第44話 口上

 俺と帝国軍を隔てる、この名前もないであろう川。俺が帝国を追い出されるきっかけともなった川だ。ここで帝国との決戦が行われるのは、何か因縁めいていて良いではないか。


 全ての兵力をつぎ込んだ帝国軍に対して、俺はといえば手ぶらである。


 戦力と言って言えなくもないのは、このトリケラトプス似の五本角の龍くらいのものだ。こちらの世界ではエウキニッカレクポットと呼ばれている。途中、歩くのにも疲れてきた頃、獣人の村で奪ってきた。


 そう、俺がこの世界に来たばっかりの時に龍車を牽いていたあの龍と同じ種である。それもまたどこか因縁めいている。


 本当は飛龍に乗って、颯爽と空から王の帰還、といきたかったのだが、いかんせん飛龍は気が荒い。


 そういえば、飛龍は絶対に人に慣れないので飼いならすことができない、という話をショボクレやクイルクに聞いたことがあった。飼いならすことができれば、空も交通網になるので便利だろうに。


 御多分に漏れず、俺も手なずけようとした飛龍に早々に襲われた。仕方がないので討ち取ってやった。


 そして俺は今、ウスノロ(エウキニッカレクポットだと長くてめんどくさいので、そう名付けた)の背中に仁王立ちして腕を組み、向こう岸の帝国軍を睥睨している。


 俺はひとつだけ咳をした。口上を述べるためだ。やはり決戦の前には口上は必要だろう。


 そして声を張り上げる。


「移隠の儀から帰ってみりゃア、相変わらずの体たら……」


「ッてェ!」


 しかし帝国軍は、いきなり砲撃をかましてきやがった。しかも一斉に。


 お前、撃つかあ、普通? 人が口上述べてる最中に。


 ここに来るまでの道すがら、色々と考えてきたんだぞ。まぁ、良い。


 真上にまで迫った雨のような砲撃を見上げ、俺はため息を一発ついた。そして、叫んだ。


炎の飛龍マッチョ・ドラゴン!」


 薙ぎ払うように手を空に振り上げると、炎が一閃。そして炎は無数に分離し、飛んできた砲弾、火矢を一つ一つ撃ち落としていく。


 火属性を使うと、熱の在処がわかる。それはほぼ反射のようなものなので、あとはその熱源に向かって炎を当てるだけである。自動追尾と言ってもよいかもしれない。


 一瞬の後、周囲は俺が撃ち落とした炎の弾幕で視界が遮られた。


 煙越しの向こう岸からは大歓声が聞こえてくる。弾幕で見えないので、俺を仕留めたと思っているのだろう。


 やがて、徐々に弾幕も晴れてきて、向こう岸が透けてきた。帝国軍の面々の顔が見えてきた。景色がだんだんとハッキリしてくる。ちょっと落ち着いてきたようなので、俺は口上の続きを詠んだ。


「我が身から出た錆とはいえぇ、皆に嫌われ都落ち」


 弾幕の濃淡に合わせて彼らの表情が変わっていく。歓喜から絶望へのグラデーション。


「ッて……、てェ!」


 向こうの総大将みてぇな奴が声をひっくり返しながら、再度砲撃の合図を大声で張り上げる。更に砲撃がヒステリックな雨のように注がれる。


「しかしここらで咲かせましょう」


 俺は再び、口上を述べつつ、攻撃を全て撃ち落とす。


「……てェ!」


「逆転という大輪の花」


「てェ……!」


「ここから先は帝妃の花道」


「てえええええェェェぃ……!」


 幾度目かの弾幕が晴れた時、向こう岸には絶望を通り越した虚無の顔が並んでいた。能面のような表情を貼り付け、人形のように動かない幾千もの人体。


「狂い咲くは惡の華!」


 口上は述べきった。どうです? 傑作だったでしょう?


