第52話 儀式

 朝食を食い、ショボクレと少し打ち合わせをした後の半日、俺は部屋に籠った。ずっと窓から外の様子を眺めていた。


 時間が経つにつれ、城に集まってくる人の数が増えていく。今日の「観客」だ。その数、数千、いや、万はいようか。この世界の人口からすれば、相当な人数だと思う。


 「ショー」が行われる聖堂、及びそこへと到る橋が見える城の一部を解放し、集まって来た群衆をそこへ招き入れている。


 頃合いになったので、これからの「儀式」のための服に着替える。この服、やっぱり一人だと着るの難しい。いつかの戦闘の時に着たのと同じ服だ。その時は確か「賊軍殲滅作戦」なんて言ってたっけかな。


「こんなもんか」


 鏡に映った自分を見て溜息をつく。相も変わらず大げさで、原色の赤、青、黄、白が目に痛々しい。裾は長く、袖も太く、全体的に「ぞろっと」した衣装だ。


 やっぱりピエロみてぇだ。そう言ったらピエロに失礼だな。見ようによっては公害怪獣だ。うん、それだ。公害だ。


 腕や首に装飾を着け、最後に王冠を被る。被った瞬間、呼び鈴の音が聞こえた。覗いてたんじゃねぇだろうな。


 俺は鍵を開け、ドアを開いた。ショボクレが立っていた。なんだか疲れた感じだった。


「準備、整いましてございます」


「こっちもだ」


「では、こちらに」


 ショボクレの先導で、聖堂へと通じる橋へ向かう。そこへ到るまでの通路の両側には、衛兵がびっしりと並んでいる。明け方の夢を思い出す。


 橋に着く。見上げたその先には玉座がある。この日のために俺が設えさせた。


 予定としてはこうだ。


 ダムは昨日完成した。ギリギリで今日という日に間に合った。平野に流れていた川はき止められ、現在はダム湖に水が溜まりつつある。玉座に座った俺の合図で放流が行われ、程なくして川の水は元に戻るだろう。そしてそれを記念して、囚人たちをこの橋に並べ、端から順に落としていく。そういう手はずになっている。


「私はここまでとなります」


「うむ」


 ショボクレを橋の入り口に残し、一人橋を昇る。


 相変わらずこの橋は怖い。これだけの高さなのに吹きっさらしとはどういうことだ。昇りだからまだマシだが、下りは本当に怖い。今にも落ちそうだ。


 一歩一歩、確かめるように昇る。


 そういえば、レティエヌに抱えられて、ここから落ちたな。


 最悪だ。


 思い出すと、メラメラとレティエヌに対する怒りが沸き起こってくる。まぁ、そのおかげで助かったんだけど。


 ……つーか、気絶してたからわからなかったが、どうやってこの高さから落ちて助かったんだ?


 玉座に辿り着いた俺は、眼下に広がる景色を見下ろした。


 城、そして旧帝国領内が、西、つまりこの聖堂の裏へと傾いた日に照らされていた。


 城の内部に入りきることのできない群衆が、道路は元より、屋根の上にまで上がってこちらを見ている。それどころか、遠く商店街、更には農村街にまで人混みが続いている。


 おそらく、聖堂の向こうの山にも「観客」はいるのだろう。もっとも、裏の山は切り立っているので、どれほどの人数がいるかは知れたものだろうが。


 舞台は整ったか。一つだけ俺は咳をして、両手を空に掲げた。雲が集まり、その灰色が濃くなり、黒くなる。そして黄色い光が黒雲を裂き、割れるような高音の後、低音が轟いた。これが合図だ。


 低い音はいつまでも鳴りやまず、やがて大きくなってくる。雲の間から傾いた日が再び顔を出した。


 やがて、轟音は聖堂の真裏で破裂音のように一際高まった後、一気に近づいた。そして足元の遥か下を地響きと共に通り過ぎた。轟音はそのまま下流へと続いていった。


 川が復活した。


 見ると、西日を浴びて輝く光の筋が、旧帝国領土を大きく取り囲むように東の端へと伸びていく。轟音は止むことなく続く。帝国は再び、二本の川に囲まれた。


「国に水が戻った! それは、この地に住む者の血脈となるであろう。今宵は復活の祭典である! この祝祭の景気づけに正義を沿える! これより、我が国に仇を成す罪人の刑を執行する! 悪には罰を! 正義には祝福を!」


