第12話


「きょ、今日は来てくれてありがとう…ございました…。お、おつささら〜…」


そう言って配信を切る。

配信用PCの電源を落とすと、変わり映えしない自分の顔が映った。


「あ〜…終わった…」


僕はPCが完全に挙動を停止した事を確認し、ほっと息を吐く。





Bright Futureのライバーとしてのデビューから1ヶ月。

僕は最低限のノルマをこなすように申し訳程度の配信を行い、気がつけば秋も深まる季節に突入していた。




PCを閉じて流し台に向かう。僕はコップに水を汲み一気に飲み干すと、カッと刮目した。


(このままじゃ駄目だ!)


人見知りな性格が災いして他のライバーとの繋がりも作れず、蘭ちゃんの身辺調査も進んでいない。意を決してBright Futureに乗り込んだにも関わらず今の所の収穫はゼロに近かった。


(とにかくこれからの方針を決めよう)


そう思った僕の頭にライマメさんの言葉が蘇る。




『あの歌祭から白鈴ちゃん元気なくなってしもたよな?どしたん?』




(そうだ、冬に開催されるはずのBright Future2期生による歌祭。そこに何らかの動きがあるはずだ)


気合いを入れるように、顔の前で拳を握りしめる。


(何とかそれまでに他のライバーさんたちと繋がりを持って、何かこう…何か、するぞ…!)


「うおおお!」


僕が両手を天に掲げて鬨の声をあげたその瞬間。

机の上の携帯端末から電子音が鳴り響いた。


「お…?」


僕は端末を手に取る。


「槙原さんから…連絡…?」
























コーヒーの香りが充満する会議室。


「えっ!?僕が今度やるイベントの司会に…?」


無機質な室内に響いた僕の言葉に槙原さんは頷いた。


「ああ。2期生たちが中心になり開催するイベントに出演してみてはどうかと思っている。あくまでササラ君が望めばだが…」


相変わらず気難しげな顔をして槙原さんは話す。

そんな彼に僕は恐る恐る質問した。


「ちなみに、どういったイベントなのでしょうか…?」


「2期生たちがパフォーマーとして歌って踊るステージに出来たらという方向で進めている」


「ええっ!?」


槙原さんの言葉に大きく心臓が跳ねる。


(それってもしかして…Bright Future2期生の歌祭!?)


「やります!司会やらせて下さい!」


食い気味に僕がそう言うと、槙原さんは面食らったように瞬きをした。


「あ、ああ…。断られるかと思っていたがササラ君がやる気ならありがたい」


意外そうな顔をする槙原さんの言葉を聞きながら僕は気分が高揚していくのを感じていた。


(こんな上手いこと話が転がり込んでくるなんて思わなかった!何で僕に舞い込んできたのか分からないけど、とにかくチャンスだ!本当に何で僕なのか分からない上手い話…)


そこまで考えて冷静な自分が疑問を呈する。


(何で僕なんだ?)


「あの…何でこの話を僕に?」


僕がそう聞くと槙原さんは眉間に皺をよせた。


「そうだな。新人ライバーである君の露出を増やしBright Futureプロジェクトの一員として印象付けたいから、というのが1番の理由だ。それと…」


何かを言いかけて槙原さんは何かに躊躇するように目を伏せる。


「…いや、何でもない。それが目的かな」


それきり彼は口を閉ざす。その様子に僕は違和感を覚えたが、槙原さんが話し出す様子がないので思っていた疑問を投げかけた。


「司会は僕1人でやるんですか?」


僕が尋ねると槙原さんはテーブルの上にあったカップを手に持つ。


「一期生の洗井熊美が一緒に立つ予定になっている。彼女は話し上手だから何かあってもカバーしてくれるはずだ」


彼はまだ湯気の立つコーヒーを嚥下すると僕に目を向けた。


「最終確認だが…今冬のイベントに司会として参加するという事を了承してくれるか?」


その言葉に僕は大きく首を縦に振る。


「はい!よろしくお願いします…!」


立ち上がって歓声をあげたい気持ちを堪えながら、僕はコーヒーの入ったカップを持ち上げた。


(何て運が良いんだろう!こんなトントン拍子に行くとは思っていなかった。もしかしたら今回こそは…!)


膨らんでいく期待感を胸にコーヒーを啜る。


「あつっ!?」


舌を焼く熱さに声を上げると槙原さんが驚いたように目を見開いた。


「ササラ君、大丈夫か?」


「だ、だいじょうぶれす。ちょっと熱くて…へへ…」


そう言いながら僕は槙原さんに向かって曖昧に笑う。

彼の方へ視線を向けた僕は、槙原さんの後ろにある窓の景色に目が吸い寄せられた。


(…?)


窓の外には黒々とした雲が立ち込めている。


(さっきまで晴れていたのに)


そんな事を考えていた僕は、槙原さんの声に再び意識を室内に戻した。


「君が猫舌だとは知らなかった。今水を持ってこよう」


「そんな!本当に大丈夫ですから…!」


僕は慌てて槙原さんを制止する。

窓の外の景色の事はもう僕の頭の中から消え去っていた。





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