第140話 その白き尾は九つに破れて
六条館
「もう、後戻りはできないか?頼賢。」
「なにを今更・・・もう戻れないですよ。義賢兄者が死んで、私が坂東に出兵した時点で義朝兄者との決裂は決定的になり申した。」
「そうか、もう後には引けんか・・・」
為義は肩の力をぬいてため息をだす。
「義朝は敵、義賢は鬼籍、義憲は坂東に下ってから消息を寄越さん。頼賢、お前は次期棟梁として此度の戦乱は指揮を取れ。」
「そ、それでよろしいので!?ち、父上は隠居にはまだ・・・」
「私はどうせ、崇徳院や左府の近くに控えて動けん。」
頼賢には青天の霹靂である。
こんな軽々しく譲れるほど河内源氏嫡流の棟梁は甘くない。第一に頼賢自身は自分の実績の無さを痛感している。
「敵とはいえ、義朝兄者と義賢兄者には下向して勢力基盤を構築している点で影響力も実績もある。しかし、都からろくに動けない私にはその力はありませぬ。私には荷が重く・・・」
「その功をこの戦乱で得るのだ。」
「ち、父上・・・。」
棟梁としての厳しい言葉に聞こえる。
しかし、頼賢はその言葉の中には諦めのような投げやりな感じがした。
「分かりました・・・そこまで仰るならばこの頼賢、粉骨砕身致しましょう。」
「うむ、励め。」
(父上は・・・もう、疲れてしまわれたのか。)
頼賢はその場を下がるしかなかった。
「・・・。」
為義は誰もいない縁側で古き時を反芻した。
(どこから拗れてしまったのか・・・。)
二人の少年が若き日の自分に戯れていた。
「義朝・・・義賢・・・。」
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源氏館
「あの頃に戻れたらどれだけ幸せであるか。」
(武士という性はこの為だけの時は憎くてしょうがないのう。)
「私は我が父と我が兄弟とこの戦で雌雄を決しなければならないのか・・・」
「義朝様・・・。」
「・・・由良、少し出かける故留守を頼む。」
「はい。」
(最近は本当に浮かない顔・・・。)
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「常盤。」
「義朝様・・・。」
「二人は・・・元気か?」
「ええ、最近は夜泣きが・・・。」
「そうかそうか、身体に堪えるが元気なのはいいことだ。無理はするなよ。」
「はい・・・。」
常盤は義朝に身を寄せた。
そして、傍らに抱かれた二人の子。
今若丸とそして今年・・・
既に乙若丸が誕生していた。
ーーー
「・・・」
(こ、これは・・・)
「既に御棟梁には隠し子が二人、しかも女中の常盤が身分を隠しておるとは・・・。」
(とりあえず、朱若様に伝えるとするか。打ち明けるのは若様が適切な機会を考えてくれるだろう。)
ひとつ、静かに気配が消えた。
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「んで・・・義康、これからどうする?」
「まずは、近くまで接近を試みなくてはならないからな。皇女様を上手く誤魔化してお近くに控える機会を得よう。」
(ということはつまり・・・この皇女を丸め込まないといけないのかぁぁぁぁ・・・。)
かなり面倒くさい上、至難の業である。
(だが、その好奇心を利用すれば・・・活路はある!)
「物の怪退治には皇女様の御母様の協力が必要不可欠なのでぇす!だからお願いしゃす!!!加えて御本人には気づかれないようにってことは絶対条件で!!!」
「え?お母様が・・・?う〜ん・・・厳しそうだけど面白そうだしぃ・・・何とかやってみるわ!」
(やっぱり好奇心に負けたよこの人・・・。)
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「いい!いいわよ・・・もっともっと壊す!あはははははははははははッ!!!!」
「今度は誰を狙う気かしら?」
「!?お、お前は・・・ッ!?」
髪を男の様に結い上げ、巫女服のような装束に帯刀。
直接的な関わりは無い。
ただ、悪意も悪意なりに脈々と受け継がれる。知った事のある忌み嫌うべき敵であった。
「貴様はぁ・・・『影』か!」
ピクリと眉が動く。
「この世界線でその名は御法度よ。今は『仙女』とでも読んでくださいな?」
「くくく、まぁいい。貴様自体は相当な脅威だが、直接事に手を下せない貴様は怖くない!せいぜいそこで見ていろ!ははははははははははははッ!!!!!」
仙女は悪趣味な笑いを見せる悪意をしばらく見つめていた。
「ふ・・・」
そして、吐き捨てるように笑いがこぼれる。
「な、何がおかしい・・・。」
「ふふふ、あなたはわかってないわね?私は確かに直接手を下せない。だけどね・・・」
背後の回廊が騒がしい。
なにかがドタドタと近づいてくる。
「私と同じ意志を持つ者はその限りでは無いって事よ!」
「ん?ここどこ?」
「こらこら!すぐ迷子になる・・・ってええッ!?なんですとこれは!?」
少年たちの眼前には藤原得子の姿をした何かが禍々しい瘴気を発していた。
「こ、これは・・・」
「なんちゅう、禍々しい・・・」
ドサッ・・・!
