第112話迸る戦慄
「なんだとっ!?
義平様が出陣した・・・!?」
突然、亀ヶ谷館が騒々しくなった中で朱若達家来衆にこの事が伝わったのは義平が出陣して三十分後だった。
「小次郎!義平様はそなたの策に合点しておったはずではなかったのか!?」
景義は小次郎の策に納得を示す義平のこの行動に理解が出来なかった。
「確かにあの時義平様は納得していました。しかし、それをいきなり覆すとなると・・・」
待機して慎重に落とす策からこのようないきなり過ぎる出陣。
小次郎には一つの心当たりがあった。
正しく自分達と同じことを義平が考えている場合だ。
「義平様も奇襲をもとから狙っていたのかもしれません。」
「ぐぬぬ・・・、どうにかして朱若様が起きて指示を仰ぐまでには間に合わせたかったが・・・。」
「戦ですか!!!いくさ!いくさぁ〜!!!」
横で両手を広げ喜ぶ季邦はなんとも呑気なことか。
「ともあれ、所属ゆえ、儂らも出ねばなるまいのう。この場を纏めるのはお主次第じゃ、景義。如何する?」
「・・・っ、戦しだくをしてください・・・。」
悔しげな顔で渋々絞り出した声で景義は決断を下した。
ーーーーーーーーーーーーーーー
カチャカチャカチャ・・・
鎧が運ばれ着込まれる際の擦れる音が屋敷を埋め尽くす。
既に一同は鎧を着込み馬に乗らんとしていた。
「ん?小次郎、そなた戦準備は如何した?」
「あの、景義殿。某ここに残ろうと思います。」
「参謀のそなたが居れば心強いのだが・・・」
首を横に振って小次郎は辞退する。
「私は朱若様が目覚めた時に傍にいなくては、主のあるがままの行動を手助けは出来ぬではありませぬか。」
「そうであるな。もし、朱若様が目覚めた時は・・・あの方のことを頼むぞ!」
「はい!」
小次郎が返事をしたところで用意された栗毛、黒毛、白黒の色々な毛並みを持つ馬に跨り轡を踏んでいた。
「行くぞ、景義。」
「ええ・・・ん?義隆殿。その背中・・・」
義隆のところを見た際に鎧で覆われているはずの背中に目がいく。
「この柄か?実は大庭にて新調したのじゃ。前に龍の夢を見てのう・・・。それにあやかって我が背の掛け衣に施させてもらった。」
その背には水面を静かに、そして優雅に舞う龍が宿っていた。
「なるほど・・・我らの背には龍の御加護があるのですな。これは心強い。」
「そうじゃな。まずはこの戦が勝利に終わることを願おうではないか。景義、号令を頼む。」
「ええ。」
景義は馬上で兵たちの前に進みでる。
彼らは朱若の領地にいる百姓たちの志願兵だ。
朱若の領地、雪ノ下には兵役が存在しない。
実の所本当はあるにはあるのだが、あくまでも志願して戦職業の専属兵たちと言ったところで、志願してくれたもの達は兵として召し抱え、日々武芸の訓練を行っているのだ。
(ただの農民を屈強な兵に変えると言った朱若様には最初に驚いたものだが・・・まさか、我々が最初に率いることになろうとは・・・。是非とも勝って朱若様に強さを知らしめましょうや!)
「皆の者!これより我々は先に出陣された義平様に続き、大蔵館にて秩父重隆を討つために出陣するッ!床に伏しこの手で戦を決められぬ朱若様の無念を心に刻み覚悟を決めろ!主に勝利で恩を返すのだ!行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「「「おおおおおおおッ!!!!!!」」」
朱若の兵たちは税を免除されている。
それに耕作して税を納めなければならない家族ですら自分たちが充分に支給される飯を同じように腹いっぱい食べれている。
それは一重に朱若による農業改革の開花であった。
米の安定供給がより促進し、代わりとなる野菜が数種類も豊かに育っている。
税に苦しむ百姓が多い中で雪ノ下の百姓だけは常に飯に溢れていたのだ。
それを理解する兵たちや百姓はとても士気が高く結束力も尋常じゃない。
そして繰り返すがずっと彼らは訓練してきた。
理屈から最強と言わしめんほどの一軍が輝きを放つ様が見られるまでそれほど時間は残されていないのかもしれない。
「我々に勝利を!朱若様に勝利を!!!」
「「「うおおおおおぉぉぉぉ!!!!!」」」
揺れる地響きとともに勢いよく亀ヶ谷館を飛び出していった。
ーーーーーーーーーーーーーーーー☆
「うう・・・。」
全部無駄であった。
反芻する家族たちの悲劇。
再び暗き虚空の中で朱若の嗚咽は止まらなかった。
(俺のやってきたことは・・・なんだったんだ?)
