第15話 エスエフの書
「行く方法はあるんですか?」
葉月さんが、俺の代わりに聞いてくれた。
「うん、時間と空間を曲げてやればいいんだけど……」
時間と空間を曲げる……! さっきから、高校教師の発言とは思えない。もう、ロマンティックが止まらない!
「そんなもん、曲がるんですかぁ?」
優紀がやる気なさそうに問うた。こいつは先生に向かって何てこと言うんだ! 俺は怒り心頭に発した。
「曲がるよ! 時間だって、空間だって、曲げられるよ! 異世界は本当にあるんだ!」
「何熱くなってんの?」
しかし、俺たち幼馴染が一戦おっ始めようかとしていたところ、原先生はまたしても衝撃の一言をぶっこんできた。
「うん、時間と空間自体は普通に曲がってるよね」
「え?」
「え?」
「え?」
高校教師の一言に、俺たち生徒三人はまたしても虚を突かれた。
「相対性理論にもあるように、物質が存在するだけで、時間と空間は確かに曲がるんだけど……」
相対性理論、って、エスエフの書だったのか。
「その曲がり方じゃ足りないんだよな。もっと曲げてやらないと……」
どうすっかなー、という感じで原先生は椅子の背にもたれかかり、伸びをするように天井を見上げた。芳香が強くなった。上から降ってくる感じだ。
「……必要な分だけ曲げることって、できるんですか?」
我ながら、なんだか家具の修繕のような物言いになってしまった。逆に言うと、俺も異世界を身近なものに感じつつあるという証かもしれない。
「うん、普段と違うことが起これば、割と曲がりやすくあるとは思うんだよな」
「普段と違うこと……。と、言いますと?」
「例えば、天変地異とか」
最近の記録的な日照りのことがすぐに頭に浮かんだ。
「それって、今じゃないですか!」
「うん、そうだね。幸いにも……と言ったら色んなところから怒られそうだけど、君たち的には悪くはない状況ではあると思うよ」
「私にはさして都合良くないんだけど」
優紀が水を差したが、みんな無視した。
「じゃじゃじゃ、じゃあ、一体どこに異世界への入り口があるんですか?」
「『じゃあ』は一回でいい」
優紀が水を差したが、みんな無視した。
「コリジョンを見つければいいと思うんだけど……」
「コリ……ですか?」
「焼き肉っぽくね?」
優紀が水を差したが、みんな無視した。
「宇宙が誕生した当初は、それぞれの宇宙同士の距離が近くてね。結構お互いにぶつかり合ってたらしいんだ。それで、ぶつかり合った時の痕が残ってるらしくて、その痕のことをコリジョン、つまり衝突と呼んでるんだ。で、その時ぶつかり合った宇宙同士は、たとえ今は遠く離れていても影響を及ぼし合っている、という説もある。その二つの宇宙は、コリジョンを通じて繋がっているのではなかろうかと、僕は睨んでいるんだけどね」
なんとなく薄ぼんやりと理解はしたような気はするが、ぶつかった痕がどうして異世界同士の出入口になるのか、その根拠はどういったところにあるのか疑問があるにはあるが、根拠があったところで、説明されても全く理解できないだろうから、ここは原先生の論を信じることにした。
「でも、そのコリジョンってのが異世界の出入口として、それはどこにあるんですか? やっぱりアメリカのどこかとかなんですか? だとしたら、行くのは難しいんじゃない?」
葉月さんが質問した。こういう「宇宙系」の話の舞台はなんとなくアメリカというのは万人が共有するところのものだろう。わかる。わかりますよ、葉月さん。
「うん。異なる宇宙同士がぶつかった時の衝撃はダークエネルギーにも影響を及ぼしていると思う。その影響を受けたダークエネルギー越しにコリジョン、つまり異世界への扉に至ることができるかもしれない。で、そのダークエネルギーってのは、宇宙の遍くところにあるわけだから、地球上にも、そしてもちろん、この廻中町にもある」
