第一章『このままでいられるか』
第3話『やっぱり』
『ふふっ。私にかかればこんなこと朝飯前よ!』
小さな胸を張って堂々として見せる彼女。
『べ、別にアンタを待ってたわけじゃないんだから!!』
顔を真っ赤にしてツインテールを逆立てる彼女。
『バカね。答えが出るまで一緒にいるに決まってるでしょ。ゆっくり考えなさいよ』
自分以外の誰かの元へ行こうとする背中を押してあげられる彼女。
優しく、強く、焔に似た強い心を持った彼女。
昔、世間知らずな小僧だった重音は言った。この世界はクソだけど、彼女がいないことが一番のクソだ、と。
その恋は、燃えていた。空虚な人生で、最も鮮やかな色を帯びていた。
……どうしようもないほどの熱が、込み上げてくる。
☆
世界最強の大魔導士、現代ファンタジーに転生して無双する。
これはあらすじではない。タイトルだ。このカロリーマックスのタイトルだけでお腹いっぱいになる。
七年前から連載している学園ファンタジーライトノベルの金字塔。アニメも第四期まで制作され、アニメオタクの中ではかなりの知名度を誇るが、一般の認知度はそこまで高くない。
現在では二十八巻まで連載している。略称はセカゲンだったか。
大人になった重音には少しこってりしている作品だとは思うが、それでも中学時代はこの世界の中に大きく魅了されていた。
物語はタイトルの通り、元いた剣と魔法の世界で最強を誇っていた少年が、現代ファンタジーの世界に転生し、その力を以って少年少女がうら若く煌めく学園でひたすらに無双するという物語だ。
強敵面した小気味の良い悪役が一瞬で薙ぎ倒されたりするので、ストレス発散にはちょうどいい。
主人公の性格はやれやれ系で、戦いに疲れてこの世界ではスローライフに励もうとしているようだが、周囲の美少女たちに巻き込まれる形で様々な事件に関わっていくハーレムもの。ヒロインたちは魅力的でどれも美麗なイラストで描かれている。
主人公に自分を重ねている内はいいが、大人になってそれを別の人格だと認識したとき、主人公の性格も、大した理由もなくモテる主人公の環境も、何故か度々起こる破廉恥なハプニングのイベントも全てひっくるめて、
「……イライラするぜ」
ヒロインたちが魅力的なだけあって、大抵こういう感想になる。
重音がベッドから重たい体をガバッと起こして言った言葉が、不機嫌そうなそれだった。
周囲の視線が一瞬にして重音に集まる。医者と話し込んでいた女性が、震える体でゆっくり重音に近づいてくる。
「
堰を切ったように女性が力強く重音に飛びついた。重音は起こした体を再び薙ぎ倒される。
女性はしくしくと泣きながら重音の頭を撫でた。
(………………ああ、母親か)
あまりに久しぶりな感触に、理解が遅れる。
周りを囲んでいる人たちはきっと、転生先の少年の家族だろう。薄い青の瞳をした父親らしき人も、厳めしいがその表情は緩んでいる。
「いやぁ。見事な快復ですね。正直搬送されてきたときは、亡くなった方が運ばれて来たのかと。生き返ったようにすら感じます」
父親が何度も頭を下げる。医者は医者にしては尖った冗談を交えつつ、感謝を受け止めた。
家族のいない重音が久しい母親の感触に目を細めていると、重音を真横からじっと見つめている存在に気付いた。
「……蒼、心配かけすぎ」
黒髪を短くまとめた美少女だ。前髪は右目を隠すように下ろされ、その瞳は母親と同じく真紅に燃えている。ルビーに似て綺麗だ。
中学の制服に身を包み、まだ幼い印象を受けるが、整った鼻筋や細い唇、滑らかな白い肌を見るに、将来は多くの目を惹きつけることだろう。
妹だろうか? 重音のことを名前で呼んでいるのは思春期か?
「
「……してないし」
朱莉と呼ばれた少女はそっぽを向いてしまう。
それから一時間ほどが経って、友達や教師、塾の講師が見舞いに来たのだが。
重音が本の中で見たことのある顔は、一つもなかった。
窓に反射した黒髪と薄い青い目をした自分の姿……やはり、見覚えはない。
一体何の世界に転生したのかと思うほどに、彼の転生した
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