第24話 飛ばし過ぎ
「それよりも帝妃様、お怪我はありませぬか?」
ショボクレの方が口を開いた。見かけによらず渋い声だ。低音で涼しい声を響かせた。やけに口が臭いのが気にはなるが。
いや、もっと気になったことがある。
「さっきから、その、テイヒ様って、言うじゃないですかあ?」
「はっ!」
「はい」
レスラーが下から、ショボクレが臭いを撒き散らしながら、それぞれ返事をした。
「それ、俺のことッスか?」
すると、突然、レスラーが立ち上がった。
「俺などと……! 帝妃様は帝国を統べる神にも等しい御方。そして仮にも、うら若き婦女子でありますぞ。その帝妃様が俺などと……」
「いや待て……。ひょっとしたら、まだ帝妃様はご記憶が戻っておられないのかも……」
「しかし! 先程はあのように見事な氷属性攻撃をしたではないか」
「ちょちょちょ! 待って! え、何?婦女子ってことは、じゃあ 俺、女なの?」
「また俺などと……」
「やはり、記憶がお戻りではないようだな……」
改めて、俺は自分の格好を見下ろした。太陽はすっかり上り、明るくなっている。濡れてる上に汚れてはいるが、俺が着ているのは見るからに上質であろう絹っぽい布で作られた、多分ネグリジェだった。しかも、女子用。だってスカートだもん。
「え? え? え?」
俺は川へと走った。
「御乱心か……」
そんな声が背中の方から聞こえた。ちゃんと聞こえたぞ、ショボクレ。
川へ戻って、すぐに水溜まりを覗き込んだ。すると、焦りまくった顔をした絶世の美少女と目が合った。
これは……俺なのか?
髪は右半分が金髪、左半分が白髪(というより銀だ)、右目が赤で左目が青、肌は透き通るような白だった。
水面に映っているわけだから、実際は左右がその逆となるのだろう。年の頃は、十代であることは間違いない。手前味噌だが、正直に言おう。
俺は、俺に、見惚れた。
「飛ばし過ぎだろ……」
思わず口に出てしまった。
「はっ! 申し訳ございません! おい、御者! 飛ばし過ぎだ! もっとゆっくり走らせい!」
途端にクイルク(試合後のレスラーみたいな男の名前だ)が叫ぶ。
「あ、いや……」
俺は止めようとしたが、
「はっ! 申し訳ございません!」
と、すぐさま外から御者の返事が聞こえた。いや、そうじゃねぇんだけど……、まぁよい。
俺様一向は車に揺られて、一路城を目指している。車といっても自動車ではもちろんない。馬車のようなアレを思い出していただければそれである。しかし、正確に言えばそれというわけでもない。なぜなら、これを牽いてるのは馬ではないからだ。龍車というらしい。
そう、この車を牽いているのは龍なのだ。恐竜図鑑や映画に出てくるトリケラトプスを思い出していただければ、ほぼそれである。しかし、それとは違い、角が五本もある。スゲエ強そうだ。大きさは大体ゾウくらいはある。肌もゾウに似ていて、体毛はなく、明るい緑の体色をしている。
さっきの鳥のように囀る二本足のトカゲといい、どうもこの世界では恐竜が絶滅せずに、そのまま進化している、と解釈して良さそうである。
車は深いブラウンを基調にして、細かな彫刻が所々施されてあり、豪華そのものの作りだ。それでいて堅牢そうでもある。
中に入ると、内装も瀟洒を絵に描いたようで、柔らかそうなソファはいかにも座り心地が良さそうだ。小ぶりではあるがテーブルも備え付けてあり、茶器のセットまである。さすがは帝妃を送迎するための車である。そう、俺は帝妃様なのである。
勇者じゃねぇのかよ。
正直な感想がそれだ。俺は異世界に転移したら、すっかり勇者になるものと決めてかかっていた。勇者になって、大冒険して、姫と結ばれて……。それがどうだ。俺が姫だ。考えようによっては姫と一心同体だが……いや、そういう話でもねぇな。とにかく俺は勇者ではない。姫だ。正確に言うと帝妃様だ。
