第11話 ……余計な事するんじゃなかった……

「サイラス……サビーナに、なにをしたんです」


 いつも温和なセヴェリが怒気を纏っているように見えるのは、気のせいだろうか。しかし問われたサイラスは飄々としている。


「別になにもしてないですよー。ね、サビーナちゃん?」


 求められる同意が脅しにすら聞こえる。今ここでサイラスに襲われたと言ったらどうなるだろうか。彼は謹慎処分を受けたり、降格になったり、最悪騎士職を辞さなければならなくなるのだろうか。

 そうなるのはまずい。今、謀反反対派であるサイラスに抜けられてはリックバルドが困るだろう。

 サビーナは、ギュッと己の手を握り締めた。


「あの………なにも、されてません」

「では、なzwあなたは泣いているんですか」


 セヴェリに問われて、サビーナは急いで涙を拭い取る。


「違うんです。誰でもいいからしたいだなんて言った、私が招いたことなんです。それに、本当に彼にはなにもされてません!」


 これは本当だ。すごく怖くて脅されもしたが、まだキスもなにもされていない。

 嘘ではないと伝えるために、サビーナはまっすぐにセヴェリの目を見た。もう震えは治まっていた。


「本当、なんですね?」

「本当です」


 瞳をじっと見つめてくるセヴェリ。サビーナは黙って瞳を見つめ返す。そしてしばらくすると、セヴェリはハッと息を吐き出した。


「わかりました。とりあえずはあなたの言葉を信じます。サイラス、あなたには後で詳しく話を聞くので、そのつもりでいなさい」

「はい」


 セヴェリの言葉にサイラスは真摯に答えていた。そしてセヴェリは視線をサビーナに戻す。


「立てますか、サビーナ」

「は、い、大丈夫です………」


 と言ってはみたものの、なぜか足に力が入らない。どうにかして立とうともがいていると、体がフワッと宙に浮いた。


「きゃっ………え??」


 唐突に抱きかかえられてしまい、サビーナは戸惑った。人生で初めてされたお姫様抱っこは、感動するよりも驚きの方が大きい。


「あなたの部屋まで運びます」

「え、いいです、歩けますから!」

「立てもしないのに、なにを言ってるんですか。いいから黙っていなさい」


 男の人とこんなに密着したのは、父親とリックバルド以外には初めてだ。顔が勝手に紅潮し、どうにか距離をとろうと体を外側に移動しようと試みる。しかしセヴェリに抱き直されてしまい、余計に密着することとなってしまった。

 サビーナの頭が、セヴェリの肩口に置かれている。斜め下から見上げる彼の顔が至近距離過ぎて、頭が沸騰してしまいそうだ。密着している箇所が互いの体温で、熱くさえ感じられる。彼が急いで歩くたびに、体が上下に動き、すり寄せられた。

 セヴェリに抱きかかえられたまま、屋敷を移動してサビーナの部屋まで来る。途中、何人かにすれ違ったようだが、恥ずかしくて顔を上げられなかったので誰だったかはわからなかった。

 室内に入ると、サビーナは己のベッドの上に乗せられる。そこでようやく、セヴェリの顔をちゃんと見ることができた。

 彼は珍しく眉を寄せ、少し難しい顔をしてこちらを見ている。


「………どうして、すぐに声を出さなかったんです」


 セヴェリが部屋に入って、最初に言った言葉がそれである。


「え……?」

「あなたを探していたんですよ。サービスワゴンが廊下に放置されていては、気になるのも当然でしょう。どうして連れて行かれそうになった時に、声を上げなかったんですか」


 責めるように問われて、サビーナはセヴェリから目を逸らす。


「その……声が、出なくて……」

「……サビーナ、本当になにもされていないのですか?」

「はい、それは本当です!」

「ファーストキスも奪われていない?」


 その問いにコクリと頷いて見せると、ようやくセヴェリはホッと息を吐き出した。


「良かったですね、あなたの夢が潰されずにすんで」

「は……はい……」


『お花畑の真ん中でロマンチックなファーストキス』というのを、セヴェリは信じて疑っていないらしい。いつの間にかその噂は、『脳内お花畑のサビーナは、誰でもいいからキスしたい』に変わってしまっているようだったが。


「今日はもうゆっくり休んでいなさい」

「いえ、そんな、病気でもないのに………!」

「いいから。一応、あなたの兄であるリックバルドには報告しておきますよ。あまり大事にはしたくないので、口止めはしておきますが」

「は、はい」

「それでは」


 最後にセヴェリは目だけを流して、部屋を出て行った。それを確認して、サビーナはベッドから起き上がる。今度はしっかりと立つことができた。

 思わぬ休日となってしまったが、元気に歩き回ることはできないため、昨晩の小瓶を手に取る。そしてリンリンという音を確かめると、コルクの蓋をキュポンと開けた。

 このコルクに穴を開けて細い組紐を通せば、綺麗な音(ね)のアクセサリーになるかもしれない。やることもなく、本を読む気分でもなかったので、サビーナはコルクをくり抜いて細い紐を通した。そしてアデラオレンジの種の入った小瓶をつけて、それを眺める。


「……寂しいなぁ。色でも塗れば、可愛くなるかな」


 しかし絵の具は持っていないし、絵心もない。考えた挙句、布に刺繍をしてそれを瓶に貼り付けることにした。一応、針と糸はここに来る時に母親に言われて持ってきている。ボタンを付け直す時くらいしか出番はなかったが。

 サビーナはアデラオレンジをイメージして、刺繍をする事にした。が、なにせサビーナには、刺繍の基礎がない。適当にグサグサ刺していたら、ただの緑地に黄色の水玉模様になってしまった。そしてそれを瓶の大きさに合わせて裁断し、のりで貼り付ける。なにもしないより可愛くはなったが、満足できる品物ではない。

 さらにサビーナは、その小瓶を振ってみて、愕然とした。布を巻いてしまったせいか、リンリンという綺麗だった音色が、なんだかカカカカンという微妙な音に変わってしまっていたのである。大失敗だ。


「……余計なことするんじゃなかった……」


 時間を掛けて失敗作を作ってしまった徒労と言ったら、筆舌に尽くしがたい。サビーナはそれを机に置いたまま、ドサッとベッドに寝転がった。能のない自分にうんざりする。その前に、サビーナには努力とか根気とかいうものが、まったくないわけであるが。

 自分に嫌気がさしていると、いきなり扉が開かれた。びっくりして飛び起きると、我が物顔で部屋に入ってくる人物がいる。


「ちょっとリックバルド殿ー、ノックはすべきでしょう!」

「構わん、こいつの部屋は俺の部屋も同然だ」

「うわぁ……サビーナちゃん、かわいそー……」


 兄のリックバルドと、先ほど襲ってきた張本人、サイラスであった。

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