『レンナと万世の占術師』
カフェでアップルジュースを飲む少女が一人。
テーブルの上には分厚い本が置いてある。
タイトルは『近代化よりも豊かだった万世』。
少女はどう見ても、十代そこそこにしか見えなかったが、頭の中身は大人顔負けだった。
少女の名はレンナ・モラル。
件の尼僧たちが話すところの”万世の魔女”である。
レンナは赤茶色の髪を肩まで伸ばし、左上で結った髪がカールしている、かわいらしい少女だった。
淡いピンクの千鳥格子のワンピースを着ていて、ちょっと背伸びしているような、そんな印象を与えていた。
一見どこにでもいるような普通の少女なのに、瞳に宿った輝きは、確かな希望に向かっているのだった。
レンナがアップルジュースを飲み終わって、また本を読もうとした時のこと。
しおりを挟んだページに、見覚えのない夜空の星模様の手紙が。
(あっ、もしかして!)
レンナはバッグから小さなレターオープナーを取り出し、封を切った。
中には便箋が一枚入っていて、早速開いてみる。
そこにはこう書かれていた。
レンナ・モラル様
前略、
パラティヌスに戻られて、久しぶりの秋をいかがお過ごしですか?
実家にも戻らず、お勉強なさっているのは、大変感心です。
さて、早速ですが、貴女に喜ばしいお知らせがあります。
先日行われた修法者統括会議で、貴女の初仕事を検討した結果、”万世の占術師”様が直々にお考えくださり、仕事内容が決定しました。
つきましては、本日午前十時、因果界修法者統括本部までおいでください。
お待ちしております。
宇宙の
”万世の教師”
ガタッ。
レンナはいきなり席を立ちあがった。
そして分厚い本を小脇に抱えて、グラスを持って小走りでカウンターに返却し、店の外に出ると、一目散にキュプリス宮殿目がけて走り出した。
「大変、遅れる~っ!」
時間は九時四十七分だった。
レンナが庭園の生け垣に隠れて、因果界にテレポートしたのは、九時五十三分。
跳ぶように階段を駆けて、丘の頂上にある石の寺院に辿り着いたのは九時五十五分。
この寺院こそが修法者統括本部だった。
着いた途端に、中から大柄な尼僧が出てきて、両手を広げて走り寄り、レンナをぎゅうっと抱きしめた。
レンナが目を白黒させていると、尼僧は自分の修法名を名乗った。
「ようこそいらっしゃい、待っていましたよ。私が”万世の教師”です。どうぞよろしくね、万世の魔女さん」
「はいっ……よろしくお願いします」
元気だが苦しそうな声だったので、万世の教師は慌ててレンナを解放した。
「あらまぁ、ごめんなさいね、大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
ニッコリ笑ったレンナの頭を撫でて、尼僧は寺院の中に導いた。
寺院は装飾が少なく、簡素な造りだったが、陽光がどこにも差し込んでいて、とても温かみがあった。
万世の教師が案内したのは礼拝室で、たくさん長椅子が並んでいる。
一番前の椅子に、背の低い尼僧が座っていた。
恭しく離れたところから声をかける万世の教師。
「失礼します。万世の魔女を連れて参りました」
「ありがとう、下がってよいぞ」
「はい」
ぽや~っと背の低い尼僧を見つめるレンナの頭を、一撫でする万世の教師。気づかわしそうに礼拝室を出て行った。
礼拝室の祭壇には明るい日差しが降り注いでいた。
優しい面差しの聖母がみどりごを抱いて立つ青銅像が神々しく輝く。
その明るく清々しい空気の中、気高くも温かい声が響く。
「こちらへおいでなさい」
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