19:いざ、プラネタリウムへ



 夜が明けて、同行者たちとの集合時間。

 ビビとアグロは、万貨店の中の、巨大なからくり時計の前でみんなを待っていた。

 めいめい、それなりのストーリーがあったのだろう。

 フィズィは黄金に光るオートバイを手に入れていた。手を振りながらオートバイを押して近づいてくる。

 メットは被っていない。オートバイのボディに二、三体の干からびたタコがへばりついている。

「夜通しの死闘だったし。覚悟決めたら戦えるようになったんだ」

 フィズィはしなやかな腰を低くして、両手首を揃えたかと思うと、二枚の手のひらの中にエネルギーを集め、蛇型の波動弾を撃った。

 波動弾は人魂のように尾を引き、くねくねと宙を泳ぎながら、最終的に大きなカーブを描いて、立ち食いそば屋の看板を破壊した。

「まだ制御が難しいけど、ま、こんなもんでしょ」

 再び波動弾を撃つ。今度は蛇が五匹。五発の波動弾は密集しながら、かつ離れ、やはり宙を不規則に曲がり、最後に大きく弧をえがいて、立ち食いそば屋の客を襲撃した。

 一発は、コロッケそばを喰らっていた中年男性の心臓を喰い破り、一発は、天抜きを注文していた老人の心臓を抜き、一発は、鴨南蛮の鴨の少なさにイチャモンをつけていた不良の股関節を不能にし、一発は、カレーライスを注文したまま寝落ちしそうだった男の後頭部に炸裂して顔面をカレー漬けにし、一発は、朝四時から働いているアルバイトの胸に風穴を開けた。彼の持っていた湯切り道具がカラコロと転がる。

「ムッズ……制御まだムッズ」

「おい、なんだそれ」と一気に眼が覚めたアグロ。「夜のうちになにがあった」

「フィズィちゃん、強くなれてよかったね。でも、それどうしたの?」

 ビビはオートバイのほうにも気を配る。

 二人にきいてみて、とフィズィは言う。その背後からジャコとウィジャがついてくる。

 猫耳の少年ジャコは、棒に刺した丸焼きの巨大ウツボを肩にかついでいる。

「万貨店の中に海水が流れ込む洞窟があるとは思わなかったよ。ゆうべはそこでいろいろあったんだ。大きなタコを懲らしめたりとかね。実はね、ずっと三人で行動していたんだよ、ね、ウィジャくん?」

 ウィジャボードの怪異たるウィジャは、よろよろとよろめき歩いて、朝だというのに眠そうにしていた。

「……やってらんねーよ、もうね……」

 その光景を見て、ビビは心から羨ましそうだった。

「あなたたちったら、三人で、どこで、なにをしでかしてきたの?」

 しかし、それはまた別のお話。


 さあ、出発だ。五人はプラネタリウムをめざす。フィズィだけはオートバイで先に行ってしまうかもしれない。

 だが、アグロのそばには電動自転車がある。自分の力で得たアイテムだ。

 そのときクールルが来た。今度は下半身がちゃんとある姿で。

「……あああああああっ! お兄さん、いたいた! よかったあー!! 昨日はいろいろありがとう! プラネタリウムに行くんだよね。どうせなら私も連れてって! 連れて行きやがれください!」

