第58話 たとえ貴方が地に落ちようと!!

 街道を行くと、その先にはビネルという街がある。

 以前、セヴェリとリカルド、それにデニスと、ユーリスに向かう際に一泊した街だ。

 その街に今まさに入ろうとしている馬車を、サビーナは発見した。

 間違いなくクラメルの馬車だ。クラメルの騎士服を纏った男が二人、馬車の周りを警護している。あの馬車の中にセヴェリがいるはずだ。

 街の入り口に差し掛かり、速度を緩めるクラメルの騎士達。サビーナは臆すことなく馬を走らせ突っ込んでいく。そして剣を引き抜くと、一人の騎士に狙いを定めた。


「ハアッ!!」

「ぐああっ!?」


 サビーナは騎士のうちの一人を、背後から斬りつけた。男は落馬し、もんどり打っている。


「な、なんだ、貴様は──」


 いきなりの奇襲に動揺しているもう一人の騎士。彼も倒さなければ、面倒なことになる。

 クラメルの騎士が剣を抜く前に、サビーナは彼の乗っている馬の首を剣で傷付けた。

 馬は驚き、嘶くと同時に大きく前足を上げる。


「っぐ、落ち着け……っ」


 しかし逃げるように走り出した馬に、騎士は地に振り落とされる。

 すかさずサビーナは馬から飛び降り、仰向けに倒れていた騎士の右肩をズドンと突き刺した。


「うぎゃああああああっ!!!!」


 その悲鳴を聞いて、馬車の中からもう一人騎士が現れる。

 不意を突いてやろうとその瞬間に剣を繰り出したが、素早く反応されてあっさりと返されてしまった。

 ギンッと当てられた剣が、腕までも響かせている。


「っく!」


 サビーナは飛び退き、そこから三歩下がった。その男は剣を構えたまま、惨状を確認している。


「お前が一人でやったのか」

「答える必要はないです! そこを避けて! どこかへ消えて!!」


 しかしそんな言葉でクラメルの騎士が引き退るわけもなく、サビーナににじり寄ってくる。

 サビーナはもう一歩下がり、転がっている男に向かって剣をギラつかせた。


「引いて! じゃなければ、この男を殺す!」

「やってみろっ!!」


 サビーナが本当に地に伏す男を刺そうとした瞬間、騎士はグンッとすごい勢いで迫ってくる。


「くううっ!!」


 ガキンッという強い音が響き渡った。

 襲いくる剣をなんとか受け止めたものの、その力の差にサビーナの顔は歪む。

 剣を弾かれぬようにどうにか受け流しながら、一歩一歩後退するサビーナ。

 徐々に馬車から遠ざかってしまう。


 このままじゃ、ダメだ……ッ

 どうにかしなきゃ……


 ふとリックバルドと対峙した時のことを思い出す。

 あの兄は丸腰でも悠々とサビーナに勝っていた。

 それはたとえ丸腰でも、相手の懐にさえ入れば勝機はあるということだ。


 ヒュン、と相手の剣がサビーナの目の前を通り過ぎる。

 サビーナはその剣を己の剣で受けることはせずに、避けた。

 次の太刀も、その次の太刀も。

 サビーナは物凄い集中力を発揮し、その剣を見極めて避け続ける。


「ッチ! ちょこまかとッ!!」


 そう言って振り下ろされた大振りの剣を避けると同時に。


「ッハ!!」


 サビーナは騎士が戻るより先に懐に入り込み、その胴を掻き切った。


「ぐはあッ!?」


 相手の血が勢いよく地面に叩きつけられる。

 男は前のめりにガガッと倒れるも、その剣は手放していない。


「き、きさまぁ……」


 まだ起き上がりそうな騎士にサビーナは恐怖を覚え、その両方のアキレスを容赦なく切った。


「ぐあ!! ぐあああああッ」

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 サビーナは肩で息をしながら男を見下ろす。男はさっきまでの勢いをなくし、苦悶の表情を浮かべている。

 ようやく戦意喪失した男を確認すると、サビーナは馬車の中へと急いだ。


「セヴェリ様!!」

「っひ!!」


 馬車の中には、セヴェリともう一人の男がいた。騎士ではない。恐らく御者だろう。サビーナが一人目の騎士を倒した時、中に逃げ込んだに違いない。

 サビーナは男を無視してセヴェリに近寄った。


「……サビーナ」


 驚きの声を上げるセヴェリ。

 サビーナは彼を拘束する腕の縄を、剣で切り外す。


「私と一緒に来てください!!」


 サビーナがそう手を差し出すと、彼はゆっくりと首を振った。


「貴女まで咎人にさせるわけにかいかないのです」


 こんな時にまで優しい笑みを向ける彼に、サビーナは力の限り叫ぶ。


「たとえ貴方が地に落ちようと!! 私は決して貴方を見捨てたりはしません!!」


 すると彼は困ったように、悲しそうに、でもどこかほんの少し嬉しそうに。

 緑青色の瞳をサビーナに向けた。


「苦労を、かけますよ」

「承知の上です!!」


 そんな苦労ならばいくらでも我慢できる。

 彼のためならば、いくらでも。


「……ありがとう、サビーナ……」


 セヴェリの謝意を聞いて、サビーナはほんの少し微笑む。

 しかし、もたもたしている暇はない。

 サビーナは御者にキッと目を向けた。


「ひ、ひいっ」

「馬車を出して! 今すぐ!!」

「は、はひいぃっ」


 御者は慌てて出ると同時に手綱を握る。


「ど、どこに行けば……」

「南西へ! 街道沿いは行かないで、魔物が出てきたら教えて。飛ばして!!」

「はひいっ!!」


 ガクンと馬車が揺れて走り始めた。

 気持ちはまだ高ぶっていて、脳が煮えているのではないかと思うほど頭が熱い。


「サビーナ」

「セヴェリ様……」


 まだ逃避行はこれからだというのに、セヴェリの顔を見ると安堵してしまう。

 彼は返り血を浴びているサビーナの体をギュッと抱き締めてくれた。


 ほっとする。

 恐らく、互いに安心感を得ている。

 泣いている場合ではないが、涙が溢れそうになる。

 それがなぜだかは、わからない。

 彼はなにも聞かずそうしてくれていた。


 そうして馬車の中で抱き合い、一時間が過ぎただろうか。


「す、すみません……後ろから、騎士が来ているようですが……」


 御者の声に、サビーナは急いで外を覗く。

 確かに騎士だ。しかもあれは、オーケルフェルトの騎士服。クラメルの騎士も何人か混ざっているようである。


「急いで!! 逃げて、早く!!」

「む、無理です! これ以上は……っ」


 サビーナの胸はドクンドクンと波打ちながらも、後ろを確認する。

 もう、顔が確認できるくらいまで迫っていた。

 オーケルフェルト騎士隊の班長リックバルド、デニス、リカルド、サイラス、キアリカ。そして、隊長のシェスカル。

 グングン近付いたかと思うと、馬車の周りを囲まれる。

 御者は速度を落とし、そしてついには馬車を止めてしまった。

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