 俺は一先ず満足して次の攻撃を待つが、動きがない。弾切れだろうか。


 帝国軍は俺に向かって属性攻撃を行わない。効かないからだ。全ての属性を持つ俺には、そんなものは通用しない。だから、専ら奴らの攻撃は矢や砲弾など、物理攻撃に限られる。


 獣人相手ならばその攻撃は有効なのかもしれない。だから帝国は世界の覇権を握れた。しかし俺には通用しない。


 次はどう出るか、と向こう岸を眺めていると、総大将があらん限りの声を挙げた。


「突撃ィーいッ!」


 能面のようだった顔を紅潮させ、人形のようだった体を奮い立たせ、帝国軍が川を突っ込んできた。砲弾の雨あられで倒せなかったのに、肉弾戦で勝てると本気で思ったのだろうか?


 これはもう玉砕である。負けを負けと認めずに、無責任に兵を突っ込ませる総大将に無性に腹が立った。


 しかし、それはそれとして、降りかかる火の粉は払わねばならん。


水辺に眠れリバーサイドホテル!」


 そう叫んで上流へ手をかざすと、見た目にもわかるほどに水嵩が増してきた。何か水色の怪物が下流へ向かって突進してくるようですらある。低い唸り声のような水の音が轟き、その異変に気付いた兵士たちは一転、元いた岸へと向きを変えた。


 しかし、遠くにあるうちはそれほどのスピードには見えないが、実は相応の速さで進んでいる。大分近づいたと思ったその刹那、あっという間に水は一面を飲み込んだ。


 ほとんどの兵士は岸に戻ること叶わず、下流へと流されていった。いつかの再現だ。


 水は岸の上をも襲った。巨大な水が通り過ぎた後、岩や木に引っかかった数人だけが残っていた。運良く(良いのか?)流されずに済んだその数人も、起き上がる気配はない。


 その様子を一通り確認した後、


「行くぞ」


 と、ウスノロの背中を叩き、前に進ませた。



 山中にも帝国軍がいるかと警戒したが、拍子抜けするくらい何もなかった。


 帝国領土に入ると、早速熱い歓待を受けた。数千、いや数万の人間が武装している。しかし兵士ではない。鎧も身に着けていなければ、武器もない。市民である。


 農民たちはくわすきを、町人たちは鍋や包丁を手にしていた。中には銃を構えている者もいる。おそらく猟師だろう。それらのを手に、市民たちは大挙して俺を待ち構えていた。


 やはり帝国軍は川に全戦力を投入したのだろう。国内の防備は手薄もいいところだ。逆に、一歩でも俺を帝国内に入れたら、それで勝負あり、という判断を下したのかもしれない。


 山向こうの気配を察したか、或いは誰かが偵察にでも来たのか、俺の進軍と、帝国軍の敗北、その二つの情報は入ったらしい。


 市民は自分たちの国を守るために、自分たちで戦わなくてはならないことを悟り、覚悟したのだろう。とにかく帝国中の市民が大挙して参集した感じだ。男だけではない。大人だけではない。女も、子供(というには大きいか)までいる。


 俺は四メートルの体高を誇るウスノロの上から市民たちを見下ろした。市民たちはそんな俺に怒りと恐怖の入り混じった目を向けてくる。


 そしてその市民の中に、カテナの顔を見つけた。能面のような無表情で俺を見つめている。


 同じ「能面のような表情」でも、川での決戦で、煙越しに見えた兵士たちとは全く違う。カテナの目の黒いところは妙に大きく見え、しかもその黒さが深かった。俺はその虚無のような目から、目を逸らした。


 それを合図としたかのように、眼前の群衆は俺に向かって突進してきた。


「吹けよ風、呼べよ嵐!」


 人がゴミのように舞い上がり、地面へと降っていく。



 市民の蜂起はそれからも、俺が帝国を行く途中途中で現れた。特にこれということもなく排除していった。


 そして遂に、城へと辿り着いた。いよいよ本丸だ。ここを落とせばこの帝国は再び我がものになる。城門前には俺が到着すると既に、枢密院の爺さん共が首をそろえて待ち構えていた。ショボクレとクイルクも側に控えている。


 しかし妙である。色々と妙である。

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