者の気持ちというのがひどくわからない。

 何かを言えばひどく傷つけてしまいそうなのが怖かった。


 ニーナが拳をガンッ、と打って鳴らす。


「……よしっ、やっぱりトーナメントしかないよ! あいつらに勝って皆見返してやろう! ニコ坊は!?」

「………わかったよ。バカにされっぱなしは腹立つからな」

「ルカは!?」

「ふえっ、わ、わわ、私は………ぐ、グロリアさんが出るっていうなら!」

「え?」

「なんで?」


 皆きょとんとする。赤面したルカは杖を持って縮こまった。


「ご、ごめんなさい、足引っ張ってる私が自分から出たいって言えなくて……」

「グロリアさんは?」

「私……ですか、出るか出ないかと言われたら――」

「え~、ブロンズ限定ランク昇格トーナメント、王国初開催記念で優勝賞金はなんと、100万ゴールドだよ~」


「 や り ま す 。」


 おもむろにクエストボードの横に貼られたトーナメントの告知。

 副賞の優勝賞金の項目を凝視しながら、グロリアは宣言する。

 賞金100万ゴールド。借金の半分の額。パーティーで折半しても、かなりの額が手元に入る。

 やるしか、ない。


「グロリアさん……目が怖いよ……!」

「こんなこの人、見たの初めてだな……」

「でも、これで満場一致だね! トーナメント、出るぞ~!」


 快哉を上げるニーナ。

 グロリアが告知の前に張りついていると、「ん?」と黒髪美女が気が付いた。

 告知を貼っていたのは彼女だった。


「おお、ツバメ諸君も参加するのかい? いいねえ、挑戦、大いに結構!

それじゃ、どうだい? 本番までに腕自慢募集のクエストでも……」


「は~い! やりますやりま~す!!」


 今度はニーナが食らいつく。

 ギルドの女は無造作にクエストボードから依頼受注書を剥がすと、ニーナに渡してやる。


「おいニーナ、また安請け合いすんなって」

「いや! これはトーナメントまでの大事な“修行”を兼ねたクエストだよ!」

「修行?」


 ルカが訊ねると、ニーナは大きく胸を張る。


「試合までにバトルメインのクエストを受けて、徹底的にトレーニングするんだ!

もちろん、グロリアさんに世話になってばかりじゃいられないしね! グロリアさんがボクらの高い目標ってこと!」


 女に告知の前から引き剥がされ、グロリアはニーナたちを振り返る。


「私が、目標……?」

「そう! グロリアさんがすごいやつだっていうのはもう十分わかってるからね、少しでもボクら、追いついてみせるよ!」


 グロリアは意外な宣言にやや目を丸くする。

 そんなことを言われたのは、生まれて初めてだ。

 ニーナはニッと快活な笑みを浮かべた。


「そうだ! ルカもグロリアさんに魔法の稽古つけてもらいなよ!」

「えええええ!」

「……私にできる範囲でなら」

「そんなっ、悪いよぉグロリアさん……」

「私も、このトーナメントに懸けてるんです」


 グロリアは静かにそう言う。

 ルカは困ったように眉を下げていたが、グロリアの真剣さが伝わったのか、やっと頷く。


「じゃ、じゃあ……お願いしますっ!」

「よ~し! 修行、開始だー!」

「修行っつかクエストだろ……」

「ガンガンいきましょう」


 トーナメントまで、もう少し。


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