16:激闘!中華っていいよね編II
「ドラゴンに丸呑みされた次の日に、イエティにも丸呑みされるなんて!」
猫耳をへなへなさせてジャコが嘆いた。きっと彼がおみくじを引いていたらこうお告げが書かれてあったかもしれない。
争事……格上の者に騙されて喰われる
待人……意外な者と再会する
旅行……利あり ただし多大な徒労が
転居……何者かの胃へ転居する羽目に
金運……財布もろとも自身も喰われる
病気……健康 だが何者かに喰われる
五人はまだイエティの口中にいるが、嚥下まではされていない。
ビビが必死に爆弾を喉奥へと投下している。
イエティは怯んでいる。唇に力をこめ、口を開けようとしない。
巨大生物のすべてが丸呑み趣味をもつわけではない。イエティは食べ物を舌で味わい、自身のペースで咀嚼したいのだ。
イエティは五人を歯ですりつぶすために、器用に舌の先を使って五人を歯の上に乗せた。舌の先を歯の裏に当てて、逃げ場をふさぐ。
上の歯の列が降りてくる。
まるで路上を行き交う歩行者の頭上に降りかかる鉄骨のように。
しかし、落ちてくる速さはスローモーションだ。
「来るぞ!」とアグロが叫んで、上の歯列に空いた一つの空間を指さす。「あそこの歯抜けまで走れ!」
「でも、狭い!」と走りながらビビが言う。
「五人は無理だ」ウィジャが弱気に言った。
ジャコだけが皆から背を向けていた。
「僕はあっちへ行きます。おかまいなく!」
彼は四つ足になって風のように駆け出した。尻尾もピンと立っている。
彼の目的地は、遠い遠い、下の歯列の奥歯だった。
そこにも一つだけ歯抜けがある。
間に合うのだろうか。
ジャコは最後にヘッドスライディングのような体勢になって歯抜けに滑り込んだように見えたが、そのとき上下の歯列がガッチリと噛みあい、彼の安否は知れないのだった。
歯抜けの中で、ビビたち四人が身体を寄せ合って、団子状態になり、息をひそめていた。
「ジャコぉ……死ぬなあ……」とウィジャの声がする。
彼にとってジャコは、一蓮托生の仲であり、唯一の友達でもある。
*
歯ぎしりが響く。噛んだと思ったら噛めていないのだから、イエティの困惑はおおかた想像されよう。
ジャコは潰されてはいなかった。歯抜けの空間で縮こまっている。
ふと隣の歯を見ると、歯の根元に黒い星型の模様がある。
海苔が貼り付いているのではない。
「これ……虫歯だ……!?」
覚悟を決めてジャコは思いっきり虫歯を蹴り飛ばした。
「とぅりゃぁーっ!!」
「グギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
痛みに耐えかねて、イエティが口を限界まで開いた。
五人は脱出。奇跡の再開。
無事でなにより。
しかしまた吸い込まれるにちがいない。ビビが爆弾を口の中めがけて投げ込む。
「これは古き良き悪魔の靴」とアグロが足を上げて、靴裏から仕込みニードルを出して高速回転させると、イエティはそのチュイイィィン……という音にトラウマがあるらしく怯えだした。歯医者さんっていやだよね。
あとはみんなでしっちゃかめっちゃかのタコ殴り。
「イエティちゃーーん!!」
撃破されたイエティのもとへ、ミーランが走ってきた。
料理の一皿も持っていないので五人はブーイングで迎えた。
「デカいだけで大したことなかったぜ。で、おれの《爆揚人生唇肉哀交》はまだかよ」
「俺の《殺人餃子暴徒大蒜》が先だろ? ダンスのネーチャンさあ」
「はあ、びっくりしたよ。《雪花玉液白魚馳空》が待ち遠しいや」
「アタシの何だっけ。《牡丹燕菜補陀落風》?」
「《ビーフカレー》まだかな……」
五人は催促する。
注文の品名を高らかにうたう。
ミーランは涙を拭いて、イエティから顔を背け、五人の客を睨む。
「イエティちゃんの、かたき……!」
突然、彼女は天井いっぱいまで飛び上がり、五人に襲いかかる。
まさかミーランがレストラン街最強の暗黒舞踏拳法の使い手だとはだれも知るよしもなかった。
空間を自由に舞う。バク転で驚かせる。相手との距離も自在に操る。
いつの間にか遠ざかり、いつの間にか近づいている。気が付くと鉄の拳でしたたかに打たれていた。
なかなか強い。
だれもがそう感じる頃には、事態は速やかに剣呑な状況に陥っていた。
ミーランはさらに棚に置いてあった火酒をラッパ飲みして、口から炎を噴き出した。
反撃を喰らわせようと接近すると、炎に顔面から焼かれてしまう。
五人は防戦一方だ。ミーランの攻撃を防ぐことだけにとらわれ、手が出せないでいる。
「イエティちゃんと、同じ苦しみを、あ、味わうのだ……!」
ミーランが口から噴いた柱のような火炎に、ビビは爆弾の導火線を近づける。
「着火してありがと。これあげるねーっ!」
投擲。
「なんの、効かないのだ!」
爆弾はミーランが取り出した布のようなものにぶつかったかと思うと、ひらりと跳ね返されてしまった。
