第66話その未来を黒潮に託して

「ふほぉっふほぉっ、久しぶりですな。朱若殿。」


「ああ、久しぶりだな。爺さん。」


「ふほぉふほぉ、初対面の時とは打って変わって砕けておられますな。」


この曲者感しかない宮司の老人は朱若の外祖父で由良の父、藤原季範。


「貴方の前では逆に取り繕う方が大変だよ。ならあえてあんたのように笑顔で端的に話した方が色々省ける。」


「ほう、これはこれは我が孫ながら成長が末恐ろしいですな。」


「大袈裟に言っても怪しいだけだ。」


顎髭を撫でて笑みを絶やさないところがまた何を考えているの分からない。


「そのふてぶてしさはやっぱり熱田神宮(ここ)の宮司が院近臣的な立ち位置だからか?」


「さぁ、どうでしょう?」


これ以上詮索したらまるで老人でもいじめているかのような無垢な返しをされる。


「もう埒があかんしその話はいいや。爺さん、本題といこうか。」


「孫の為ならばなんなりと聞きましょう。」


今度はあながち偽ってもいなさそうなので単刀直入に告げることにした。


「熱田の船である島を探して欲しいんだ。」


「船を貸すなら問題ないのですが、これはまた島ですか・・・。どのような島なので?」


船までならと言うならやはり交易関係の話とまでは踏んでいたのだろう。やはり、とても頭が回る。


(やっぱり、島を探せって言うのは流石に斜め上の話だったろう。)


「その島は薩摩を越え、さらに多禰国(たねのくに)(現在の種子島)、掖玖(やく)(現在の屋久島)、阿麻彌(あまに)(現在の奄美大島)よりもはるか南西にある南国の島・・・。」


「はて?聞いたこともありませんな。その暖かき島を欲するのは如何に?」


「まずはその暖かさで育つ特有の植物を得ることだ。」


「その植物の有用たる根拠は?」


季範の目が真剣な商人の目になってきた。貴族に近い立場でありながらこの熱田が港町として栄えているのは、柔軟な対応力を持つ彼の子孫が興すことになる藤原千秋家の血ゆえなのだろうか。


(そんな人間には喉から手が出るほど欲しくなる利益を目の前に吊り下げるのが商人の心を動かす常套手段だ。)


「その植物が生み出すのは砂糖・・・。」


「!?だとするならば、市場にかつてない旋風が起きますぞ。」


砂糖は当時では大陸からの輸入に依存し、大変高価な代物だった。


興奮するあまり震えて口を引き攣らせている。交渉は不慣れだが流石にあの読めない外祖父がここまでだと畳み掛けるしかないと思った。


「左様だ。そこを最初は熱田の専売にしたとしたら・・・?」


仮定を踏まえてその未来を相手に想起させる。この話にはデメリットはないが、本来ならこの時点で物事のデメリットが見えずらくなる。秀逸な精神操作だ。


「・・・。我らの不利益が不気味な程ありませんな。」


(手強過ぎだろ・・・。)


いや、院近臣として磨かれた百戦錬磨の宮司には効かなかったようだ。


「ふほぉふほぉ!やはり朱若殿は年端もゆかないのに末恐ろしい!見事にやられましたな。その話・・・乗りましょう、いえ、是非とも我ら熱田にやらせてくだされ。」


「なんか一本取られた気分で癪だが・・・決まりだな。」


握手を交わした。


だが、季範は一つだけその真意には気づくことが出来なかった。


(なぜ、砂糖のことに関して軽々しく・・・。私が親族だから問答無用に船を貸すと普通なら思うはずだ。それなら砂糖の利益を独占できたことだろう。それをしなかったのは・・・)


考え込んでいる季範を見て朱若は勝利を確信する。


(どうやら守りきったみたいだな。俺の本当の狙いが、その島の位置にあるということに。)


「港に着いている船の中にそのような島に行ったことがあると申す者がしばらくしたら宋(そう)へ向かうためにその島を経由するそうです。」


家臣の神職の者が報告した。


「ちょうど良い、朱若殿。港へ行きましょうか。」


「そうだな。その人に頼んでみるか。」


港に出てみたところ荒々しい髭を蓄えた男が船の甲板で指示を出していた。


「おーい!宮司様がお呼びだ!」


「え?」


困惑した表情をした男に事情を説明したところ、


「はぁ〜!あの島はただの岩だらけで船のつけづれぇ厄介なものだと思っていたが、その様子を見て報告するだけでそんな褒美を弾んでくれんのか!?」


「ああ、情報量が多かったり詳細であればあるほどさらに追加してやっても構わないと思ってる。」


「いいぜ、そんなうまい話そうそうないからな!若様はあきんどの気持ちを掴むのが上手いとみた。念の為あんたに信頼を売り込んでおくとするよ。」


かなり好感触な返事とともに快諾してくれたのだった。










「意外とすんなりと行きましたな。」


夕焼けに照らされて出航する船を見つめて季範が呟く。

目の前に広がる海の黒潮があの島から流れている。


「あの島は・・・」


人々はさっきからあの島だのその島だの言いづらそうにしていた。


「そういえば、あの島呼ばわりだと言いづらいだろう?実は奈良に都があった時代に鑑真和尚が秋津洲(あきつしま)(日本で言う本州)の地を踏む前に記録で漂着した島がそれなんだ。その記録ではその島を南島(なんとう)、阿児奈波(あこなわ)と言った・・・。そしてまたの名をそれ以前に大陸の隋(ずい)ではこう呼んだ。」







朱若はまだ知らない。

その島がある重要な役割を果たすことに。






「流求(りゅうきゅう)と・・・。」



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