 と言って、背広の姿に飛び込んで抱きついた。たわわな胸が押し付けられ、ひしゃげている。わざとかもしれない。

「お兄さんみたいな優しくて強い人、初めてだから……お兄さんになら下半身を貸してもいいかなって!」

 顔をひきつらせたフィズィが間髪容れずに突っ込む。

「……えーとさ、ビビちゃんがいながらにして、なにをしてたわけ? 行きずりでさ」

「ちがうんだ、ゴカイなんだ」

「ここ1階よ」

「誤解だよ。ビビに聞いてくれ。いっしょにいたんだ」

 ビビはクールルを警戒している。半眼を開けて湿った視線でねめつける。

「血の味に酔ったのね。きっとダンナさま、隙を見て血を吸われるわ。私がついていないと」

 そんなアグロはクールルに感謝され、おまけに惚れられている。

「あのう、あのう……! いっしょにプラネタリウムに行きたいなーって?」

「来るのは勝手にしたらいい……」

「キャッホー! 走って追いつきます!」

 彼はしどろもどろになりながらも、クールルにたずねた。

「今から行くプラネタリウムだけど、真野ちゃんって女の子を知ってるか? 知らないだろうな」

「知ってるよ!」

「え?」

 クールルはチラシをアグロの顔面に押し付けてゼロ距離で見せた。

「近い、近い!」

「真野さんって、このプラネタリウムの、星空案内人なんだって! 優しくていい子そうだよね!」

 アグロはチラシを手に取って点検する。

 満天の星を映した二色刷りのチラシ。

 星空の図が描かれているが今月のものだ。また、今年起きるであろう天文現象の見ごろの日程も書かれてある。ということは最近刷られたチラシにちがいない。

 開館時間や料金のほか、星空案内人である真野本人によるメッセージも数行あったが、特に引っかかるものはなかった。

 ただ写真の真野は、口を結び、淋しそうにやや下を向いている。そこだけが彼は気がかりだった。



 *



 電動自転車を手に入れてからは、旅路に立ちはだかる難敵はいなかった。

 万貨店内の通路を自転車で疾走する。むしろビビたちがほかの客にとっての最大の邪魔者だったにちがいない。

 進路の前方にいる愚鈍な客は容赦なく轢いたし、後方から距離を詰めてくる追っ手は投擲された爆弾によって一瞬で灰になった。

 ここは爆裂万貨店―BURST STORE。

 まさに、狂い咲きボンバーロード。

 黒い壁の青い矢印が、すばらしいスピードで遠ざかっていく。


 プラネタリウムのフロアへ近づくにつれて通路は暗さを増した。最終的に完全な闇に閉ざされた。

 アグロは煙草の先端の炎だけをたよりにして暗闇の中をペダルを踏んでいくしかできなかった。ハンドルの中央部に備わっているライトにようやく気が付いたとき、二人は目的地のロビーに到着していた。

「先についていましたよ」

 とジャコが缶ジュースから口を離して言う。ウィジャは壁に寄りかかったまま眠っている。

 フィズィはオートバイに腰かけてなにか飲んでいたが、一息ついてから言った。

「クールルさんなら、そこらへんにいるんで」

「そこらへんって……」

 ロビーは就寝前の部屋のようなオレンジ色の灯りに照らされている。紺色の壁に星座のイラストが描かれているが、混雑する客たちの渦に阻まれて見えない。

 ロビーからプラネタリウムエリアに移動するためには、チケットを購入後にエレベーターに乗り込まねばならない。

 販売機からチケットを手に入れたはいいが、問題はエレベーターだ。

 エレベーターの周りは客、客、客のごった返しの芋洗い。客の背中しか見えないので、本当にそこに扉があるのかどうかも疑わしい。

 集団は押し合いへし合いのおしくらまんじゅう。エレベーターの扉が開いたらだれよりも先に箱へ乗り込みたいのだろう。横入りを画策する者たちの眼がいやらしく光りながら左右する。

 チン。

 どこか懐かしくも間の抜けた音で扉が開く。箱の内側は、まだ湯気の立ちのぼる鮮血まみれだ。血のしたたる臓物も壁に貼りついている。中から狼のようにすばしっこい影が飛び出てきて、あっという間に遠くへ去っていく。

 箱から出るのが遅れたどんくさい者は、待ち構えていた客に引きずり出された挙句、腕を引っぱられたり、歯が折れるまで顔を踏みつけられたりする憂き目に遭った。

 乗客の入れ替えが行われる。

 重量オーバーのブザーが鳴る。さらに争いが起きる。だれかが侵入すると、だれかが排出される仕組み。その繰り返し。なかなか扉は閉まらない。とめどない怒号。光る牙。時折、断末魔。

「この喧騒が好きだ」

 アグロは顔面に飛んできた返り血をハンカチで拭き取りながら、だれにも聞こえないくらいの声で皮肉を添えた。

「あるいは滅ぼされて当然の民度なのかもしれない」

 架空の星空を見たいやつがこんなにいたのか、なんて添えつつ。


 いっこうに埒があかないエレベーター前に終止符を打ったのは、突然現れた巨漢だった。

 ロビーの床をドシンドシンと踏み鳴らし、エレベーターの閉まる扉に巨大な両手を挟み込み、無理やりこじ開けた。

 そして中に乗った客をひとり残らず引きずり出して、投げ捨てた。中身を一掃すると振り返ってビビたちを招く。

 Tレックスだった。

「よお、また会ったな。久々にそのツラを拝めてなぜか涙がこぼれそうになったが、やっぱり引っ込んだわ。あのときはよくもやってくれたな! ……まあいいか。星、見てえだろ? さあ、今のうちに乗りな!」

「あーっ! チョコ屋のおじさんだ! ありがとう!」

 アグロは不審げに巨漢を見上げる。

「……いいのか?」

 Tレックスは胸をたたいた。

「今はこの、ひでえ混雑をいかにして抜け出すのが重要だろうが。たしかにお前らには散々痛めつけられたけどよ……昨日の敵は今日のトゥモローって言うだろ?」

「小ボケを挟んできたな」

「でも、いいんだ。俺は、もう、気にしてねえんだ」

「ふむ。おれは気にしていることが、ひとつだけあるんだがな。『クアッカの心臓を移植した生命保険会社の営業マン』って何?」

「ごちゃごちゃうるせえ! はやく乗れ! そこの女も知り合いか? お、少年たちも乗るんだ」

 こうしてエレベーターに、ビビとアグロ、ジャコとウィジャ、Tレックス、フィズィ、クールルが乗り込んだ。

 まだ乗れそうなスペースがあったが、Tレックスが睨みをきかせたので、それ以上乗ろうとする者はいなかった。

 扉が閉まる。

 行き先はプラネタリウムの階だ。


 真っ暗な巨大神殿のような広さをもつ空間に、透明の細長い管が屹立する。エレベーターはその管の中を静かに降りているのだ。螺旋階段に取り囲まれながら。

 B1、B2……B7……B13……とエレベーターは降り続ける。

「地下かーい!」

 ビビ渾身のツッコミ。

「プラネタリウムなのに、地下!」

 だがみんなはひたすら押し黙っていた。

 途中で止まれる階はない。遥か底のプラネタリウムまで直通だ。



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