「あ、あれ……? そんな……私がさっき工房で生み出した、超強力な新作の神経麻痺爆弾『ヒマワリングスマイルNo.2~あの頃の君へ』が、効かないなんて……!」
「残念なのだ! これは、天使印の『ヒラリーマント』なのだ! 槍も、拳銃も、投擲攻撃はいっさい効かない優れモノなのだ! これさえあれば私は鉄壁の女! 布なのに鉄壁! 鉄の女なのにヒラリーなーのだー!」
アグロが肩で息をしている。
「やれやれ……コイツにも天使文化の息がかかっていたとはな……」
それどころではなかった。
ビビがふりかえると、跳ね返った『ヒマワリングスマイルNo.2~あの頃の君へ』の爆発に巻き込まれて、息も絶え絶えな仲間たちがいた。
倒れたフィズィは顔をふさぐように、横にした腕を突き出していた。
「蛇が喰べてくれて、少し助かったけど」と言って微笑みながら眼をつむった。「マジで本当に来るんじゃなかった。素直にナンパされとくんだった」
「ビビちゃん……」とすこやかな笑顔を浮かべたジャコがあおむけで言う。「ヒマワリングって、本当に、何?」
そうして動かなくなった。どちらも安らかな顔をしていた。
ヒマワリングスマイルは、攻撃する対象に致命傷を与えるだけでなく、なぜか笑顔にしてしまうのだ。二人とも楽しい夢を見ているようだった。
ときおり瀕死の二人の唇からよだれが垂れてくる。神経が麻痺しているので、口が閉ざせないのだ。
「え……みんな……! 起きてよ……! そんな……私のせいで……こんなことになるのなら、爆弾の中に釘とか、薬物とか、ツツジの神経毒とか多めに入れるんじゃなかったっ……!」
ウィジャは壁で逡巡している。
冷や汗をかいている。足がすくんでいるのか。
ミーランはさらなる聖アイテムを装着。天使印の聖なるグローブだ。悪魔には顕著な効き目があるという。
近接技の乱舞にアグロまでジリ貧だ。煙草を取り上げられた上に、腹まで空かせているとあれば、ある意味では当然の結果。
「ぐっ……ビビだけでも、逃げるんだ」
「やめて……ダンナさま……!」
お腹を何発も殴られている。反撃も諦めている。振り向いて、姪の名前を呼ぶ。
「……おれの、《爆揚人生唇肉哀交》を、食べていいぞ……」
「ダ、ダンナさまー! わ、
それから彼は気を失ったかに見えたが、急に踊り始めた。
背広姿なのに、軽やかにステップを踏む。
「へぇっ……!?」
気が付けば、フィズィも加わってしなやかに身をよじらせダンスしている。片足で立ち、優雅に背を反らせている。どことなくコンテンポラリーダンスの趣がある。
ジャコは床に手をつき、低姿勢で激しく身体を回転させたり、脚を上げたりしている。ブレイクダンスだ。場所が場所なら拍手喝采だっただろう。
「……え、なによこれ!? みんな、どうしちゃったの?」
ミーランの恐ろしげな低い声が聞こえた。
「無理やり、踊らせたのだ……!」
ミーランとの勝負に負けると抵抗できぬまま踊らされてしまうようだ。
怯えてすくんでいるビビに、ミーランは一足跳びに近づいて、押し倒す。長い腕が顔を殴打していく。
「大好きなダンナ様とやらの前で、惨めな醜態をさらす気持ちはどうなのだ?」
動けなかった。
「実は私は、可愛い子の、腕を折るのが、だ、い、す、き……なーのだー!」
コキッ、ゴキッ。ボキッ! ……バキィッ!
「いッ……いたい」
苦痛に顔を歪めている。何度も何度も顔面に殴打を喰らう。
「うぅ……」
「この子は切断して、もち米を詰めたら美味しそうなのだ。翼ももいで、煮れば食べられそうなのだ。それまでに最期のひと踊りをさせてあげるのだ……」
ビビはなにかに抗っていた。抗っているが、身体が言うことを聞かない。
踊ってしまいたくなる。ボロボロの彼女にはもう抵抗する力が残されていなかった。
「やめろよ……」
少年の声がする。
「やめ……ろよ……」
ウィジャだった。
壁に立つ少年をミーランの光る双眸が射る。
「フフフ……まだ残っていたのだ……最後にずっと逃げ回ってる隠キャをシメて終わりなのだ!」
「……その子を、離せよ!」
せっかく救ってもらったのに、恩も返せなかった。
自分の見ているまで、全員踊らせてしまった。
くやしい。
これでいいわけがない。
いまこそ恩を返すときだ。彼は思った。
「……そんなん、たまるか!!」
ビビは満身創痍の盆踊りを始めていた。
傷だらけだからこそミーランの能力が介入してしまうのだった。
「い、いやぁ……っ! 私、盆踊りしてるーっ!? 浴衣も着てないのにっ!! ダンナさまゴメンね……私、ひとりで盆踊りしちゃった……そろりそーよかーぜ……ああ、祭囃子が聞こえてきた、幻聴かしら……どうして……手足が勝手に動いて……シャンコシャンコシャンコ、シャシャンがシャン……手拍子揃えて……シャシャンが……えええ、みんなも盆踊りしない? しようよ? ヨーヨー持って、りんごあめ持って……ひとりぼっちの盆踊りなんていやよ、いやーっ!」
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