 俺はショボクレを見た。その後ろの通路には、囚人が縄で縛られ、その縄が数珠つなぎのように各囚人同士を繋いで、長く、横一列となって並んでいる。


「宰相。囚人を橋へ」


 しかし、ショボクレは何も応えず、俺を見るばかりである。


「……宰相、何をしている? 聞こえなかったか? 囚人を橋へ!」


 俺は怒鳴ったが、尚もショボクレは俺を見るばかりである。その目に表情はない。


「もうよい。おい、衛兵! 囚人たちをこの橋へ連れてまいれ!」


 しかし、衛兵は誰一人、微動だにしない。それどころか、囚人たちの繋がれている縄を解き始めた。


「何をしている、貴様ら……」


 俺は、ショボクレを見た。相変わらず、表情のない目で俺を見つめている。囚人が解放されても、特に何のリアクションも起こさない。


「……そういうことか。たばかったな宰相」


「罰を受けるのは貴様の方だ、悪王!」


 ショボクレがそう叫ぶと、衛兵たちが俺に向かって銃を構えた。気付けば、どこに仕込んでいたのか、大砲まである。


「ほう? どうやってこの王に罰を与える? 新月にはまだ早いぞ? 貴様らの属性で朕を討つか? それとも砲撃で朕の体を木っ端みじんにできるとでも? 無駄無駄無駄無駄! そんなものは何一つ無駄だ! 属性攻撃は朕には効かぬ。砲撃なら全て撃ち落としてくれる。いやその前に、ここから貴様ら全員を吹き飛ばすことも可能だ。どうだ? 貴様らに勝ち目などハナからない。それでこの王に罰を与えるとは、片腹痛い!」


 ショボクレは何も言わない。俺を見つめるばかりだ。しかし、瞬きの回数が多くなった気がする。


「どうした? そちらが動かないのであれば、こちらから行くぞ!」


 俺はショボクレに向かって両の掌を突き出した。


「……良いのですかな?」


 ショボクレがそう言った瞬間、橋は火球にへし折られ、炎に包まれながら落下していった。


「な……っ!」


 見上げると、飛龍がいた。もちろん、その背中には逆賊仮面が乗っている。


「少々遅かったように思うが? 逆賊仮面」


 声をかけたのはショボクレだった。


「悪ィ悪ィ。出がけにこいつがちょっと駄々こねてな」


 飛龍が一声、咆哮した。


「フン。まぁ、操れるだけ大したものか」


「貴様ら……。グルだったか……!」


「下がれ! お前らが敵う相手じゃない」


 逆賊仮面が橋の前に陣取っていた衛兵たちに声をかける。その言葉に従い、衛兵たちは銃を下した。


「こいつらまで調教されていたとはな」


「黙れ! お前と一緒にするな。我らは志を一にする革命の戦士。上下関係などない!」


「私は王だ。王は人の上に立つ者だ。上と下があるのは当然のこと。中など存在しない。ましてそれが最強の王なら尚更だ!」


「ならば! 私との一騎打ちに応えよ! 王を名乗るなら、それくらい容易いはずだ!」


「……よかろう。受けて立ってやる!」


 俺は、いきなり氷属性攻撃を仕掛けた。飛龍が火球でそれを撃ち落とす。その隙に、逆賊仮面は龍の背から飛び降りた。俺は扉を開け、中に飛び込む。


「逃げるか、卑怯者!」


 ややあって、革命騎士が扉を破壊して追ってきた。俺は奥の扉になっている二連祭壇画を開き、外に出た。


 俺はテラスに躍り出た。向こうの山脈に落ちそうな夕やけが俺を迎えた。

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