第50話 誰にも似ていない
俺がロージを謀反の咎で捕えたのは、その日の日没前のことだった。ロージが帰り支度をしているところ、衛兵たちを集め、拘束した。
「陛下! どうして……?」
ロージは困惑した表情を浮かべ、俺を見る。そこには、非難するような空気は微塵もない。ただただ困惑している表情だった。
「陛下! 陛下!」
廊下から声が響いてきた。ややあって、ショボクレが衛兵をかき分け、入って来た。こちらは非難以外ない表情である。
「誰の許しを得てこの部屋へ入った?」
「も、申し訳ございません……。しかしながら一言、僭越ではありますが、申し上げさせていただきます」
「僭越とわかっているなら、申すな」
「……! いえ! 申し上げさせていただきます」
「ほぉう……」
「この侍女は、市井でも陛下を庇って憚らない者でございます。そのため、実家の村でも街へ出ても、ひどく責められる有様です。そのような者が陛下に謀反を企てるなど、あり得ましょうか。どうか、今一度、御考え直しくださいませ」
「まるで……、その言い草だと朕の、下々の間での評判が良くないようではないか」
「……まさか、陛下への悪評の数々を、知らないわけではございますまい」
「……言うではないか」
「事実を申し上げたまでです。しかしこの者は、そんな状況にも関わらず、陛下を信じて、陛下にかしずいているのでございます! そのような者を陛下は、罪に問うと仰られるのですか!」
「仰られるのだ」
「な……!」
「反乱運動がなかなか取り締まれないのは貴様とも話し合ったではないか。我が軍は逆賊仮面は元より、他の反乱分子どもにも遅れを取る有様だ。確かに、反乱の活動家どもが機動力に優れている面もあろう。しかし、それだけでは旧帝国領近隣の反乱の蜂起をも取り逃がす理由にはならない。これほど素早く逃げられるというのには訳があろう」
「それはまさか……」
「朕の思考、判断、決定を一番近くで見ているのは誰だ? 朕が一番心を許していると思しき人物は誰だ? 先ずその者を疑うのは道理であろう」
「し、しかし……、それでありましたら、わ、私めも……」
「お前も朕に近いか。確かにな……。しかし、……やけに庇うではないか」
「え?」
俺はロージを見た。
「ロージ……。なかなか床上手と見える」
「え……?」
「な……! 何を仰るのです、陛下! 私はそのような行為は……」
ショボクレは真っ赤になって、俺に抗議した。一方ロージは、目を丸くして、そして若干頬を紅潮させて俺を見た。
「図星を当てられて焦ったか」
「違います! 決してそのようなことは……、」
ショボクレの言葉が止まった。ロージを見たからだ。ロージの大きな目からは涙が溢れた。夕日を受け、黄金色に輝きながら頬を伝う。
「陛下……。なぜそのようなことを仰られるのです……? なぜそんな……、心にもない……」
そこで言葉に詰まり、うつむき、ロージは声を立てずに泣いた。しかしすぐに顔を上げ、俺を見た。
「私は……、あなたのことを存じ上げております」
「何も知らないくせに……」
「いいえ! 存じ上げております。陛下は、民のためを思って、行動なされているのではないでしょうか。陛下は、民を傷つけているようでその実、それは本当は民を救うための行動ではないのですか? だって、この間の嵐……」
「たわけ!」
俺はロージを一喝した。自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
「朕のことを本当に知っているというのなら教えてやる。朕がなぜ王としてこの国に舞い戻って来たかを。それは、この国に復讐するためだ」
「嘘です……」
「嘘ではない! 貴様には本当のことは何一つわからない! 朕は復讐のために行動しているのだ。貴様に俺の何がわかる? 兵器として扱われ、人としての幸せなど何一つ与えられなかったこの俺の、何がわかる? お前は帝国人だ。俺の全てを奪った帝国の人間だ!」
ロージはもう、言葉を発さなかった。
「俺を崇めるようにみせかけて、道具としてしか見れなかった旧帝国人。帝国の長である俺に、あらん限りの憎しみをぶつけてきた旧獣人。この世の誰からもつまはじきにされる、その気分を貴様は理解しているというのか? 笑わせるな! この髪と目を見ろ! 俺は人などではない。獣人でもない。俺は帝妃だ! 俺は誰にも似ていない、わけのわからない巨大な力ばかりある、たった一個の、醜い化け物だ! その俺を、貴様はどうやって理解できる? できるはずなどない! 貴様はとんだ嘘つきだ! ペテン師だ! この化け物にも劣る、醜い偽善者だ!」
ロージは、俺から目を離さない。いや、離せないのか。ショボクレも何も言わない。
「旧帝国人、旧獣人、その双方に神にも等しいこの俺の鉄槌をくだしてやるために俺はこの国を興したのだ。貴様らの泣き叫ぶ姿がよく見える特等席が、この王の間だ!」
気づけば、肩で息をしていた。聞こえるのは俺の呼吸だけだった。
「これでも、貴様は朕のことを知っていると言えるか?」
「それでも……、私は知っていると言います……」
震える声で、ロージは答えた。
「そうか……。その愚かさに免じて教えてやろう。……確かに、朕のことを知っている者が、一人だけいる」
「一人……?」
「
ロージは水の塊の中に沈んだ。
「連れていけ」
衛兵たちがロージを連れて行く。
「陛下!」
ショボクレが叫んだ。
「なんだ? 貴様は氷漬けにしてやろうか?」
すると、ショボクレは押し殺した声でこう言った。
「私も……陛下のことは知っているのですよ」
「大した自信だな。しかし、朕を知る一人とは、お前ではない」
「……こんな茶番に付き合わされる方のことも、少しは考えてください」
捨て台詞を吐いて、ショボクレは退出した。
俺は部屋に一人取り残された。
ベッドに腰かける。両手で額を押さえる。一つ、大きく息を吐く。
「これで完全に一人かあ……」
そのまま髪をかき上げた後、両手で顔を覆う。
「結構辛れぇな……」
自然と声に出てしまう。
立ち上がり、窓に寄る。
夜が迫り、
西の空を見上げると、大分細くなった月が
「目が赤いですが、よくお眠りになられましたか?」
今日も今日とて、ショボクレが食い散らかした(まぁ毒味なんだが)朝食を前に席に着く。
「ああ。問題ない」
嘘だ。一睡もしていない。顔は洗ったが、ショボクレに言われた通り、目の周りに腫れぼったさを感じる。よく洗えてなかったか。着付けの方は大丈夫だろうか。
不眠症とは違う。恐怖で眠れないのだ。
思えばこの城を押さえてから半月ほど、まともに眠れていない。起きている時は無敵だが、さすがに寝ている時は無防備だ。
昨日まではロージがいた。唯一、心を許せる相手だった。週に二日はいなかったものの、自分には味方がいる、そう思うだけで僅かながらでも安心できるものがあった。しかし昨日、ロージはいなくなった。そろそろ頃合いだった。一睡もできなかったのは初めてだった。
俺はいつものようにゆで卵をスプーンで
「陛下……! 失礼致します!」
クイルクが入って来た。いつかと同じように、極力静かに入ってこようという意志は見えはした。しかし、駆け込みたいのを必死で抑えていることもまた、よくわかった。今日も焦っているようだ。
「なんだ?」
「ご報告申し上げます。逆賊仮面が、大胆不敵にも、城前に現れました……!」
「何ぃ? ……何であいつはいつも朝なんだ。メシくらい食わせろよ……」
俺は立ち上がった。自分でも緩慢な動作であることがわかった。
「ったりィー……」
思わず声が漏れてしまう。慌てて口をつぐんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます