戦いのフラグ①


 炎の息吹が迫る。


「――だぁぁあっ! 逃げろ~!!」


 ニーナの悲鳴がこだまして、全員疾走。

 その後ろをフレアリザードの群体が追う。


「あんなにいるなんて聞いてねーぞ!!」

「きっと依頼の内容が雑だったんだよ~!」


 本日、蒼穹の燕ブルー・スワローが請け負ったクエストは、洞窟内に巣くうトカゲの変異体、フレアリザードの調査だった。魔力の影響を受けて変異した魔物は危険なため、個体の数を把握しに来たのだが……。

 追われている。

 しかも、大量のトカゲに。

 その数は尋常ではない。

 絶体絶命のピンチ、と言わんばかりに絶叫するニーナたちだったが、


(お前まで逃げる必要なくないかニャ?)

(なんとなく、場の空気を読んでしまって……)

 

 ザカリアスに言われ、グロリアは急ブレーキをかけて立ち止まる。


「グロリアさんっ!?」

「ここは私に任せて、皆さんは先に行って下さい!」

「それ死んじゃうやつだよぉ~!!」


 ニーナの悲鳴を背中に、グロリアは赤いトカゲたちの方に走り出す。

 腰のベルトに片手を滑らせ、引き抜いたのは聖剣の名を冠したダガー、新月の裁断者ジャスティス・ルナ

 うっすらと青みを帯びた、薄氷のような刃が宙に躍る。


「魔法剣、氷魔刃舞アイシクル・ダンス


 グロリアの魔力を注がれ、青く光った刀身。

 剣先が触れた空気中に、巨大な氷の塊が氷河のように続いて発生し、フレアリザードたちを冷たい牢獄に閉じ込める。

 ばぎんッ。

 突如、亀裂が走ったかと思うと、氷塊はトカゲたちとともに砕け散った。

 グロリアが使える、魔法と剣技のハイブリッド戦術。それが魔法剣だ。

 スッと刃を鞘に納めるグロリア。

 助かったことを実感したニーナたちが、歓声をあげる。


「すっごぉ~いグロリアさん! トカゲが一気に!!」


「また見たことない魔術だったよ!」


「だからアンタ何モンなんだ……」


 賞賛する(?)仲間に、グロリアは一言。


「これもまた、メイドパワーです」

「……アンタ、それずっと続けんのか……」

「細かいことを言わないで下さい、ニコラさん。メイドパワーで黙らせますよ」

「サラッと脅迫するな!!」


 グロリアの技の冴えは、今日も抜群だった。




 退治を終えた一行は、王都のギルドに帰還。

 の前に。

 ギルドからほど近い宿屋兼飯屋『龍の昼寝亭』に一行は立ち寄っていた。

 その理由は報告書を書くため。結局、あまりの個体数の多さから、現場の判断で調査から殲滅任務に切り替えた旨を報告しなければ、ギルド側も納得して賃金を支払ってくれない。

 そしてガヤガヤしたギルドの中ではニーナが集中できないと言うため、彼らが拠点としている宿屋に戻ったというわけだ。

 といっても、宿も冒険者向きの安宿で、かなり開放的な雰囲気のため、賑やかさ自体はさほど変わらない。


 グロリアがニーナたちのパーティーに加わって、少し経った。

 物資の運搬や採取など、単純なクエストを何度かこなした中で、初めての危険を伴う仕事。調査から殲滅に切り替われば支払われるゴールドも賃上げされるかもしれないので、書類作成もまた大事なクエストだ。

 ニーナがうんうん唸りながら報告書の文章を考えている間に、ニコラは所用で宿を離れ、グロリアとルカは遅めのランチ。ちなみに宿の中は動物禁止なので、ザカリアスは先に屋敷に帰っている。


