第4話 キアリカさんは相変わらずお綺麗で

 暇ができると、サビーナはまた鍛錬所へと向かった。

 中に入るとファナミィがサビーナを見つけて手を振ってくれる。しかし駆け寄ろうとするも、ガタイのいい男に阻まれてサビーナはぶつかる直前で急ブレーキをかけた。


「おい、先に隊長に挨拶するのが筋ってもんじゃねーの?」


 そう言ったのは、隊長本人である。大剣を振るうための体は大きく、羽ばたく大鷲を見るかのようにサビーナは彼を見上げた。


「シェスカル隊長……」


 彼は隊長という役職ではあるが、まだ三十二歳だったはずだ。その口はむくれるように少し尖っていて、サビーナを目で見下ろしている。

 サビーナはゴクリと息を飲み、隊長に深く頭を下げた。


「も、申し訳ありません……っ」


 そう言うと、シェスカルはむくれっ面を一転してニカッと笑い、


「ハハッ。ま、いっけどなっ」


 と、サビーナの下げた頭をグリグリと撫で回した。こういうのはなんだが、慈しみの心を表現するかのような撫で回しだった。不快感は、全くない。


「じゃ、サビーナ、俺が相手してやるから、適当に剣を持って来いよ」


 嬉しそうにニカニカしながらそう言うシェスカル。前回、キアリカが言った通りになってしまった。とてもじゃないが、隊長であるシェスカルに相手をしてもらえるほどの腕前ではない。


「いえ、あの、わざわざシェスカル隊長にお相手頂かなくても、組んでくれる人がいますので……」

「なるほどな。俺じゃあ力不足ってわけか」

「ひ、ひぇええっ! そんなわけではッ」


 青ざめて、必死で首やら手やらを左右に振る。シェスカルを力不足などと言える人物は、このオーケルフェルト家にはいまい。

 しかし、「イシシ」と嬉しそうに笑うシェスカルの頭を、ボカッと殴る者がいた。


「っい!?」

「シェス、サビーナに手は出すな」


 はぁー、と大きな溜め息を吐きながら言ったのは、もちろん兄のリックバルドだ。シェスカルは殴られた後頭部を、両手で抱えている。


「いってー、出してねーだろ?! まだ!」

「……まだってことは、手を出すつもりだったな?」

「っう!!」

「いい加減にしろ、そんなだから嫁に逃げられるんだ」

「あー、ったく、ほっとけってのっ」


 シェスカルが苦笑いしながら言った。どうやら彼はバツイチらしい。サビーナにとっては、どうでもいい情報だったが。

 サビーナがシェスカルに会ったのはオーケルフェルト家に来てからだが、シェスカルの人となりはリックバルドに聞いて知っている。年の近い二人は、入隊時分から切磋琢磨してここまできたのだそうだ。

 剣術の腕前は同等という話だが、シェスカルの方が視野が広く、そして意外にも勉強家で知識も見識も高い彼の方が隊長に抜擢されたらしい。リックバルドはシェスカルが隊長になることに異存はなく、スムーズに決まったそうである。


「けど、リックが妹を中々見せてくれなかった理由がわかるな。こんなに可愛いと、そりゃあ箱にも入れて置きたくなるぜ」

「まったく、本当にお前達の目は節穴だな。このジャガイモの、どこをどう見れば可愛いなんて言葉が出てくるんだ?」

「……お前は極度の面食いだからな……素朴な子には、素朴な子なりの可愛さがあんだよ。わかってねーなぁ」


 シェスカルは「リックの言うことなんか気にすんなよ?」と言いながら、わしゃわしゃと頭を撫でてくる。素朴と言われ、喜んでいいんだか悪いんだか、サビーナは曖昧な笑顔を向けた。

