第38話『価値観の相違』
日曜日。
からっからに晴れた空気は、夏の香ばしさをわずかに含んでいる。
休日ということもあって、駅前には人手が多くある。
実家に帰り家族との時間を楽しもうとするFNDの職員や、日曜であろうと慎ましく働くサラリーマン、駅周りのショッピングモール目当てに集まる少女たち、孫と楽しそうに手を繋ぐ老夫婦など、老若男女問わない。
「あー!! 小波っちじゃん!!」
蒼に話しかけてきたのは、ミミアだった。今日はいつものサイドアップではなく髪を流している。ギャル仲間数人を連れてショッピングモールに行く最中のようだ。 妙な威圧感を感じて気圧される蒼。
それにしても、前に数度しか話したことがないのに、もうニックネームとは。彼女の人との接し方は見習いたいものである。
「なになにオシャレして~。あ、そっか今日早乙女と出かけるんだっけ? アタシたちね、これからデパコス見に行くの! ちょーアガるよね!!」
周りのギャルが興味深げに蒼を見ている。
「ねねミミ、この子ってアンタの推しのハヤト? とかいう子?」
「かわいー」
同級生だが。
まるで親戚の子どもに対する言葉遣いに笑ってしまう。
「違う違う、小波っちは朱莉のニーちゃんだよ!」
「あー!! どうりで顔が似てると思った!」
「この子が『自慢のお兄ちゃん』か!」
ミミアと朱莉はバイトが同じだから多少付き合いがあるとは思っていたが、どうにもこのギャルたちとも付き合いがあるという。朱莉の底知れない人付き合いの幅には敬服せざるを得ない。
蒼も友人関係に対する志は高いので、朱莉を見習ってミミアたちとその場で色々と話した。
ミミアは原作通り蒼の好きな人間であったが、前世では関わることもなかった周りのギャルたちも、話してみればやはり、皆気さくな少女であった。
偏見という殻の内側にい続けた前世の自分を恥じる。
好きな音楽を教えてもらったり、訓練を一緒にする約束をしたり。
ついでに写真も撮った。よれたピースサインが情けない。
何の記念なんだろうと思ったが、そういう発想がダメなんだなと思い直す。
「じゃねー」
彼女たちは好き放題喋った後、ランチで人気な店に行列が出来る前にと風のように去って行った。
大きく盛り上がった駅とその周辺施設を見上げながら、蒼は時計を見た。
時は正午。
中天に上り詰めた太陽がビルよりも遥か高みから熱を落とす。
十字に開いた巨大な交差点の隅に人が溜まっていき、信号がその真上で雄大に横たわる空と同じ青色を示せば、ダムの放流のように人の群れが動く。
早く来すぎただろうか、実を言うと二時間前からここにいる。何度も人が交差したのを見続けた蒼は頭を掻いてビルに大きく表示されている広告を眺める。
女子高生たちが写真を撮るスイーツの甘い香りが漂ってきたと思いきや、都会特有の下水の臭いがして蒼は顔をしかめた。
名物の時計台の下には待ち合わせの学生たちが集まり、各々全力のファッションでデート相手を待っている。
かくいう蒼も、何度も朱莉に確認をしてもらって恥ずかしくないファッションで固めたつもりだ。
『こう!? こんな感じ!?』
『……センス悪。女の子と出かけたことある?』
朱莉との会話を思い出して自身の経験のなさにげんなりする。
ジャケットの裾を正しながら、蒼はルイの私服姿に妄想を膨らませて弾む足を宥めつけて制止させた。
蒼に向かって歩く影がある。
蒼は思いきってそちらを向き、そして言った。
「何で制服?」
「何で私服?」
被った。
ルイはいつものツインテールの横で困った顔を浮かべている。
蒼は、舞い上がっていたせいで大切なことを一つ忘れていたのだ。
☆
早乙女 ルイ。
早乙女家といえば、超が付くほどの英才教育で、才能の研磨に余念がない。故に、早乙女家の子息子女は普通の育ち方をしない。
そして、ルイはそんな環境の中でもさらに自分にストイックだ。時間があれば修練に勤しむ、そんな真っすぐで向上心の塊のような性格。
故に、彼女は娯楽を知らない。そんな彼女が「どこかに出かけよう」と言われれば、行く先は――
「小波~、今日はデートじゃなかったのか~?」
「だからデートしてんだろうがァ!!!!」
Sクラスの友人の茶化しに、浮かれていた自分を恥じる怒りを乗せて蒼は返事をした。
体育館の床を運動靴が擦る音。摩擦の焦げた臭いと汗の酸味が漂う。
鈍い音、爽快な音、模造刀同士がぶつかってあげる金切り声。
そう、ここは紛れもなく聖雪の体育館であった。
ルイという人間を誰よりも知っていながら、デートという言葉に浮き足立ち、予定を詰めることをしなかった蒼が悪いのだ。
彼が彼なりに努力して築き上げたデートプランは、早くも暗礁に乗り上げたのである。
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