Vtuberシロスズランは眠らない

藍川誠

はじまり






『【訃報】当事務所のライバー、白鈴蘭が永眠いたしました』









何気なく覗いたSNSのタイムライン。

画像として貼り付けられたその文字列に目が釘付けになった。


「え…?」


思わず繁々と文面を読み直してしまう。


『【訃報】当事務所のライバー、白鈴蘭が永眠いたしました』


同じ文章を何度か読み直して、やっと内容を把握する。

僕は目を瞑り深くため息をついた。


(何だ、タチの悪いフェイクニュースか…)


強い不快感に自分の眉が寄るのが分かる。


(訃報デマとか、そういうのはさすがに駄目だって分かるだろ。

しかも蘭ちゃんが死ぬとか…冗談じゃない)


そのアカウントをブロックしようとタップして、僕はある事に気がついた。


(あれ…?)


そのアカウントは白鈴蘭が所属しているVtuber事務所…『Bright Future』と全く同じIDだった。


アイコンをタップする。

果たして、それは間違いなく『Bright Future』のアカウントだった。

本当に、間違いなく。


思わずカレンダーを確認する。

今日は2022年7月6日の水曜日。

エイプリルフールではない。


無言でタイムラインを遡る。

ファンたちが戸惑う声を漫然とスクロールしていた指は、あるアカウントの前で止まった。




-----------


[薔薇園まり]

あたしのバディであり親友の白鈴蘭ちゃんが天国へ旅立ちました。

正直、まだ現実を受け止められません。

心の整理が付かないので暫く配信はお休みさせて下さい。

ごめんね。


今はただ蘭ちゃんの安らかな眠りを祈るばかりです。


-----------





















白鈴蘭。

今をときめくバーチャルライバーで、僕こと笹崎拓也にとって大切な存在。

彼女にとって僕は一介の視聴者でしかないけれど、僕にとっての彼女は救世主であり心の支えだった。


彼女はいつも画面の向こうで笑っていた。

その鈴の鳴るような声が好きだった。

ふわふわした雰囲気にも関わらず頭脳派な所も好きだった。

お恥ずかしながらガチ恋していた。


彼女もいつかVtuberを辞める時がくるのだろうけど、それは遠い未来だと思っていた。

明日も明後日もその先も、彼女の笑顔に出会えるのだと僕は疑っていなかった。














あれから数日が経っても彼女が死んだという事実は覆らなかった。

僕が呆然と日々を過ごしている間にも粛々と事態は進行し、彼女のSNSアカウントは鍵がかけられ動画のアーカイブは大部分が非公開になった。

SNSでは様々な憶測が飛び交ったが、事務所から彼女の死についての情報を開示される事は無かった。






そして僕は今、夜の繁華街にいる。


「確かこの辺りのはず…」


ぎらぎらとネオンが光る道を歩く。

喧騒に身を竦めた僕は、とある路地に視線を吸い寄せられた。


「…?」


何の変哲もない路地。

でも何故だかそこに僕の望むものがある気がして、彩度の高い光から踵を返し暗い道を進んだ。

恐る恐る行く僕の後ろから不意に声がする。


「お客さん」


驚いて振り返る。

路地の壁に開いた扉から老人らしき人影が手招きしているのを見て、僕は瞠目した。


(さっき通った時はこんな扉無かった…)


立ち尽くす僕を見て目を細めた老人は嗄れた声で僕に尋ねる。


「お客さんかと思ったが、違ったかね」


その問いかけに僕は慌てて老人の元へ近寄った。


「あの、僕には生き返らせたい人がいて!

分かっているんです、死んだ人を生き返らせるなんて無理だって分かっているけど諦められないんです。

もうオカルトチックな物に頼るしかなくて調べて此処の評判を見つけました。

この世ならざる物を売っているお店があるって。

…彼女を生き返らせる事は出来ますか?」


早口で捲し立てた僕を眺めながら、老人は薄く笑みを浮かべた。


「それは、あんた次第だね」














「さて、好きな物を買っていくといい」


そう言って老人はカウンターの上の品物たちを示した。

古めかしいランプのオレンジ色掛かった光に照らされて、様々な形をした物体が鎮座している。


「好きな物って言われても…」


僕は困惑しながら何の用途に使うのか分からない器具にうろうろと視線を彷徨わせていたが、結局何も分からず老人を伺う。


「人を生き返らせるような道具…あります…?」


それを聞いて老人はある道具を指差した。


「身体だけ生き返らせればいいならコレさね」


「じゃあコレを…」


僕はその道具を手に取りかけたが、老人の言葉に引っ掛かりを覚えて動きを止めた。


「待って下さい、身体だけって…?」


老人は丁寧な手つきで懐から煙管を取り出すと乾いた植物のような物を先に詰めながら答える。


「中身は生き返らない。人形のようにそこにあるだけになる」


それを聞いて急いで手を引っ込める。


(僕は彼女に笑っていて欲しいんだ。身体だけ生き返っても意味がない)


「じゃあ…これは?」


僕が違う物体を指差すと、老人は煙管から吸った紫色の煙を吐き出しつつ鼻を鳴らした。


「それはお客さん向きじゃないと思うがね。人を呪う道具だ。まぁ、効果は保証するよ」


顔が青褪めるのを感じながら手を引き上げる。

途方に暮れながら僕はカウンター中央にある物体を指差した。


「これは…?」


その物体…飴色の球体を指差した瞬間、老人の目が鈍く光った。


「それは時間を巻き戻す道具だよ」


「時間を…巻き戻す…?」


「そうさ」


その言葉に僕は考えを巡らせた。


(時間を戻せば何かは出来るんじゃないか?