 しかしサビーナの頭を撫でるその手を、リックバルドがはね退ける。


「サビーナに触れるな、と言っているんだ。汚染される」

「あ、ひでー」

「これだから会わせるのをずっと避けていたんだ。お前は素朴専門だからな……」

「うっせ、面食い男」


 面食い男と言われたリックバルドは、ギロリとシェスカルを睨んでいる。これは割と、真剣に怒っている顔だ。

 リックバルドは怒らせると怖いので、サビーナは少し後ずさった。しかし睨まれた張本人は意にも介さず、ヘヘンと笑っている。それが癇に障ったのか、リックバルドは負けずに言い返し始めた。


「フン、マイナーな素朴専が」

「面食い男」

「素朴専!」

「面食い!」

「素朴専っ!」

「面食いっ!」


 なんとも不毛で情け無い言い争いをしているところに、サイラスが嬉しそうに乱入してくる。


「いやー、素朴ちゃんも美人ちゃんも、どっちも最高じゃないですかー!」

「「オールマイティ男は黙ってろっ」」


 二人に同時に怒鳴られたサイラスは、ヘラヘラと笑っている。この状況をどうすればと半眼で見ているところへ、ようやくキアリカが来てくれた。


「いい加減にしてください、シェスカル隊長!! リックさんも隊長の安い挑発に乗らないでください、情けない」

「キアリカさん、僕はー?」

「オールマイティ男は黙っててっ」

「はいはーい」


 キアリカにキッと睨まれたサイラスは、やはり嬉しそうにヘラヘラ笑っている。とにかく女の人と関われるのが、楽しくて仕方ないらしい。

 キアリカはそんな男達を見て、長い息を吐いてからシェスカルを見つめた。


「いいですか、サビーナは私の班で面倒を見ます。うちのファナミィと仲良くやれそうですし、隊長が出張るのはもっと彼女が成長した後にお願いしますっ」

「へーへー」


 キアリカにビシッと言われたシェスカルは、つまらなそうに明後日の方を見ながら頭を掻いている。

 キアリカに「行きましょう」と手を引っ張られ、ようやくそこから抜け出すことができた。


「助けてくれてありがとうございます、キアリカさん」

「いつものことよ。シェスカル隊長は戦場では有能なんだけど、普段は面白がって自分から乱すようなところがあるから。リックさんは割に短気だし、サイラスが絡むとさらに面倒なことになるし」

「た、大変ですね……」

「普段はリカルドが抑えてくれてるんだけどね。今リカルド班とデニス班は遠征中だから」


 リカルドとデニスは、お茶を出した時くらいしか接触したことはないが、リカルドは見るからに真面目な青年で、デニスは悪ガキのように笑う美形だったと記憶している。


「デニスさんも止める側なんですか?」

「そんなわけないでしょう、あいつは乱す側! 腕は立つけど、馬鹿な美形ほど手に負えないものはないわ」


 手をパタパタと振って辛辣に批評するキアリカを見て、サビーナは彼女に同情するしかなかった。しかしそのキアリカの少し怒った横顔は、文句のつけどころがないくらいに美しい。面食いな兄が付き合ってきた女性の中でも、一番と言えるだろう。

 だからこそ、わからない。なぜ二人が別れることになったのか。もしかしたら、キアリカの方から別れを切り出されたのだろうか。


「どうしたの、サビーナ」

「い、いえ、キアリカさんは相変わらずお綺麗で」

「あら、ありがとう」


 これだけ美人だと、綺麗と言われることに慣れているのだろう。簡単に礼を言い、ニッコリと微笑みを返せるほどに。

 対してサビーナは、可愛いと言われると舞い上がってしまったり赤くなってしまったり、そんなわけないと疑ってしまったり。お世辞とわかっていても、こんな風にありがとうと微笑んで返してみたいものだ。可愛いと言われる機会など、滅多にないのだが。


「サビーナ!」

「ファナミィ、お待たせ!」


 ようやくファナミィのところに来られたサビーナは、仕事が入るまで楽しく鍛錬をしたのだった。

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