第10話『告白』
いよいよ体が重たすぎる。それでも、隠せない感動と嬉々とした感情が、校門をくぐった三人組の一人に向いた。
仲のいい幼馴染三人組。その内の一人は、件の鳳城 セナだった。
滑らかな茶髪だが、毛先は赤い。瞳は大きく愛嬌たっぷりで、仄かに散りばめられたアクセサリーは彼女に身に付けられて喜んでいるかのようだ。
まさに名が体を現している、鳳凰のように煌びやかで鮮やかな少女であった。
流石に手慣れている。上がる歓声に元気よく両手で手を振り、時に投げキッスをしたりピースをしたりウインクをしたりと、ファンサービスを怠らない。
その度に黄色い声が上がる。
殿上人が同じ空間に降りてきたことで、妬み僻みの感情も三割増しだが。
そして真ん中には主人公の
何だか、鏡越しの自分を見ているようで、その実は全くの他人。
十二年前、幼児化してこの異世界にやって来た少年。
『煌神具』とは全く別の体系を持った魔法を駆る彼は、隣で歓声を集めるセナに、やれやれと気苦労の多そうな表情だ。
幼いころからずっと一緒に居続けた故の気苦労もあろうが、それは全国の少年たち、そして異界の読者たちの願い望んだことある。
その思いは、セナの隣にいるハヤトへ向けられる尋常ならざる男子からのどす黒い感情を見れば明らかだ。霧矢も穏やかならざる顔をしている。
「ハヤトハヤト~。楽しみだねぇ~」
「そうだな。楽しみだからから少し離れてくれはしないか」
「そうよ。公衆の面前で、ちょっと近すぎるんじゃない。アイドルなんでしょう」
「なになに? ルイルイ、嫉妬?」
「んなッ!? 何で私がこんな奴のことで嫉妬しなきゃいけないのよ!!」
「ちょっと待て!! 何で俺の胸倉を掴む!! 何で揺さぶる!!」
蒼の視線は、顔を真っ赤にして主人公の胸倉を揺さぶっている金髪の少女の姿に一度止まってから離れない。
気品さを纏いながらも前へ進む力に満ち溢れた少女の姿は、間違いなく他のものと一線を画して美しかった。
蒼がそう評価した彼女を目に留めようとするものはほとんどいなかったが、彼は、少女の放つ存在感に、聴覚を一時的に飛ばすほど圧倒された。
二年前、初めて見たときよりも少し大人びたなと思う。
蒼い切れ長の瞳には獅子の如き強い意志が秘められ、制服越しにもその細身の体が過酷な戦闘を越えてきた均整なバランスを保っているのが分かる。
その揺れる金色のツインテールを、どれだけ妄想の中で描いてきたことだろう。
彼女が髪を揺らすたび、陽光が煌くようだった。空気がいつもよりも澄んでいる気がする。
自分と彼女の間に大きな崖があるような気持ちだ。
だが、たかたが崖程度なら、飛び越えてみせよう。
本当は、鏡の向こうよりも遠い場所にいたのだ。この世界に来てからも、その距離を埋める努力をしてきた。
今さら、この崖など怖がってはいられない、
「真ん中の男の子は知らないけど、その隣の子は、確か早乙女家の子? 名前は確か………………蒼?」
朱莉の声がどこか遠くで聞こえるようだ。
丁度、これまた勇敢なモブが一人、鳳城 セナに駆け寄って想いを伝える。それを皮切りに、男女問わずファンと思しき生徒たちが黒山の人だかりを作った。
ファンに囲まれながら、セナは「先に行ってて~」と二人の幼馴染を見送った。
蒼は立ち上がり、肩越しに霧矢に話しかける。
「霧矢。鳳城 セナにお近づきになりたいなら、あの人たちみたいに恥を忍んででも今話しかけに行くべきだ」
「……? 何や急に?」
「昔は斜に構えてそうしない自分に満足してたけど、本当は何倍もアイツらの方がかっこいいんだ。かっこつけて手をこまねいても、向こうからはやってこない。人生は一度きり、後で地獄のような思いする前に、自分の全部賭けてみようぜ」
内容に対して声が震えていてダサいなと内心自虐しつつ、ガチガチの関節を駆動して、しっかり一歩を踏み出した。そこからは早かった。
「俺はそうするよ」
二歩目、三歩目。距離は縮んでいく。
ああ、何て美しい髪なのだろう。それを自分の眼球で直接認識できるなんて。
「何や。アイツやっぱり鳳城 セナのファンなん?」
「さぁ……?」
そんな言葉に反応する余裕がない。
そのまま、何歩も重い足を動かす。
そして、小波 蒼は、世界の中心にいる二人の行く手で立ち止まった。
蒼く澄んだ瞳が、蒼を視界に捉える。