蘭ちゃんの死因も分からないし、いつ亡くなったのかも分からないけど時間を戻しさえすれば…)


視線を上げ、老人と目を合わせる。


「この道具について聞いて良いですか?」


僕がそう言うと老人は愛想良く笑った。


「他ならぬお客さんだからね。聞かれた事には答えるよ」


それを聞いて、僕は慎重に口を開いた。


「この道具について詳しく教えて下さい」


老人は飴色の玉を手に取りその表面を撫でる。


「この道具は"時の球"と言ってね。時間を戻してくれるんだ。

1つ、遡れるのは"今"から1年前まで。

2つ、戻れる回数は7回。

3つ、時の球を初めて使った年月に到達すると契約が終了。代金を支払ってもらう」


"代金"という言葉を聞いてごくりと唾を飲み込む。


「だ、代金っていくら払うんですか?」


老人は飴色のそれを撫でていた手を止め、僕の方を見据えた。


「代金とは言っても支払ってもらうのは金じゃあない。お客さんの"時の球で遡った期間の記憶"だよ」


「えっ!?」


僕は思わず素っ頓狂な声を上げる。


(時間を遡っても、それを僕が覚えていなかったら意味がないじゃないか!

何も出来ない、同じ行動を繰り返すだけだ!)


絶望したような表情で脱力する僕に、老人は薄く笑った。


「お客さん、早とちりしなさんな。言っただろう?『時の球を初めて使った年月に到達すると契約が終了し代金が支払われる』と。

代金は後払い。全て事が終わってから記憶は回収される。

とても良心的な話だと思わないか?」


それを聞いて僕は考え込んだ。


(この"時の球"を使用して過去に戻っている間は記憶が消える事はないのか。それなら問題はないのかな…?)


ぐるぐると長考する。


「決まらないようだね」


黙ってこちらを見ていた老人が口を開く。

その言葉に僕が曖昧な表情を浮かべると、老人は手に持った飴色の玉を懐に仕舞った。


「後も押しているしそろそろお暇させてもらうかな。お客さん、縁がなかったね」


嗄れた声。

それに呼応するように店の内装がぐにゃぐにゃと曲がりくねり正体を無くしていく。


その様子を見て僕はネット掲示板のある書き込みを思い出した。




-----------


○○にある繁華街にこの世ならざる物を売る店があるって話だけどさ、そのお店って一度の機会を逃したらもう見つけられないらしいよ


-----------



慌てて老人へ手を伸ばす。

僕は、彼女を…


「待って!待って下さい!」


夢の中のように足元が覚束ない。

すぐ近くに居るはずの老人がやけに遠くて僕は必死に声を張り上げた。


「買います!時の球、買います!」


そう口にした瞬間、老人がにやりと笑った気がした。

老人は飴色の玉を取り出すと、僕へ放る。


あたふたしながら玉をキャッチした途端、目の前がぼやけだした。


「契約成立だ。その"時の球"は念じるだけで効果を発揮する。

今からあんたを過去へ送る。上手く活用してくれよ。

今は[2022年7月24日19:03]だよ」


その言葉を聞きながら僕は耐えきれず目を閉じる。


「そうそう、その玉は傷付けないでくれ。それは〜…」


老人の声を聞きながら僕は意識を手放した。























「………」


狭い部屋。

切れかけた蛍光灯が点滅し、床にはごちゃごちゃと足の踏み場なく物が散乱している。


「…?」


目の前に置いてあるPCの画面には、透けるように白い肌に白い髪をした少女が映っていた。

彼女は輝くように明るい黄色の瞳をこちらへ向ける。


『こんすずー!花屋の皆んな元気だった?

Bright Future所属バーチャルライバーでスズランの妖精、白鈴蘭だよー!

昨日すこし予定を話したけど、この枠はゆるく雑談していこうかなって思っているよ。

よろしくね!』


そう話しながら柔らかく微笑む彼女。

ぼんやりとそれを眺めていた僕はハッとしてPCの日付を見た。


[2021年7月24日19:03]


食い入るように見つめてもその表示は変わらない。


(そうだ…2021年のこの日、僕はいつものように蘭ちゃんの配信を見ていた)


ふと手に重みを感じて下を見れば、そこには飴色の球体が鈍く光っている。


「本当に時間を遡ったんだ…」


信じられない気持ちで呟き、再び彼女に視線を戻す。

生ぬるい夏の夜の空気と彼女の笑顔がそれを現実だと告げていた。


指を握りしめ、彼女を見つめる。







(僕は蘭ちゃんに生きていて欲しい)





鈴のような声を聞きながら、そう強く思った。




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