すこし不思議な話の短編集

コクイさん

グリーシャの奥地に住むある部族について

自らの来歴に誇りを持つことにおいて、『巨人狩りの民』の右に出る種族はそういないだろう。


彼らは悠久の彼方、幾千年も前から朽ちた巨人の骸の上で暮らしている。

巨人の骸に今なお、かろうじて残る左鎖骨の辺りには『巨人狩りの民』の歴史が文章として刻み込まれている。

雨と風、そして時間。あらゆる要素によって風化していったその歴史を読み解ける者は、もはや『巨人狩りの民』の中には1人も残っていない。

彼らはただ、彼らの祖王たる人物が巨人を討ち、骸をその拠り所としたことをぼんやりと理解するのみである。


その伝説は代々、族長の身体に刺青という形で彫り込まれることになっているのだが、転写の技術に乏しいため世代を交代していくごとにその情報の質は劣化の一途を辿っていることが報告書にあげられている。

近年の研究では、「意図的に情報を欠如させているのではないか?」という仮説も立てられているが、それについては後述する。


『巨人狩りの民』はその生涯を墓の建設に捧げる。その姿をさして巣穴を拡張し続ける蟻のようなものだ、と形容するのはあながち間違いではないだろう。

もちろん、それは彼ら自身の墓ではなく、偉大なる彼らの祖王の墓である。

王の威光を讃え、彼の生き様を伝えること。

それが『巨人狩りの民』の生きる理由だった。

そういった事情から、繰り返される墓の改修はもはや祖王が巨人の骸のどの場所に眠るのか誰一人わからなくなっても続いた。

唯一の手がかりである鎖骨に刻まれた彼らの歴史にも、その場所は記されていないようだ。

現在では巨人の鎖骨を南に下った部分、心臓の辺りに突き刺さる朽ちた鉄剣を暫定的な墓碑として扱っている。

鉄を、あるいは剣をよく知る者ならば、その墓碑として扱われている鉄剣がせいぜい数百年ほど前に作られたものだ、ということにすぐ気がつくはずだ。

しかし、『巨人狩りの民』の誰一人としてなんの魔力も帯びていない鉄の剣が、何千年も前からその形を残していることに疑問を覚えた者はいなかった。

あと数百年もすればこの鉄剣は跡形もなく朽ち去る。

そうして、またいくつかの暦が巡り、鉄剣の存在も忘れ去られた頃にひょっこりと、祖王が身につけていた兜や、彼が使用していた盾が見つかるのだ。

彼らは新しく発見された、どう見ても過去の時代にそぐわない武具を墓標にしていつまでも墓の建設に勤しむ。


先述した「意図的な情報の欠如説」を裏付けるものは、こうした墓碑の扱いにも顕著に見られる。

ただ、その行為によって『巨人狩りの民』にどのような利点があるのかは不明であるため、引き続き注視していく必要がある。


ただ一つ明らかなのは、それが「偽りの歴史」であったとしても、自らの来歴に誇りを持つことにおいて、『巨人狩りの民』の右に出る種族はそういないだろう、ということだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すこし不思議な話の短編集 コクイさん @kokuisan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