息が詰まり、心臓を握り潰されるような衝撃が体を揺さぶった。
あの彼女が、紙の向こうで見つめることしかできなかった彼女が、桜舞う広場の中で、蒼の存在を見つめている。
優しい風が吹き、金色のツインテールを揺らした。立ち止まった彼女が、怪訝な視線を送りつけてくる。
ようやくここまで来れた。二年間死ぬような思いをして、ようやく来れたのだ。
「アンタもセナのファン? 悪いけどどいてくれるかしら」
アニメで聞いた透き通る美声と同じだ。その声帯で、読者にではなく、蒼だけに言葉を向けている。
感涙が溢れそうになるが、変人扱いは流石に遠慮したいので全力で我慢する。
蒼は首を横に振って、その愛おしいトゲのある視線を見返した。
「俺は、君に用があるんだ。早乙女 ルイ」
早乙女 ルイ。この名前を、何度反響しない壁に向かって呼びかけたことだろう。
しかし、放った蒼の言葉をその耳で聞いたルイは、切れ長の目をわずかに吊り上げて警戒の色を示した。
一度、深呼吸する。何も和らぐことはなかったが、またしっかりとルイの瞳を見つめる。
かつてない緊張の中、脳内でバラバラになった単語を組み合わせて二年前から準備していた台本を思い出し、震える声を叩き直して、彼は力強く言った。
「俺の名前は小波 蒼。早乙女 ルイ。きみのことが、好きだ」
直後、思い切りすぎたかもしれない、とは思った。
予想以上に声が張ってしまったらしく、その場のほぼ全員の耳に届いてしまったのだ。
蒼の言った言葉を咀嚼し嚥下する恐ろしく静かな間が訪れ、それからざわつきが瞬く間に伝播していった。
「え? 今告白した?」
「嘘でしょ?」
「まじ?」
「まだ入学初日だぞ」
「やってんな」
周囲の賑やかな声の中で、主人公の目が隣のルイを恐る恐る見る。
セナに集っていた生徒たちも、セナ自身も、告白された可憐な少女へ視線を集中させた。
ルイの頬が、周囲の視線を浴びて少しずつ朱に染まっていく。返事を待たずとも、その言葉が彼女に伝わっただけで昇天しそうな心持である。
三十秒ほど沈黙が続いたが、実際はもっと短かったかもしれない。
「……………………ふんっ。誰だか知らないけど、私はアンタなんかにこれっぽっちも興味はないわ。他を当たりなさい」
誰もがその答えを待ち焦がれる中、ルイは自分の腕を抱きしめ、そっぽを向きながらトゲのある言葉を言い放った。
最初から、私も好きでしたなどという言葉を期待していたわけではない。
むしろ、その拒絶の仕方が、とても彼女らしいと思った。隣を通り過ぎる彼女を横目に、自然と笑みがこぼれる。
想いを伝えたからとはいって、ここで諦められるわけないなと、拳を握る。
「やっぱり、ルイは最高の人だ。俺は見る目だけはあった」
あーだの何だのとガヤが盛り上がる中、蒼は小さく呟いた。
ルイの背中を、主人公のハヤトが追いかける。
「お、おい、そんな言い方ないだろう……?」
赤い髪に、新緑の如き緑の瞳。
ルイがずっと昔から慕い続けてきた幼馴染だ。
ライバルにしては、格も、彼女と築いてきた関係も違いすぎる。彼は主人公で、自身はモブなのだ。だが、負けない。
この気持ちが燃え尽きない限り、彼は負ける気はない。
この炎は、消えない。
ハヤトが足を止め、背中越しに蒼に声を掛けた。
「アイツあんな感じでも、悪気はないと思うから、あんまり気にすんなよ」
「……ご心配なく。あの言葉だけでも五千回は聞けるね」
蒼は振り返りながら、ハヤトに言葉を返す。
「如月 ハヤト……」
緑の双眸で蒼を見つめる。その緑の奥には、多くの激動を生き残った厳かに煌めく意識があった。
世界にも、その世界の外からも愛された少年。蒼は、不思議な気持ちになりながらも、彼にきっぱりと言った。
「俺はお前には負けない」
「…………? 俺と、どっかで会ったことあるか?」
ハヤトは瞬きを繰り返してから問う。
いいや。
そう言って、挑むように、自分の劣等感を満たしてきた映し鏡の目を見る。
「でも昔、俺はお前だった。それだけさ。今は違う。だから負けない」
蒼は、未だこびりつく周囲の視線を浴びながら、朱莉たちのところへ戻る。
風がまた一つ吹いた。 彼の二度目にして初めての青春は、始まったばかり。
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