第16話『モブに訪れる不運に感謝を』

「来週なんだよね? 学年別トーナメントって」

「そうそう、緊張しちゃうね~」

「対戦表、今日発表なんだっけ?」



 色めき立つクラスの女子の会話を聞き、蒼は立ち上がった。

 もうその時期かと。


 相変わらずルイに一緒の登校を拒まれ、教室では変人扱いだが、今日も一日頑張ろう。


 近日、セカゲン最初の一大イベント、『聖雪高等学校学年別トーナメント』が開催される。

 実力を測るというよりは見世物としての一面が強いイベントで、四人の中で勝ち残りを競う、体育祭の代わりのようなものだ。


 蒼が対戦表の確認のために廊下を歩いていくと、廊下の端、Fクラスの方で何やら揉めている声がする。

 確認するまでもない、丁度この時期だと思っていた。


 岩槻 厳だ。揉めている相手はもちろん主人公のハヤト。セナにしつこく絡む岩槻にハヤトが注意した結果である。


 ハヤトはこのトーナメントで目立つのを嫌がったので早々に降参をと考えていたのだが、この後岩槻が『自分に負けたら鳳城 セナは俺のもの』という勝負を仕掛けてきて、それをセナが「やっちゃえ!!」と引き受けてしまうので仕方なく勝ち上がることになる。


 そして岩槻との戦いで頭角を見せたハヤトが一目置かれるようになり、というストーリーに続いていく。今はセナを賭けろだ何だと言い合っている最中だ。


 相変わらず蒼の入る余地がない。



「こんな奴なんて放っておきなさいよ」

「あぁ? 早乙女家の落ちこぼれが、この俺をこんな奴呼ばわりか?」



 間に割って入ったルイを、岩槻が嗤う。

 ルイがキッと岩槻を睨み上げ、隣のハヤトが表情を曇らせる。岩槻の言葉に、蒼の体がびくりと震えた。



「名家か何だか知らねぇが、雑魚のくせに俺たちSランクに指図してんじゃねぇよ。……そうだ、文句があるならお前の首も賭けろよ。どうだ、お前の彼氏が俺に負けたら、お前、この学校から消えろ。早乙女家だからってデカい顔されたらたまんねぇからよ。もし俺が万が一にも負けることがあったら、謝ってやるよ」

「上等よ!! アンタにハヤトが負けるわけないでしょ! 謝罪の準備でもしておくことね!!」

「そうそう、やっちゃえハヤト!!」

「おいおい……」



 ハヤトが流されるまま賭けの対象にされてやれやれ顔だが、蒼は拳を握り締める。


 そうだった。岩槻はルイにまで勝負を吹っ掛けていたのだった。

 これは度し難い。今すぐにでも決闘を仕掛けて約束と数々の暴言を撤回させてしまいたいものだが、生憎学生間の私闘は固く禁じられている。



「まあいい。その勝負乗ってやるよ。でも、俺が勝ったら、俺の友達に掛けた暴言と約束は全部取り下げろよ」

「面白い!! Fランクのお前が勝てたらな!! ははははははは!!」


 ライトのベルのお決まりのやり取りに聞き耳を立てながら、うぅむと唸る。

 結局、岩槻はハヤトにスカッとするほどぼこぼこにされるので、蒼が手を出さなくても、事は丸く収まる。


 だが、主人公に任せて自分は何もしないなどあまりにもじれったい。そこで指をくわえて見守ることは彼の信条と覚悟に反する。


 それに、蒼の想い人を堂々と侮辱したあの輩を一発ぶん殴らないと気が済まない。

 どうしたものかと迷っていると、ふと蒼の肩を誰かが後ろから掴んだ。 霧矢だった。



「何や、怖い顔して。対戦表は見たんか?」

「ああ……これから見に行くところだよ。霧矢は見たのか?」

「見たで~。格上ばっかで敵わんわ。まぁ、小波に比べたらマシやな」

「?」



 含みのある言葉に、蒼は霧矢の顔をまじまじと見て先を促す。

 霧矢が、思いもよらないことを言った。



「小波の対戦相手の中に、あの岩槻 厳がいるんや。小波も運が悪いなぁ?いくら小波でも、CJCベスト4が相手はきついんちゃう?」



 蒼は瞬きを何回かして、それから、込み上げるままに小さく笑った。

 霧矢は変人でも見るように口元を引きつらせている。



「どうしたん?」



 そこらのモブであっても、不幸や悲劇は訪れる。この場合、一介の生徒の学園生活に訪れたさっそくの不運というところなのだろう。

 だが、



「いや……やっと運が向いたのかなって」



 蒼は不敵に口元を緩ませる。 


 一週間があっという間に過ぎ、すぐにトーナメント当日がやってきた。


 ……勿論その間も、ルイとの登下校は一度も叶わず、それらしい会話はなかったが。

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