「ということはつまり……。え!」
俺は気付いたが、優紀と葉月さんはポカーンとしている。多分、マスク越しの口は開いていることだろう。さすが成績的にはアンダーオギクボタ。
「じゃじゃじゃ、じゃあ、つまり、その、異世界への扉が、この町にもあると……」
「可能性はなくはない」
「マジですか!」
「え、なんで?」
「ホントかなぁ……?」
三者三様、バラバラのリアクションになってしまった。誰が誰だかは推して計るべし。
「そ、そ、そ、それは、一体、どこにあるんですか?」
「んー、それはわかんない」
「え?」
「僕、この町、あんま詳しくないんだよね。休日は家に居て、外出ないし。君たちの方が詳しいんじゃないかなあ?」
そろそろ五時になるが、まだまだ日は高い。もちろん今日もカンカン照りだ。延々と続く日差しは容赦なく白廻川の水を吸い上げているのだろう。
「あー、なんか、涼しく感じる……」
しかし優紀はそう呟いた。あの理科室を出た後なので無理からぬところか。よくよく考えたら、このクソ熱い最中、二人はマスクをしていたのである。それはそれで拷問だったかもしれない。
そして、俺は俺で剥き身であそこにいたのだ。こうして心ゆくまで深く空気を吸い込めるのはこの上なく幸せなことだと感じる。幸せは案外すぐ近くにあるのかもしれない。
理科室を出た後、そのまま我々は帰宅の途に就いた。聞けば葉月さんも、途中までは我々と同じ方向だというので、三人並んで歩いている。相変わらず、俺が二人の緩衝壁となっている。
まさか丸投げされるとは思わなかった。色々と有力な情報を得たような気がするが、実は具体的には何も得ていないような気もする。あれだけウンチクを語るのであれば、せめてどういったところを探せば良いか、そのヒントくらいは欲しかった。
ただしかし、どうも本当に異世界はあるようなので、そのことを確信しただけでも良しとしよう。しかしこれからどうするか。
俺が思考の谷へと深く潜り込もうとしたその時だった。
「あー! わたしあそこ行きたーい! つーか行くー!」
突然、葉月さんがそう宣った。
葉月さんの視線の先を追うと、そこには綺羅星の家、クレープ屋があった。なんだか初めて見るようなリアクションだ。よほどクレープが好きなのだろう。
葉月さんはもう既に綺羅星キャッスルへと歩を向けている。さすが学園のアイドル、校内カーストトップのお姫様である。下々の者の意見などハナから聞く気などサラサラない。仕方がな(くもないけど)いので、我々も後に続く。
「えー、行くのぉ?」
もう一人の校内カースト貴族であらせられる優紀があからさまに不満をもらす。
「あ、じゃあ、先帰ってていいよ」
まぁ、無理に行くこともないと思ったので、俺は気を遣ってそう言ってやった。
「何ソレ!」
ところが、優紀はそう言うが早いか、俺の背中、ほぼ首の近くに、打点の高いジャンピングニーバットをかましてきた。
「ぁ痛あーい! え、何で? 先帰っていいって言ったのに……」
「それがムカつくっつーの」
まるで意味がわからない。そしてついてきやがった。行きたいのか、行きたくないのか、どっちなんだ?
「わー! かわいー!」
葉月さんの方はと言うと、そんな我々には我関せず、城のような店の構えの前に仁王立ちして、そんな感想を口にされた。安っぽ……、いや、あの、ラブホテ……、いやその、何というか、つまりはまぁ、そんな感じの外観にも感じられる建物が、こうして葉月さんが目の前に立つと本物の城に見えてくるところが不思議だ。
「ねぇ、入ってもいいかな?」
「つーか、入る気満々なんだろ?」
ボソッと、俺にだけ聞こえる音量をギリギリ上回る音量で優紀が呟いた。そしてその通り、姫はお城の中へと入っていかれた。
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