第37話『恋愛戦線』

 虹色の日々である。


 未だに、毎日毎日帰りに誘っても断られることがよくあるが、それでも成功率は六分の一程度まで大幅に上昇した。


 今でさえこれほどまでに幸せだと言うのに、もし、彼女と付き合うなんてことになったとしたら、幸せで体が本当に張り裂けてしまいそうだ。もちろん、容易い話ではないのだが。


 五月に入っていた。

 学年別トーナメントも終わり、三回戦でぶつかったハヤトと琴音の戦いの話題は皐月になった今も冷めやらない。


 結果は、最強の白峰 琴音を破り、Fクラス如月 ハヤトの勝利。


 蒼にとっては分かりきった勝利だったが、彼が学校中から賛辞を浴びたのは当然のことである。これから琴音もハヤトの一行に加わり、物語は一層華やかになる。



「それで、小林先生が……」

「アンタ……よく喋るわね」



 この言葉をルイ以外に言われたらそこそこ傷つくだろうが、ルイに言われるとえへへと笑いになってしまう。

 好きという感情は報われれば何よりも大きな幸せを生む。

 ルイはまだ口数が多くないので、なるべく彼女の声帯からその澄み渡る声を引き出すべく、質問を交えたりしながら蒼はしゃべり続けた。  


 そんなとき、ふと、ルイの視線がよれた。

 周囲の視線も、自然とそこに集まっている。ハヤトと琴音だ。やはり華がある。


 二人仲良く登校し、笑顔を交わす。そこに、ミミアがやってきてハヤトに後ろから抱きついた。

 琴音があからさまに不機嫌そうな顔になる。


 ルイも堅く絞った手を胸に当て、しばらくそちらに視線をやったままだった。



「…………ごめんなさい。何の話だっけ」



 ルイは蒼の視線に気付いて、落ち着きを取り戻すように髪を耳に掛けた。

 その動作に心臓の鼓動を持っていかれながらも、蒼もハヤトたちの方を見た。



(負けんぞ、お前には)



 これもまた、戦なのだ。





「ははははははははははははははははは」



 不気味に笑いながら蒼は両手で携帯を持ち、フローリングの上をゴロゴロと何度も転がって往復している。



「楽しそうやなぁ。最近ずっとそんな調子だな」



 ルームメイトの霧矢がはしゃぐ子どもを見るような眼で蒼を見下ろしている。


 楽しいに決まっている。今もこうやってルイからの返信を待っているのだ。

 手動BOTと話すのとは訳が違う。携帯がピコンと鳴る音が待ち遠しくてたまらない。


 返事が来た。正直言って愛想はない返事だが、彼女らしくてそれがまた愛おしい。


 だが、今日はこれからさらに一歩踏み出そうと思っている。

 楽しさから一転、フリックする指に緊張が走る。会話の脈絡を壊さないように、後半に文字を添える。



『よかったら、今週の日曜日、一緒にどこかに出かけないかれ』



 送信する直前に典型的な誤字に気付き、そそくさと直す。送信を押す手が震える。


 断られたら、しばらくは食が喉を通らないだろう。

 待つ時間は異常に長く感じる。まだ誘うには早いか、嫌われたらどうしよう、そんな思いがぎゅるぎゅると回る。


 風呂から上がる。まだ来ない。

 歯磨きをする。まだ来ない。

 布団に入る。今日は返信は来ないのだろうか。明日も来なかったらどうしようか。

 最後に確認する。来ている!!


 一言だ。



『午後からは暇』

「うっしゃあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁあぁあぁあぁぁあぁぁあああああ!!!!!!!」



 布団から起き上がり渾身のガッツポーズ。調子に乗って、こんな返信をしてしまう。



『デートなんて初めてだよ!! しかもきみとなんて!!』



 返信は、すぐに来た。



『勘違いしないで』



 黒文字だが、舞い上がった蒼には痛くもかゆくもない。謝罪の連絡をしつつ、蒼はふかふかのベッドの上で何度も飛び跳ねた。



「うっさいわ!!」



 部屋に突入するなり霧矢が投げた枕が蒼の顔面に炸裂する。


 明朝、二人は揃って寮長に説教を喰らったのであった。最近、怒られることが増えたと痛感する蒼である。

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