ep.4-2 いいよね? ナイトプールで
週末のデート以降、ナナは様子がおかしい。
大抵のことは勢いと元気で押し切るようなタイプの子だったから、正直困ったし。何かあったのか聞いても、俯くばかりで明確なことは何も言ってはくれない。
学校でもそんな状態だったから、他のみんなにも変に思われただろう。
「……」
「……」
エタ・サンのリビングで、いつものようにくつろぎながらも――
俺たちは無言だった。
ナナはテレビに映るゲームの画面に夢中だし、俺は特に何をするわけでもなくタブレットを見ていた。
背中を向けたままの彼女の透けた白いシャツから、ブラのラインが見えてたりするけど。
それはいつものことだから、気にしないでおく。
――正直、俺も目の前にいる彼女が、まさか夏来さんの妹だとは知らなかったし、その事実に戸惑いがないわけじゃない。
ただナナはそのことはもうすでに知っていて、様子がおかしい理由はそのあとの電話のせいだろう。
堰を切ったように、スマホに向かって叫ぶ彼女は、らしくない姿にも思えたし。
それでいて、もしかするとそれが彼女なのかもしれないとも思ってしまった。
(……俺、ナナのこと何もしらなかったんだな)
義妹として受け入れてきたつもりだった。
実際、たくさんの時間をふたりで過ごしてきた。
それでも……夏来さんのことも、彼女の好きな映画のことも、デートをしてみるまで知らないことだらけだった。
だから、これからもっと話さなきゃいけない。
たくさん話をして、彼女の気持ちを知りたいって思う。
意を決して、声をかける。
「なあ、ナ――」
「……ねえ、にいさん!」
そのまえに、先に呼ばれてしまった。
「あー、えっと……なんでしょう」
「なんで、にいさんが敬語なのよ」
「いや。ごめん、なんか今になって夏来さんの妹であることを意識してしまって――」
「もぅ……。そういうのは考えなくていいですから」
そう言ってゲームを止めて俺へと振り向いた。
ここ数日落ち込んでたから、元気がないのかと思っていたが、その表情は穏やかで。いつもほどではないが笑顔を浮かべていた。
「あのさ、この前のデート、最後にちょっとあんな感じになっちゃったけど。楽しかったんですよ。だから、えっと。だから――あれ、うーん、うまく言えないんだけど」
「なんか、らしくないなー」
どこかもじもじと、言葉を選んで喋る姿はいつもの彼女らしくない。
「うっさいなー……。とりあえず……ありがとっ!! て言いたかったの。にいさん、自信もっていいよ、楽しいデートでしたよ」
「そっか。なら、よかったよ」
「うん。お姉ちゃんが惚れるだけはあるなーって、改めて思いましたよ。ね、にいさん」
(やけに褒めるな。照れるし、嬉しいけど……なんかまるで、これが最後みたいな言い方をするんだな)
「あのね――、実はわたし……ううん、やっぱりなんもない。ごめんね。まだちょっと情緒不安定っぽいや」
「ナナ……」
何かを言いかけて、それをやめたナナは、立ち上がり大きく背伸びをしてから玄関の前まで歩いていった。
「――アソシエイトじゃなかったら散歩のひとつでもするんだけどねー。エタ・サンの海、綺麗なんでしょ?」
玄関ドアの前で立ち止まって、わざとらしく明るいフリで声を出す。
ピロリロンピロリロンと、聞きなれない電子音が鳴り始めた。
それはどうやら、この家のインターフォンのようだった。
もちろん、この部屋に来客なんて来ることはないし、初めてのことだった。
「!? え? えっと……にいさん、これ開けていいのかな。てか、わたしで開けられるものなのかな」
急なことに慌てるナナ。
その途端、ガチャガチャとドアノブを回す音がした。
「どーも、女の子二人が来てあげましたよー! おどろいたっすか?」
「あの、こんばんわ、です」
玄関から入ってきた二人のキャラクター。
それは、里桜と音子ちゃんだった。
――音子ちゃんとちょーっと計画たててることがあるんだけど、協力してくれますか
そういえば以前から相談を受けていたことを思い出した。
Lv2イベントをクリアしたプレイヤーは、その相手のホームへと訪問することができる。その機能を使って皆で集まろうっていう内容だった。
その理由は、外に出られないアソシエイトのナナのためだ。
「え、えっ、里桜に、音子ちゃん?」
「ほえー、七海ちゃんのアバターってこういう感じだったんすねー。なんか、ちっちゃくて可愛いっすね」
「……バカにしてます? てか、音子ちゃんも結構小さいじゃん」
「ほーら、音子ちゃん。まずはちゃんと挨拶くらいしないと~……。えっとヒロには前に相談してたことだったんだけどね。七海、来週誕生日でしょ? せっかくだからリアルとは別にエタ・サンでもお祝いしたいなって思って、それで。来ちゃった」
フライングして、ごめんなさい。と付け加えて里桜は礼儀正しく頭を下げる。
「あー。なんか、ありがと……ね? ふたりとも。わたしが言っていいもんか、わかんないけど。あがっちゃって?」
ぽかんとしたまま、腑抜けた声でナナはそう告げる。
ちらりと俺のほうを見た彼女の間抜けそうな顔に、思わず吹き出しそうになった。
気恥ずかしさを隠せないのか、苦笑いを浮かべながら二人を招きいれる。
「わ、こんなレトロゲームやってる……。わざわざエタ・サンのポイントで購入したってことっすよねー。先輩もやるんですか?」
「いや、俺は……ナナのためだな。ポイント余ってたし」
「あー。へー……、七海ちゃんの意外な趣味。見た目同様子供っぽいっすね」
「なによ……!」
音子ちゃんがナナを弄ることなんて、リアルでは滅多にないんだが。
エア・サンの中では、どうやら違うらしい。
「ほら、音子ちゃんも七海も喧嘩しないの。じゃあ、パーティーをしましょうか。私と音子ちゃんの余りにあまってるポイントを使って……ね?」
「……へ?」
そう――里桜からの提案は、この俺のホームのなかで、音子ちゃんと里桜、そして俺のポイントを使ってパーティーをしよう、ということで。
どういったものにするかは任せていた。
すでにポイント移行は済ませていて、里桜が一括でまとめて購入をすることになっている。
「じゃあ、購入ボタン押しちゃうよ、いいよね? ナイトプールで」
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