第3話 じゃあ、どなたかお願いします
セヴェリの計らいもあり、サビーナは剣術を習いに鍛錬所に顔を出すことになった。
話は既に通っていて、騎士達はサビーナを受け入れてくれる。
「いらっしゃい、サビーナちゃん! みんなで首を長くして待ってたんだよ〜」
真っ先に迎えてくれたのは、長く伸ばしたライトブラウンの髪を、後ろで縛り上げているサイラスという男だった。
オーケルフェルト隊は五班で構成されている。全体を指揮する隊長を筆頭に、五人の班長らが隊員を取りまとめているのだ。
このお軽い感じのサイラスも、実は班長という役職を担っている人物である。
そのサイラスがサビーナを見て、目がなくなるんじゃないかというほどニッコリと微笑みを向けてくれた。
「いっつもお茶を淹れてくれる天使が、剣術を習いに来るって聞いた時には、狂喜乱舞しちゃったよ!」
「ええ? て、天使って……」
思わず熱くなった顔を押さえると、ボフンと頭に手を乗せられた。見上げると、そこには不機嫌顔のリックバルドが息を吐き出している。
「のぼせるな。天使のわけがないだろう。こいつは女を見ると、口説かずにはいられない病気なんだ」
「病気って、ひどいなー、リックバルド殿。サビーナちゃん、可愛いじゃないですか!」
「ジャガイモみたいな顔の女を可愛いと言い切るお前の病気は、目にあるのか? それとも脳か? 一度医者に診てもらえ」
「じゃ、ジャガイモって……リックバルド殿、いくら実の妹でも言い過ぎでしょー!!」
サイラスが汗を飛ばしながら反論してくれていたが、実はジャガイモと言われるのは慣れている。
リックバルド曰く、ジャガイモのようにそこら中にゴロゴロとしている、十人並みの顔という意味らしい。別に顔の造形が悪いというわけではないとの主張だったので、サビーナは気にしないようにしている。
ふと見ると、サイラスの実の妹という言葉に引っかかったリックバルドが、目を広げて事実を口にした。
「ああ、言ってなかったか? 俺とサビーナに、血の繋がりはないぞ」
「え、ええ?! じゃあ、どういう関係なんですか??」
「俺の母親とサビーナの父親が再婚しただけだ。だから兄妹ではあるが、血の繋がりはない」
「なるほどぉ、それで似てないんですね。サビーナちゃんの髪は、綺麗な深緑だもんなぁ!」
そう言うとサイラスは、サビーナのセミロングの髪を肩口で触れてくる。彼の手が少し頬に触れて、サビーナの胸は勝手にドキリと鳴って意識してしまう。
「あはは、かわいー」
眉を下げて笑うサイラスを見て、サビーナの顔は熱くなる。ちょっと異性に触れられたくらいで、意識して赤くなってしまう自分が恥ずかしく、情けない。男慣れしていないのだから、仕方ないのだが。
「おい、サビーナ。こいつには本当に注意しておけ。サイラスに処女を散らされたメイドは、数知れん」
「やだなぁ、リックバルド殿、人聞きの悪い。そんなにはいないですよ〜」
サイラスの言葉に、サビーナは後退りした。
そんなにいないって、何人かは認めてるってことじゃないの?