恐竜が闊歩し、獣人が出てきて、雷で殺されそうになり、そうかと思うと氷漬けにして返り討ちにし、レスラーみたいなおっさんとショボクレたおっさんの家来がやってきて、自分は女になっている。しかも帝妃という、この国の最高権力者らしい。加えて絶世の美少女だ。
異世界、飛ばし過ぎだろ。
そう思ったのだが、それが思わず口に出てしまった。ちなみに、この龍車という乗り物、というか、それを牽いてる龍なのだが、気が遠くなるほど遅い。それなのに「飛ばしすぎだろ」と言ってしまったものだから、更に遅くなった。もうほとんど静止している。
「お茶にしますか」
ラエークァーシーボカンピァ(ショボクレの名前だ)が気を利かせた。これだけ遅けりゃ、茶をこぼすこともないだろう。
「あぁ、どうも……」
俺がそう返事をすると、二人とも驚いたように顔を見合わせた。何だ、一体? まぁ、よい。
ショボクレ(名前が長すぎるので、やっぱりこう呼ぶことにする)は慣れた手つきで茶の準備をする。所作もどことなく優雅だ(ショボクレのくせに)。
茶器の方は、急須にしろ茶碗にしろ、非常にシンプルなデザインで、装飾もなければ、把手のようなものも付いていない。やや小ぶりのご飯茶碗といった風情だ。茶器の色は全て白で統一されているが、その白さの中にも深みがあるように感じられる。
そしてその茶碗に、淡い紫色の花の蕾を先に入れ、そこにお湯を注ぐ。すると、蕾が芳香と共に開いてゆき、見事な冠を開かせた。花冠は鮮やかな紫色だ。
香りは、嗅いだことのないものだが、葡萄と檸檬を合わせたような匂い、と言えば一番近いだろうか。お湯が花びらと同じ紫に染まっていく。そうして一通り香りと色を広めると、花はお湯の中に沈んでいった。
「どうぞ」
とショボクレが促したので、
「いただきます」
と言ったら、また二人は顔を見合わせた。何だ、一体? まぁ、よい。
それよりも、異世界のお茶だ。どんな味がするんだろう? 一口、飲んでみる。
「うっま!」
「それは……恐縮です」
驚いたように、ショボクレがそう答え、また二人は顔を見合わせた。何だ、一体? まぁ、よい。
それよりも、異世界のお茶だ。いや美味い。これまでに飲んだことのない味だったが、やはり葡萄と檸檬を合わせたよう、というのが一番近いだろう。ほんのり甘く、気持ち酸っぱい。適度な苦味もあり、それが甘さを引き立ててもいる。
お茶は温かく美味く、進みは遅く、車のソファは人をダメにするレベルで座り心地が良い。おまけに着替えた服は羽根のようにふんわりとやわらかく、着心地も最高だ。
ちなみに俺が着ている服は、フリルを丁寧に重ねた作りになっていて、形はいわゆるドレスのようだ。ワンピースのスカートは長く、先の方へかけて広がっている。純白と言ってよい白さだが、裾など、ポイントポイントで金糸の細かい刺繍が入っている。
俺は車の中で着替えた(着替えるのに十分な広さがある)のだが、それはもう大変だった。服自体はその作りに比べ、非常に着やすかった上、侍女(可愛い)が着替えさせてくれた。
当然のことながら問題とはそこではない。ヒントとしては、俺は年齢イコール彼女いない歴だ。俺が大変だった理由は察していただきたい。ちなみにクイルクとショボクレは外で着替えた。
日は高くなってきたようで、暖かくなってきた。疲れもあったので、眠くなってきた。
「帝妃様、失礼ながらお尋ね致します。御記憶の方は、未だお戻りになられないのでしょうか」
寝落ちしそうな俺に、ショボクレが訪ねてきた。
「こっちの世界のことについてですか?」
「はい」
「いや、まだ……」
さっぱりである。
「では、『隠界』の記憶のまま、ということで宜しいでしょうか?」
隠界というのは、「人を隠すための世界」ということらしい。要は、俺が今までいた世界だ。「現実世界」というと、まだ俺の中ではしっくり来る。
俺が、その通りである旨を答えると、二人はこれまでの経緯を話してくれた。
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