背後でなにかが崩れ落ちた音。
「お、お母様・・・?お母様なの?そ、そんな・・・。」
実母の荒れた姿を娘は受け入れきれないのは当然である。なぜこの大きな隙を見逃すというのか。
「貴様の母親がまだ抗っていてなぁ?お前を害して心を壊せば御せるかなぁ!!!!!????」
背中から現れた九つの尾それぞれから紫炎が弾け出す。
「なッ!?、危ない!」
(しまった!出遅れたッ!)
このままでは間に合わない。
・・・と思った次の瞬間、
「あらよッ!」
パシッと背中が浮く。
「は・・・?」
何故か少年は間に割って入るように目の前にはアツアツの炎が滾っていた。
(何してんだお前ぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?!?!?)
「うおぉぉぉぉぉぉ!?!?!?!?!?」
(ダメだぁぁぁ・・・避けられないぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・泣)
ボフッ・・・!
炎を被った。
「あちちちッ!?あちあちあちちちち・・・あちあちあちあちあち・・・???熱くない・・・なんでッ!?」
燃えたはずなのに全く熱くない。
「き、きさまぁ・・・何をしたッ!」
「ふっふっふ・・・。」
仙女は怪しく笑って見せた。
「背中に貼ってあるそれ、確認してみたら?」
「ってああ!?破魔の札!?」
「破魔ってのはねぇ、妖そのものを消すだけじゃないってことよ。」
しかし、1人だけここにその状況を許せない者がいた!
「おおいッ!?!?!?だったとしても俺を突き飛ばしやがったな?この野郎!?」
「え〜?どうせ死なないじゃないのよ?ほら!サプライズよサプラ〜〜〜イズ!」
「お前・・・少し黙れ!!!っていうか、『サプライズ』なんて言葉なんで知ってんの?」
彼女自身が言っていることが正しければ、仙女は確かに理を超越している存在だが、未来人では無いのだ。サプライズなんて知るはずがない。
「あ〜、これは私の古い知り合いで・・・こんな感じで都合の悪い時に大抵の人は驚くことをやると喜ぶっていう流れにしとけば大概は乗り切れるって言ってたからさ。」
「知識の偏りが酷過ぎる・・・。ていうか『サプライズ』のほんとの意味知らねぇのかよ・・・。」
少年はこの仙女に現代語を仕込んだ人間の常識を少し疑ったことは言うまでもない。
「そちらでごちゃごちゃしてる間にこっちは大分出来上がってますよ!」
義康の忠告が飛んで我に帰った。
「私の・・・私のお母様はどこにやったの!」
「そろそろ私がその自我を塗り替えるのだ。その後に貴様も黄泉へ送ってやるさ!」
「そ、そんな・・・。元に戻す方法は・・・」
「オラッ!!!」
朱若の不意の一太刀を躱しつつ彼女は余裕を浮かべる。
「おおっと?この身体を傷つけようもんなら、この人間ごとお陀仏だぞ?いいのか?ふははははは!!!!」
「まじかよ・・・ッ!」
「厳しい・・・ですな・・・。」
(こういうのは倒して追い出せるもんじゃないのか!?)
こちらの常識やイメージは通用しないらしい。
「ん〜〜〜。」
「な、なんだよ・・・。」
場違いにも仙女は唸るようにこちらを伺っていた。
「いや、昔凄腕の陰陽師の面倒見てたからその時の術使って引き離そうかなって。」
「おいお前・・・なんでもありか!?」
「それはない。」
「?」
ピシャリと打ち切った。
「彼女は憑かれた時点で大量に生命力を奪われているわ。かなり寿命は減ってるの。全て救えるほど神様じみたことは決してできない。」
(なんか、妙に説得力あるな・・・。)
彼女がまさにその状況をくぐり抜けてきたかのような顔が雄弁に語っていた。
「・・・そうか。」
「それは今はいいわ。目の前に集中しなさい。それと・・・」
朱若と義康の刀に何かを貼り付けた。
「これは・・・紙?」
「こんなものが一体何に・・・」
「それは紙刀の元になる紙よ。破魔の呪禁が付与されているわ。これで妖を斬りなさい。」
「くそぉ・・・いきなりの異能バトル展開に驚きを隠せるわけないだろぉが・・・」
「まぁ、何を言っているのか分からないけど考えすぎずに行きましょうよ・・・我々にとっては理解しようとする方が今はまずいと思いますよ!」
「準備しときなさいよ。ほらッ!引き剥がす・・・わよッ!」
仙女は紙刀で五芒星を描いた。
「な、なんだ・・・うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!?!?!?!?!?」
彼女からみるみると瘴気が溢れ出す。
「ようやく・・・全貌が見えたわね・・・」
瘴気はやがて、彼女の傍に収束し、身体がふたつに分かたれた。
「お母様ッ!」
ひとつは傍らに倒れ込んだ藤原得子その人。
そしてもうひとつは・・・
「白く、禍々しい鋭い目・・・背後で九つに大きく分かたれた尾・・・こんな妖が・・・」
聞いたことある逸話。
「まさか・・・玉藻の前の話が!?」
その風貌、まさに妖狐なり。
「まじかよ・・・ッ!
九尾の・・・狐、いや大狐ッ!!!」
「おのれぇ・・・ここで貴様らの命を決してやるッ!!!」
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どうも、綴です。
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