第20話 時任 遥《ときとうはるか》

 真っ暗で何も見えない。

 身体中が張り裂けそうだ。特に頭がズキズキとひどく痛む。

 私はどうしてこんな目に遭っているのだろうか?

 そもそも、ここはどこだろう?

 わからない。なにもわからない……。


「キミ大丈夫かい? しっかりしなさい!」

「あなた、あんまり揺らさないほうがいいんじゃないの?」


 誰かの声が聞こえる。とりあえず、頑張って目を開けてみよう。


「よかった! 意識はあるみたいだ……」


 目の前にいたのは、私を抱きかかえている男性と、こちらに心配そうな眼差しを向ける女性。どうやら私は介抱されているようだ。ぼんやりとした状態なので確信があるわけではないが、おそらく2人とは初対面だと思う。


「あなたは……誰ですか?」

「私は時任修一郎ときとうしゅういちろう、彼女は妻の陽子ようこという。この近所に住んでいる者だ。キミの名前は?」


 答えられない。問われている内容は理解しているが、私はその答えを持ち合わせていないのだ。自分の名前を隠しているわけではなく、知らないのだ。


「覚えていません……」

「そうか……何かが爆発するような音が聞こえたので、あわてて家から出て来たが……一体、何があったのかね?」

「わかりません……」

「かわいそうに……こんなに傷だらけだし、よほど怖い目にあったのだろう」

「何か身元が分かる物がないか、私が探してみます……」


 陽子という人が、私の身体をやさしくなでるように、まさぐる。少しくすぐったい。


「あら、これは……写真かしら? この子が映っているみたい」

「どれどれ、周りにいるのは、お父さんと……お兄さんたちか?」

「この子とっても、いい顔で笑っているわね……」

「そうだな……」


 笑っている? そうだ。1つだけ思い出したことがある。私は好きな人に笑顔が見たいと言われていたんだった。好きな人が思い出せたら、たくさん笑ってあげよう――。

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螺旋世界のアルフィリア 神無月二夜《かんなづき・にや》 @knnnaduki_niya

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