彼の手から深緑の髪が離れていくも、サイラスは気に止めるでもなく、ニコニコヘラヘラ笑っている。悪い人ではないのだろうが、どうもこの笑顔は苦手だ。
「さて、そろそろ鍛錬を開始するか」
「サビーナちゃん、僕が手取り色々教えてあげるからねー!」
「わざわざ個人レッスンをする必要はない。適当にやらせておけ。どうせ来客が来ればすぐ抜けなければならんのだ」
「いやいや、やっぱり基礎は大事ですから! この僕がしっかり手取り足取り!」
「基礎なら俺が既に教えている。お前はこっちだ、来い」
「えー、そんなーっ! サビーナちゃぁあん」
リックバルドがサイラスの首根っこを捕まえて、ズルズルと引っ張っていく。
その姿を苦笑いで見送った後、サビーナは適当な模擬剣を手に取った。そしてみんなの邪魔にならないよう、隅っこで自主トレーニングを行う。メイド服のまま素振りをするのはかなり恥ずかしいが、本職をおろそかにはできないので仕方ない。
メイド服のスカート丈は自分で選べるため、サビーナは膝丈にしている。素振り程度ではそうそうめくれることはないはずだ。
そんな風に思いながら素振りを続けていると、一人の女性が近づいてきた。
「一人じゃやれることも限られるでしょ?良かったら、私の班の女の子と組んで鍛錬してみる?」
「キアリカさん」
金髪の美女キアリカが気軽に話しかけてくれたが、サビーナは目を伏せた。
「でも私は、皆さんとは違って片手間にやっているようなものですし……」
「気にしなくていいわ。女の子が剣を握ってくれることが嬉しいのよ。やっぱりまだ、女には厳しい職場だしね」
そういうキアリカは、オーケルフェルト隊始まって以来、女性で初めて班長という立場を手中に収めた人物である。
美しくてスタイルが良くていつも自信に満ちているキアリカは、〝強勇の美麗姫〟という二つ名まで持っている。そのキアリカ班には女性隊員が多く集められているが、他の班に負けず劣らず、勇猛な班で有名である。
「キア! そいつのことは放っておけ!」
遠くから、リックバルドの声が響いてきた。そんなリックバルドにキアリカは一瞥をくれただけで、すぐにサビーナに視線を戻している。
「まったく、リックさんはわかってないわよねぇ。一人だけメイド服で剣を振っていたら、恥ずかしいじゃないの。ねぇ?」
「ええ、まぁ……」
「気兼ねすることはないわ。女同士ですもの。男には頼みづらいこともあるでしょう? 特にリックさんは、女心がわかってないから……」
キアリカは、少し息を吐きながら横目でリックバルドを追いかけている。当のリックバルドはもうこちらには気にも止めず、己の班の隊員をしごいていた。
実はキアリカは、リックバルドの元恋人なのだ。
何度も家に遊びに来ていて、いつかは姉になる人だと思っていた。強くて格好良くて、優しいキアリカのことが大好きだった。
キアリカもサビーナのことを本当に可愛がってくれていて、互いに姉妹になるのが待ち遠しいと話し合った仲である。
ところがどうしたわけか、突然二人は別れてしまった。リックバルドに聞いてもなにも教えてはくれず、キアリカに聞く勇気は出なかった。
しかしこうして見ていると、二人は昔のまま「キア」「リックさん」と呼び合っているし、別れたからと言って関係がめちゃくちゃになることはなかったようだ。お互い班長という立場もあって、自然に接しているのだろうが。
「サビーナ、組む相手は決めておいた方がいいわ。今日、隊長は他の班を連れて出てるけど、あの人が戻ればまず間違いなく、自分が相手をすると言い出すに決まってるもの。隊長、若い子が大好きだから……」
そういうとキアリカはこめかみに手を当てて、溜め息と共に首を左右に振った。女好きや、女心がわからない男達と一緒に仕事をする女性というのは、苦労する代表例と言えるだろうか。
キアリカの気持ちを察したサビーナは、今度は首を縦に振る。
「わかりました。じゃあ、どなたかお願いします」
そういうと、キアリカはファナミィという女の子と組ませてくれた。年が近く、剣の腕もそう変わらない彼女と、他の隊員からみっちり仕込まれる。
途中で来客の知らせがあり、サビーナは礼もそこそこに仕事に戻ることとなったが、とても充実した時間だった。
本格的にやるとなるとめちゃくちゃ厳しいのだろうが、本職が別にあるおかげかスポーツ感覚でやれるのがいい。
久々に、真剣でチクの木を斬りたくなってしまった。しかし、もしもそんなところをセヴェリに見られでもしたら、また大笑いされてしまうに違いない。
サビーナはうずうずとしつつも己の仕事をすべく、サービスワゴンにティーセットを用意するのだった。
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