『エリックとレンナ』

 ゲイルが眠っている間、エリックは土地を浄化する仕事を休んで、童話の里に滞在していた。

 目を覚ました時に自分がいなかったら、ゲイルが混乱するのを見越してのことだったが、我ながら人が好いと肩を竦めること幾数回。

 童話の里の住人は、老いも若きも顔馴染みばかりだったから、滞在の理由はそれとなく知られることとなったが。大概人が好すぎると、ここでもお墨付きをもらうのだった。

 滞在五日目にエリックが広場に来ると、珍しい新人が来ているとの話題で持ちきりだった。

 ぷらっと立ち寄ったカフェで、同年代の男友達、ポールに会ったので、話を聞く。

「で、誰なわけ、その新人ってさ」

 エリックが言うと、ポールは顎をくいっと外に向けた。

「ほら、あそこの端のパラソルでジュース飲んでる、髪を片方結わえた女の子がいるだろ。誰だと思う?」

「……さぁ?」

「鈍いなぁ。最近、噂になってた、弱冠十二歳の修法者だよ」

「えっ、マジ? ……えっらくかわいくね?!」

「おまえロリコン発言やめろよ。そりゃかわいいけどさ。なんか仕事持ってきてるらしいぜ、それもとんでもないやつ」

「へぇ……どんな内容?」

「聞いて驚け。霊長砂漠の砂漠化防止だとさ」

「——すっげぇ。初仕事でそんなんやらされんのか。でも、その割に何で一人でいるわけ? 話知ってるってことはさ、助手を募集してるんだろ」

「だからさ、みんなビビっちまって敬遠してるわけよ。そりゃ報酬ったら、桁が違うのはわかってるけど、どんだけ大変なんだよ、ってことで」

「何だよ、可哀想じゃん。十二歳の子一人にすんの、よくねぇぜ。それにできない事させられるわけねぇんだから、よくよく話聞いてから判断すりゃいいんだよ」

「——だったら、おまえ行けよ」

「おう、行ったろうじゃんか」

 エリックは椅子から立ち上がって、少女のもとに向かった。

「あっ、おい――!」

 ポールの制止する声を無視して、エリックは少女に歩み寄る。

 

 少女レンナは、手元の分厚い資料をめくりながら、溜め息をつく。 

 霊長砂漠の砂漠化防止の仕事をするにあたり、第一段階の負のこごりを取り除くのに必要な、鳥俯瞰者らが集まらない。

 みんな興味を持っていることだろうと思っていたが、平和なパラティヌスでは因果界もその通りで、わざわざ面倒に取り組む者がいない。

 幼い自分が言ったのでは説得力がないかも、と童話の里でも古株の年長者に話してみたが、事が大きすぎて取り合ってもらえない。

 興味を持って話しかけてくれる人もいたが、首を傾げるばかりで縦に振ってはくれなかった。

 第一段階でつまずいている場合ではないのに、と焦る。

 いざとなったら自分一人でやるしかないと思いながら、ギリギリまで説得するつもりでここにいる。

 エリックが来たのは、そんな時だった。

「こんちは!」

 例によって気さくに声をかけるエリック。

 レンナが驚いて見ると、エリックの人の好さそうな笑顔が向けられていた。

「こんにちは」

 ちょっと畏まって挨拶するレンナ。

「向かい座っていい?」

「ど、どうぞ……」

「サーンキュー」

 レンナの戸惑いを包み込むような呑気さで、エリックは自己紹介した。

「俺、エリック・アスペクターっての。よろしくね。名前聞いてもいいかい?」

 レンナは良い印象を持たれるように、ニッコリ笑った。

「レンナ・エターナリストです。よろしくお願いします」

 エリックは「こりゃ美人ちゃんだわ」と思いながら言った。

「すっごいねぇ、聞いたんだけど、十二歳なんだって? そんでこんなかわいいんだもんなぁ。あと四年、年齢が上だったら、おじさんプロポーズしてたよ、うん」

「……?」

 レンナは言われたことがピンとこなくて、首を傾げた。

「まぁ、冗談はさておき。すんごい仕事抱えてんだって? よかったらおじさんにも説明してくんないかな」

「あ、はい!」

 手元の資料を見せながら、レンナは説明を始めた。

 霊長砂漠の砂漠化防止がパラティヌスの最重要問題であること。これは万世の占術師ことパラティヌス統治者、ウェンデス・ヌメンの正式な依頼であること。この問題にあたり、精霊界の認可は得ていること。まず初めに取り掛かりたいのが、霊長砂漠で過去に蓄積された負のこごりの除去で、これに鳥俯瞰者以下、平面者、方向者の協力を得たいということ……。

「なるほどね……こりゃ大変だわ。スケールのでかいこと、でかいこと。お定まりの仕事しかしてない俺らが、怯む理由満載だ」

 顔をやや上向けに、しかめっ面で顎を撫でるエリック。

「……ダメですか?」

 レンナが不安げに聞くので、エリックはハッとした。

「待って待って。俺一人じゃ無理だから、仲間集めないと……。って、ところでさ。やろうと思えば、レンナちゃん一人でもこなせるって本当?」

「はい……でも、報酬額が大きいので、みんなでやった方がいいと思うんです」

「ちなみにおいくら?」

「百億E《エレメン》です」

 さらっと言うレンナの前で、椅子から体を浮かすエリック。

「だぁーっ、そいつはすごい、すごすぎる! 絶対やってみる価値あるね。ったくよー、ビビッてねぇで、ちゃんと話聞けってんだよ。根性なしが!!」

 エリックがポールやその他大勢に悪態をつくと、一斉にくしゃみが伝染した。

「あっ、やっちまった。……でも、ここはそういう世界だからさ」

 思わず身を竦めるエリック。

 悪態にびっくりしていたレンナは、おかしくてクスクス笑った。

 でへへ、と頭を掻くエリック。

 この二人の様子を遠巻きに見ていた人々が、徐々に近づいてくるところだった。 


    








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