マネーパワー。



「姫路ハジメくんで良かったね? この度は本当に──……」


「ああ、いえ。ハンターとして当然の事をしただけなので……」


 ルミの怒声が病院に響き渡ってから、一時間ほど後のこと。


 人格が消し飛ぶんじゃないかと思うくらいに最愛の妹から怒鳴り散らされた俺は、もうメンタルが限界だった。


 病院で大声は褒められた事じゃないが、事が事だけに情状酌量の余地があったルミは怒られず、しかし妹に心配をかけて泣かせた俺は満場一致の大罪人なので医者にも怒られた。解せぬ。


 そうして、ルミの怒鳴り声をトリガーにして俺のお目覚めを待っていた方々も病室に集まって来て、今は今回助けた女の子達の親に囲まれてる。


 どうやら俺が受けた超高度医療に関するお金は、彼らが出してくれたらしく、ルミが言う通りに俺たちは気にしなくても大丈夫だと言われた。


 まぁ彼らと言うか、ほぼ全額を出してくれたのは片方の親らしいのだけど。


 名前すら知らなかったが、助けた二人は花田ヨウコと加藤コトネって名前だそうで、ヨウコの親が相当ハイパーな金持ちさんだった。


 彼女たちは大学のハンター系サークルに所属してて、今回も親の反対を押し切っての管理地区行きだったそうな。そうしてグリフォンに遭遇し、サークルメンバーから見捨てられてあのザマだ。


 そこに俺が単身で乗り込み、まぁ頑張って時間稼ぎした結果生き延びることが出来た。その事を聞いたご両親、主に花田パッパが娘にブチ切れつつも俺に死ぬほど感謝し、俺が寝てる内に有り余るマネーパワーを使って叶う限りの高度医療を施した。


 今この病室には俺とルミと医者と、あと花田夫妻と加藤夫妻しか居ないが、どちらも「後で改めてお礼と謝罪をさせに行かせます」と深々頭を下げられたが、ぶっちゃけ謝罪は別に要らないんだよな。


 そんな事よりもルミのご機嫌を取るの手伝ってくれないか?


 ちなみに、俺は五日ほど寝てたらしい。その間は花田夫妻がルミの面倒を見てくれてたそうで、その点はマジで感謝してる。


 夫妻は事情を知った時点で病院に担ぎ込まれた俺の家族にも説明する為、色々と手を打って調べてと動き回って、そうして家で一人待つルミの存在を知って保護してくれた。本当にありがとう……。


 随分と良くしてもらったとルミからも聞いてる。豪華な邸宅でふっかふかのベッドと美味しいご飯を頂いて、学校や病院への送迎もやってくれたとか。


「本当に、本当にありがとう……! 君のおかげで娘は生きてるっ!」


「あの、もうホント大丈夫なんで……」


 それだけの事をしてくれたのに、未だに深々と頭を下げて感謝を伝えてくれるご夫妻に頭を上げてもらう。こっちとしてはルミの面倒を見てくれてた時点でチャラにして良いくらいに感謝してる。


「もちろん、今回の事でハジメくんが失ったカードや装備品も補填させて貰うし、なんならもっと良い物に差し替えても構わない。いくら感謝しても足りないんだ、何でも言って欲しい」


「こちらも、花田さん程は無理だが、それでも何か力になれる事があったら遠慮なく言って欲しい。娘の命の恩人だからね、どんな無茶でも叶えてみせるさ」


 花田夫妻も加藤夫妻も、俺が病院に運び込まれた時の状態を知ってるらしく、そんなザマになってまで娘さんを助けた俺に対して本当に深く感謝を伝えてくれる。


 まぁ、うん。自分でも酷い状態だった自覚はあるからな。四肢を吹っ飛ばされて、視力も失ってた。


 四肢の欠損は高性能な義手や義足で何とかなるとして、目についてはぶっちゃけどうすれば良いか分からなかったし。正直、治して貰えて助かった。


「そういえば、逃げた男たちって……」


「あぁ、あれはもちろん────……」


 俺が気になった事を聞くと、花田さんが親指を立てた拳で喉を掻き切る様な仕草をした。おぉ、怖い怖い。あの男達がどんな目に遭ったのかは、深く聞かない事にしよう。今はルミも居るし、あんまり凄惨な話はしたくない。


 まぁ、俺みたいなのに超高度医療をぶちかませるスーパー金持ちを敵に回したんだ。もうロクな人生を送れない事だけは確定的だろうな。


 その後もずっとペコペコしてる親御さんに、「もう良いですから」と何とか頭を高いところに戻そうとすると、何故かむしろ怒られる事態になって困ってしまった。


「そうは言うがね、君は本当に凄いことをしたんだよ。ハジメくんを救出してくれた公認ハンターさんも、君がどうやって生き残ったのか全く分からないと言っていた」


 つまり、それだけハッキリと『生存不可能』だと分かる戦力差が俺とグリフォンの間にはあったわけだ。


「そんな状況なら、娘を見捨てても仕方ない。行政だってさすがにEだのDだのなんてランクのカードしか持ってない君に、そこまでは求めなかったはずだ」


「それでも、君は娘達の為に戦ってくれた。…………もう私たちは、君にどうやって報いれば良いのか分からないくらいなんだ」


「本当に、本当にありがとうございます……!」


 感謝を受け取ってくれと怒る旦那様方に乗っかって、奥様方も泣きながら頭を下げるもんだから参ってしまった。


「そう言われましても……、俺も確かに酷い怪我を負いましたが、それでも死ぬ気なんて微塵も無かったんで、命懸けで助けただなんて思わなくて良いですよ」


 最後は公務員ハンター……、彼らが公認ハンターと呼ぶ超戦力頼みだったのは否定出来ないが、それでも俺は運では無く実力で生き残ったと思ってる。


「妹を残して死ねませんよ。死ぬわけが無い。流石に生き残る可能性がゼロだったなら、俺は妹のためにも救助者を見捨てる気でした。だから、今回の事は俺が俺の判断で、出来ると思ったからちょっと無茶しただけなんです」


 運じゃない。身代わりじゃない。


 俺は自分の実力で、戻るべくしてルミの元に帰って来たんだ。それだけは明言させてもらう。


「それに、絶対に無理だったならまだしも、充分に助けられる女の子を見捨てて帰ったら、妹に胸を張れないですからね」


 ちょっとカッコつけたら、胸板をルミにポカッと殴られた。


「お兄ちゃんのばかっ、反省してない……!」


「いや、そんな事ないぞっ!?」


「お兄ちゃんがどんな人だって、こんな大怪我するくらいなら……!」


 またルミが泣き出してしまい、俺はどうすれば良いのか分からなくなる。


 ここまで感情的になるルミを、俺は今日まで見た事が無かった。経験が無いことには対処出来ない。


「る、ルミ? 大丈夫だぞっ? お兄ちゃんは絶対に帰ってくるから……」


「そうじゃないっ、そうじゃないもんっ……!」


 ポカポカと叩かれる胸板が暖かく、そして刺すように痛い。


 超高度医療で体は新品同様になってるはずなので、この痛みは多分肉体的な事では無いのだろう。


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