考えていると運命に操られる自分の様は滑稽で湧き上がるかつてない怒りの衝動が溢れ出す。
「クソッ!クソクソクソクソクソクソクソクソクソクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
拳を地面に叩きつけ血を吹いていた。
「・・・。」
目の前に誰かの足が見えた。
微動だにしない。
自分を待っているのだろうか。
今更なんだ。
馬鹿馬鹿しい。
なんとやら吹き込みに来たのか。
そんな憶測を巡らすだけで誰かも知らない人間にさえ腹立たしい。
「なんだよ・・・お前ッ!誰なんだよッ!」
「・・・。」
「ああ、そうか。なんも言わねぇか。馬鹿にしにきたんだろ?心の中では何もなし得なかった俺を散々馬鹿にしあがってさぁ?」
「なぁ・・・君。」
「うるさい!お前は俺に関係な・・・」
「いつまでここにいる気だい?」
「え・・・?」
突然話しかけられたと思ったらその人影はそんなことを言った。
「いや・・・だって俺はここから出られるわけ・・・」
「違う、そうじゃない。ここで起きた立ち上がるか全てを投げ出すかは君次第だってことだ。」
「だからって・・・ッ!なんでお前がそんなことを知ったように言えるんだ!お前は誰なんだッ!」
怒りのままに眼前の人影に顔を向けた。
「え・・・。」
紫の衣に特徴的な赤い太い線で施された袖縁。
髷を結んだような冠と右手には
「割とさ、真剣に向き合うのはいいけどさ?そこに変えたいという意思は押しつぶされちゃいけない。何かを成す人間って言うのはね?どんなに挫折しても愚直に貫き通す奴なんだよ。」
「あ、あんた・・・は?」
「僕のことかい?そうだね・・・?君たちの呼び方で言うと・・・上宮聖徳法王?いや違うな?」
自問自答しながらも名を模索している彼を見ているとだんだん自分の身体が白く発光し出していることに気づいた。
「なんだ・・・?これは・・・」
「おや?君の中には既に答えがあったじゃないか?なんだ?私が出る必要なかったかなぁ?まぁ、いいか。これで救われる人間が増えたと思えば、ね?」
どういうことか全く分からなかった。
しかし、どうやら不思議と心は晴れ晴れしていた。
重苦しく背負われた気分いつも間にか何処吹く風。
(俺は・・・吐き出したかっただけ、だったのか?)
ふと、数年前に話を聞いてくれた姉の顔が頭に浮かぶ。
(今度、京都に戻ったら沢山お菓子を買っていかなきゃな・・・。)
「まぁ、君も人生頑張りな〜。僕みたいに働きすぎると五十になる前に死ぬぞ〜?」
他人事のように手を振って既にさよならを済まそうとしていた。
「あ、おいっ!まだ聞いてないぞ!お前の名前!誰なんだ!」
「あれ?そういえばまだだったか?」
そういう間にも朱若の視界はどんどんその人影をぼやかしてゆく。
「あ〜、もういいッ!間に合わない、どっかの誰かさん。とりあえず、ありがとうッ!」
投げやりに言った礼に人影の顔は満足そうに微笑んだ。
「ふふふ・・・最高の言葉だね?やはり言葉は人に良薬だよね?ああ、そう僕の名前なんだけど、君たちの所では・・・ってあれ?」
人影が辺りを見渡すとそこにはもう迷える少年はいなかった。
「あちゃ〜、生きてる時も説明が長くて回りくどいなんて怒られたよね?ううん、せっかく『聖徳太子』って思い出せたのに・・・。全くなんだい?このくすぐったい呼ばれようは。」
後世の人間もなかなかやってくれたと太子は笑った。
「さぁ〜て?次の迷える子ども達はぁ〜と?別次元で1201年に、親鸞君?えーっと救世観音様からの依頼?まぁ〜たあの人も人使いが荒いなぁ〜。」
静かな虚空にはしばらく賑やかな愚痴が流れていた。
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「ッ!?」
急に覚醒して上半身が伸びあがった。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」
(おれは・・・ずっと寝てたのか。)
「あ、ああッ、朱若様ぁぁぁぁぁぁ〜!!!」
「九無・・・看病してくれてたのか?苦労かけたな。」
ガラガラガラ・・・どさ・・・ッ!
「あ・・・朱若様!」
扉を開けて朱若を見た小次郎は思わず手に持っていた水桶を落としたがすぐさま主のもとに跪く。
「お待ち・・・しておりましたッ!」
「ああ、待たせたな。ところで小次郎?」
「なんでしょう?」
小次郎は返す。
「兄者は?」
「出陣・・・致しました・・・。」
「そうか・・・。」
(やっぱり史実通り奇襲だったか・・・。)
ゆっくり朱若は立ち上がる。
「お待ちください!まだ休んでいっては・・・。」
「ごめんな?九無。今からは俺がやらなくちゃならないんだ。自分の手で・・・さ?」
「何処に向かうのですか?」
「勿論、大蔵館だ!急ぐぞ!時間はもうほとんどない!」
(この戦・・・俺が運命を決めるッ!!!)
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あなたの夢にもいつか、『あの人』が悩みを聞きにやってくるかも・・・?
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