『ゲイルの打ち明け話』
家鴨が騒ぎ立てる啼き声で、ゲイルは目を覚ました。
明るい室内。揺れるレースのカーテン。いい匂いのするクリーム色のリネン。
起き上がってみると、妙に頭がすっきりとしていた。
ここがどこだったか、思い出そうとキョロキョロ見渡していると、サイドテーブルにメモが置いてあった。
ゲイルへ
おはようさん。気分はどうだい?
もし起きた時に俺がいなかったら、まずシャワーでも浴びてさっぱりしてくれよ。
メシはいつでも用意できるから、ここで待っててくれな。
童話の里と仲間を紹介するよ。
エリック・アスペクター
なんてことだ……と、ゲイルは口に手をやった。
あの日、エリックという青年に助けられたのは、本当のことだったのだ。
ということは、ここが因果界で、空飛ぶ牛車に乗ってきたり、今時珍しい古ぼけた里村も、すべて現実……。
メモを見返して、「まずシャワーを……」と書いてあることに目を留める。
シャワーなら来た時に済んでるだろう、と思ったが、匂いを嗅いだら汗臭かった。顔も髪も脂ぎっている。そんな年齢でもないのに。そう言えば、あんなに食べたはずなのに、腹が空きすぎて感覚が麻痺している。
気持ち悪い現実に不安になりながらも、とりあえずエリックの勧めに従って、シャワーを浴びることにした。
「よう!」
浴室から出てくると、エリックが隣のベッドに腰かけていた。
気まずそうに「どうも……」と頭を下げるゲイル。
エリックはカラカラと笑った。
「何だよ、寝覚めでも悪かったのかい? まぁ、わからなくもないけどね。あんたは丸五日眠ってたんだから」
「五日——?!」
ゲイルはポカンと口を開けて、呆然としていた。
よくもそんなに眠れたものだ。あんなに不眠で悩んでいたのに。
エリックはまた笑って、明るく言った。
「五日も食ってないんじゃ、腹減ったろ? つーわけでメシ食いに行こうぜ」
すると、ゲイルが慌てて止めた。
「ま、待ってくれ。……もし迷惑じゃなかったら、話を聞いてくれないか。そうじゃないとここでのことに向き合えない気がするんだ」
「ふーん。いいよ、付き合っちゃる」
「ありがとう!」
深々と頭を下げるゲイル。命の恩人に対する彼なりの誠意だった。
ゲイルは話し始める。こんなことになった経緯を――。
「何から話したらいいか……。僕の家は魚屋を営んでいて、後継ぎは長男の僕だった。でも、生臭い家業が嫌で嫌で。そんな時に仕入れ先のある屋敷のお嬢さんに一目惚れしたんだ」
「へぇ……そんで?」
「僕は寝ても覚めてもお嬢さんのことが頭から離れなくなった。それで気づいてもらいたくて、その……いろいろ貢いだ」
「ほう、いいんじゃね? 一途な男の一途なアプローチ」
「それでお嬢さんの方も気にかけてくれるようになって、親には内緒で付き合うことになったんだ」
「ヒュ~、やったじゃんか」
「でも、半年もした頃、お嬢さんの両親に僕の書いた手紙が見つかって、引き離された。お嬢さんは同じくらいの家柄の裕福な男に嫁がされた」
「あー、なんでそうなるかな。で、どうしたのよ」
「僕も大人しく引き下がれなくて、お嬢さんを奪いに嫁ぎ先に出向いた」
「うんうん、そんで?」
「一緒に逃げようって言ったら、お嬢さんが言ったよ。「私は贅沢に慣れているから、それをさせてくれる人でないと生活していけない。あなたにそれはできないでしょ」って言い渡された」
「うわっ、くそマジむかつく。んな女、別れて正解だぜ」
「そう言わないでくれ。僕はそれでも忘れられなくて、けど家業を放り出すわけにもいかなくて、ノイローゼになったんだから」
「ゲイル……あんた真面目なんだな」
「いや……それで命を投げ出すんだから、情けないやつさ。軽蔑するだろ?」
「なんでだい? んなこたねぇよ。人間なんて弱い生き物なんだから。何がきっかけで現実から転がり落ちるか、わかんないしさ。あんた、友だちは?」
「いるよ。みんな商店の後継ぎでさ。お節介で……あんな薄情なお嬢さんのことなんか忘れっちまえ、って病床に代わる代わる。喧嘩しても罵っても離れない、僕とは違って偉丈夫なやつらで……たぶん今頃みんな心配してる」
「うん。ゲイルに責められる点があったとすれば、いざって時に友だちや両親に「助けて」って言えなかったことだ。そう言えなかったら、誰があんたを助けられるんだい? もう限界だって言うのは、ちっとも恥ずかしいことじゃないぜ。むしろ、こうなってみて、いろんなことがうまくないって気づいたろ。早く帰って、大切な人たちを安心させてやりなよ。そして、生まれ変わった気持ちになって、新しい人生を歩むことだ」
「いいのかい? だって前に君は「飲み込んでもらわなきゃいけないことがある」って言ってたじゃないか」
「ああ、いいんだ。五日前の様子では因果界に長期滞在することになりそうだなって、俺が勝手に判断しただけなんだから。やるべきことがあって、本人がもう一度現実に飛び込む勇気を持ち得たなら、即刻帰すのがここの決まりなんだ」
「そうか、よかった。……ご飯、一緒に行けなくてごめん。もしよかったら本名と住所教えてくれないか。すごくお世話になって……このまま別れ別れになりたくないんだ」
「ああ、そうか。じゃあさ、ゲイルの住所教えてくれよ。ここで本名とか教えるのはご法度なんだ。いつになるかわからないけど、必ず訪ねるからさ」
「うん、待ってるよ。その時には腕を振るって舟盛りご馳走するよ」
「おお、すげぇ。絶対行くよ」
「絶対な」
拳と拳を突き合わせて、約束を交わす。
こうしてゲイルはエリックの案内で、無事に家に帰されたのだった。
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