「うーん、文章考えるのってムズカシイなぁぁぁ……!」


 傍目には滑稽だとすら思うようなポーズでニーナは目の前の書類とにらめっこする。

 それを見てルカは苦笑した。


「いつもみたいに単語の間違いは見てあげるね、それ以外は……」

「それ以外は! それ以外はボクがやるよっ、ギルドが規定してるリーダーの職務だからね!」


 パーティーのリーダーの仕事も大変らしい。

 ニーナは責任感を持って果たしているようで見上げたものだが、思いっきり苦手分野まで頑張らなくてはいけないのがやや哀れだ。

 ニーナはまた唸り声をあげながら書類に向き直る。

 そんなニーナを見守るグロリアに、ルカは笑いかけた。


「ニーナちゃんのお昼も代わりに注文してあげよう、グロリアさん」

「ああ、それでしたら私が……」


 昼を少し過ぎているとはいえ、さすがギルドの近くの飯屋、尋常でなく人が多い。

 ウェイター、ウェイトレスを呼び止めるにも一苦労なので、グロリアが直接言いに行く。


「お~い、そこのメイドさん、注文取ってくれ」


 グロリアは背中にかかった声にはたと足を止めた。

 こんな格好でいるから、店の給仕と間違えられたのだろう。

 グロリアは間違いを訂正しようとした。

 だが……、


「あなた方は……」

「ヒャハハ! お久しぶりだなぁ~メイドさんよ」

「その後はどうだい? 良いご主人様は見つかったのかい」


 ニヤニヤと下卑た笑みをぶら下げて、あのチンピラ風冒険者たちがそこにいた。

 彼らはテーブルの席にだらしない格好で腰かけ、グロリアを囃し立てる。


「ここで会ったのも何かの縁だ、俺たちに食後のお茶でも持ってきてもらおうか! ギャハハ!」


「ちゃんと小指立てて飲むからよぉ~!」


 最悪な絡まれ方だ。

 さらに嫌なことに、男たちは昼間から酒を飲んでいるらしい。

 男たちが騒ぐせいで周りの視線も集まってくる。

 グロリアは内心溜め息をつきたかったが、ここは冷静にと思う。


「生憎ですが、あなた方は私のご主人様ではありませんので……」


 グロリアはぺこりと頭を下げ、行儀よくエプロンスカートの裾を持つ。

 その丁寧な対応に、またもチンピラたちは大ウケ。バカ笑いがグロリアに浴びせかけられた。


「なんだよ冷てぇなぁ!」

「ダメだぜぇ~メイドさんは優しくねえと!」


「おいっ、なんの騒ぎだ!」


 そこに声が増えて、囃し立てる男たちの顔色が変わった。

 ニーナだ。騒ぎに気付いてやってきたらしい。

 一緒に来たルカはまるでグロリアを守るように前に出る。


「あぁ? 蒼穹の燕ブルー・スワローじゃねぇか、お前らがなんでメイドさんを……」


「この人はボクのパーティーの仲間だ! 見た目や職業で仲間を蔑まれたら黙ってられない!」


 怒りをあらわにそう言うニーナ。

 ルカも珍しく険しい顔で相手を睨んでいる。

 グロリアはポカーンとしていた。

 自分の問題だと思っていたから、二人の怒りようが意外だった。


「そこのメイドさんを、お前らが引き取ったってのかァ?」


「おい、嘘だろ! こりゃケッサクだ!」


「ヒャーッハハハハハ!!」


 大爆笑。


 腹を抱えて笑う有り様に、ニーナはさらに憤慨する。


「何がおかしいんだよぉ!」


「そりゃ笑うに決まってるだろ、次々と4人目のメンバーが抜けることで有名な、あの呪われた『蒼穹の燕ブルー・スワロー』だ!」


「その内情は、お気楽、能天気、仲良しごっこのへなちょこ初心者パーティーだからな!」


「そうかいそうかい、仲良し坊っちゃん嬢ちゃんクラブに、ついにメイドさんか~」


「こりゃお似合いの組み合わせだな!」


「おい、待てよ失礼だぜ、メイドさんもすぐ抜けるかもしれねぇ!」


「お前ら、ほんっとーーーーに失礼なやつらだな!! 怒るぞ!」


 ニーナの怒声が弾ける。

 そこでグロリアは「ん?」と疑問を発した。

 次々と抜ける4人目。彼らと行動を共にして以来、初めてそんな話を聞く。

 自分が加わった時も直前に1人抜けたようなことを言っていたが……。


「なんでもよぉ、そこの魔導士ウィザードの嬢ちゃん、ろくに魔法が使えないのに魔導士ウィザードを名乗ってるんだろ?」


 突然水を向けられ、ルカがビクッと大きく震えた。

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