第2話
その知らせが届いたのは突然だった。
かつて封印した魔王が目覚めた、と王様が発表した。
ここ数ヵ月、魔物がよく出没すると思ったけどまさか魔王なんて。そんなの、お伽噺と思っていたのに。
王様はこれを機に討伐、ダメでも封印をしたいようで、魔王を討伐する勇者を探していて、それは私たちが住むエーメル村まで来た。
エーメル村をはじめ、複数の町を治める伯爵様に王様の使者がやって来て、若者に聖剣にはめられた宝石の一部を順番に握らせていった。
そしてアシュトンが握った瞬間、光り輝き、なんと聖剣がアシュトンの元へやって来たのだった。
「なんと! 貴方様が勇者ですか!」
「えっ……お、俺…?」
狼狽えるアシュトンを無視して王様の使者は喜んでいる。
「その通りです。若者、名前は?」
「ア、アシュトン・マーシャルです……」
「アシュトン様! 貴方が聖剣に認められた勇者です。どうか、我が国を、そして世界をお救いください」
「俺が…?」
まだ状況を飲み込めていないアシュトンが困惑の表情を浮かべている。
私も驚いた。確かに、アシュトンは剣に優れていた。でも、世界を救う勇者様になるなんて思っていなかったから。
「驚きなのはわかります。しかし、世界を救うのは貴方しかいないのです。我が国は先代勇者を輩出しており、既に国一の光魔法の使い手の聖女様と魔法使い、騎士団長が準備しています。どうか、ご協力ください」
「……このままだと、魔物が活発に動いたままなんですねよね」
「左様です」
アシュトンが何か苦いのを噛み締めた表情を浮かべて、頷いた。
「……わかりました、やります」
「ああ……、ありがとうございます。ではご準備ください。三日後に、再びお迎えにあがります」
「……はい」
そんな。三日後にはもう出発するの?
私が呆然としている間にアシュトンは使者の人と話して、やがて話はまとまり、アシュトンは準備するために家へ向かっていった。
「そんな…」
嫌だよ。アシュトンが遠くに行っちゃう。
勇者だなんて。そんなの危ないに決まっている。
だってアシュトンは。強いけど怪我をする普通の人で。
強いって言っても国一番の騎士団長様と違う。
それなのに、魔物を従えている魔王を倒しに行くなんて。
正に、命がけの戦いに行くってことで。
村ではアシュトンの勇者を祝った。
祝っているけど、みんなの顔色はよくない。
だって魔王と戦うなんて、生きて帰ってくるかわからないんだもの。
アシュトンのお母さんは泣いていた。お父さんは涙を堪えていた。
アシュトンの妹のコレットはアシュトンとお話ししていた。
一番辛いのはきっとアシュトンの家族だ。だから家族の時間を大切にしてほしいからアシュトンの家に行くのは躊躇われた。
でも時間が過ぎるのは早くてもう出発の前日になった。
明日、アシュトンが出発するんだ、と思うと眠れなくて窓をぼぅっと見ていたら、お母さんに声をかけられて玄関に向かうと人影が見えた。
そこにはいたのは──。
「アシュトンっ…!」
アシュトンがいつもの無邪気な笑みを浮かべて手を振っていた。
「どうして…!」
「ルーシィの顔を見たくて」
いつも通りに笑うアシュトンに不安になる。
もう、会えなくなるのだろうか、と。
「……本当に、行くの?」
私の問いかけにアシュトンは笑みを消して、沈んだ表情の、悲しい顔をする。
「……うん、行かないと」
「怖くないの…? だって、だって…魔王だよ…? ま、魔物を統べる王様だよ…?」
「……怖いよ、当然」
怖い。そうに決まっている。私ですら魔王が目覚めたことに不安が募って怖かったのに、アシュトンはその魔王を倒せと命令されているんだから。
「……行かないで。行かないでよ、アシュ」
幼い頃、呼んでいた愛称でアシュトンにすがり付いてしまう。今手放したら二度と会えないかもしれないと思うと、不安で不安で。
「……ごめん」
でもアシュトンは真面目に断って。
こんな時に真面目に返事するなんて、ズルイ。
「……このまま野放しにしてたらたくさんの村や町が魔物に壊されるんだ。それは、
「獲物になるって言うの……?」
「まぁ、そう言うことかな」
いつも通りに明るい口調で話していく。だけど……その声には僅かに震えが入っていて。
「大変だと思うけど、ルーシィや村のみんなのこと考えれば頑張れると思うんだ」
そして私の頭をポンポンと撫でていく。
「離れていても同じ世界にいるんだ。だからルーシィ、笑ってて。ルーシィが笑って今日を過ごしているって思ったら頑張れるから」
「っ…私が泣き虫だって知ってるくせに…」
ポロポロと涙が溢れてくる。
泣き虫の私にアシュトンは笑ってと難しいお願いをしてくる。
アシュトンがいないと泣き虫のままなのに。アシュトンがいないと上手に笑えないのに。
でも、大好きな人のお願いだから。頑張って叶えないといけない。
「頑張るから…生きて…。無事でいてっ…」
「…うん、約束する」
消え入りそうな私の声にしっかりと返事をして、ぎゅっと抱き締めてくれる。
幼い頃は、泣いていた私をよく抱き締めてくれたけど、お互い大きくなってからは控えるようになったのに。
だから私も抱き締め返す。力一杯、私の気持ちを込めて。
「…ルーシィ、帰ってくるから待っててくれる? 話したいことがあるんだ」
「……? 今じゃダメなの…?」
「ダメ。帰ってきてからだよ」
なんの話だろう。でも、アシュトンがそう言うのなら、私はずっと待ち続ける。
「うん…待ってる。ずっと、ずっと待ってるから」
そう告げるとアシュトンは明るい笑みを浮かべてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます