別れの時

「始まった」

 無意識に言葉が漏れ出た。隣でゴクリ、と緊張の音が聞こえた。

 次第に風も鳴き声も弱まって、徐々に静寂を取り戻していく。そしてそれと同時に、中心木の葉が淡く光りだした。薄暗かった辺りが眩いほどの光に包まれていく。それは彼女がレンさんとの別れを惜しみ、最後に会えたことを喜んでいるよう。

 やがて光はひとつ、またひとつと木を離れていく。暗くなった空に星空が作られていく。幻想的な瞬間だった。

 光が全て舞い上がった後、残った大木は、長年そこで築いてきた糸を解くようにするすると地中に沈んでいく。ながい、ながい眠りにつくために。

 最後にはポッカリと大きな穴だけ残って、全てが元通りになった。

 ふと、隣を盗み見ると、レンさんは空を見つめながら微動だにしていなかった。ややあって、ゆっくりとこちらを見たレンさんは泣いていた。心の底から、悲しみを隠すことなく。

「ありがとう、中塚さん。」

 そう言われるのと、レンさんが中心木と同じようにぽうと光るのは同時だった。

「あ・・・・・・」

「ぼくも、そろそろかな」

 くしゃり、と苦笑したレンさんを見つめながら、私はどうすることもできない。

 いつか、近いうちにこんな日が来るんじゃないか。青白いレンさんを見てそう思った。でもこんなにすぐだなんて。

「もともと普通の人の何倍も生きているから、いつこの日が来てもおかしくはなかったんだ。」

「いや・・・・・・いやです!私、レンさんが好きです!本当はさっきだってこんな役目やりたくなかったし、なんなら彼女のこと忘れちゃうくらいたくさん楽しい思い出作って

私しか目に入らないようにしちゃいたかった!でもできなかったから、これからって!それなのに!!」

 私の悲痛な叫びは静かな森に響く。けれど無情にも光の粒は舞い上がっては消えていく。

「そんなに慕ってくれて、ありがとう。ただ、僕は中塚さんに最後、謝らないといけないことがある。中塚さんをバイトに誘った時、僕は君を見てなんかいなかった。その中に潜むリリだけを見ていた。中塚さんの思いを踏み躙っていた。本当に申し訳ない。

・・・・・・でも、長い間いろんな人を見てきて関わってきて中塚さんとの日々が一番落ち着けた。リリのことを除いても、ね。だから、中塚さんの思いに応えることはできないけど、感謝しているんだ。」

 今度、涙を流すのは私の方だった。これからいなくなってしまうレンさんの声が穏やかなのに対して私の嗚咽は激しく空気を揺らす。

「最後に。こんなひどいことをしておいてどうかとは思うけど、一つだけお願いがあるんだ。」

「おねがい・・・・・・」

「僕が消えた後、すぐにではないけれど僕がここにいた記憶は人々の記憶からなくなっていく。でも、君には覚えていて欲しいんだ。」

「でも、きえちゃうって」

「大丈夫。それはこれから僕が最後の魔法をかけていく。だから、お願いしてもいいかな?」

 そんなの、いいに決まっている。目を真っ赤に腫らし、鼻水でぐじゃぐじゃになりながら力強くうなづいた。レンさんはそれを見て安心したように微笑んで、私の頬に手を伸ばした。そこで、私の記憶は途絶えた。

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