第20話暗躍開始
「あそこです、若様。」
足柄峠の風魔たちの隠れ家から見える麓の村まで降りて草陰から覗いてみると六十世帯はありそうな村の中で一際大きな屋敷が目に付く。
「あの大きい茅葺き屋根がここの郷長(さとおさ)(村を取り仕切る者)の屋敷か?」
「はい。あの屋敷の前で跪いているのが郷長(さとおさ)です。そしてその目の前にいるのが、、、」
九無の濁した口調からある程度察することができる。
「例の受領というわけか、、、。」
その郷長の目の前にいる綺麗に手入れされた水干(すいかん)を着けてふんぞり返るまるまると太った男がいた。
「くそぉッ!あんなやつなんかに俺たちはッ、、、」
風魔の子供達は歯をかみ締めて悔しがっている。
「小太郎、我が名において命じよう。あの受領を懲らしめることを許可する。但し殺しは無しだ。分かっているな?」
傍に控える小太郎は軽く頷く。
「な、若様!そんなことして大丈夫なのですか?」
三蔵が驚くようにほかの風魔の子供達も同様にこちらを気にするように視線を向ける。
「案ずるな。お前たちには源氏がついてる。俺がいる限りお前たちに咎めは届かせない。必ずだ!お前たちはもう俺に武士として召し抱えられた立派な坂東武者だ!俺も助け舟を出そう。だから、二度と坂東の民と武士を見くびらないように徹底的に恐れを植え付けさせろ!源氏の武者として、風魔党の華々しい初陣を見せつけろ!」
「はい!」
小太郎が傍から消え、子供達も小太郎の配置通りに動くために動き出した。
「朱若様。私から改めて言うのはなんですが、大丈夫と言われる確信があるのでしょうか。」
小太郎達に気を使ったのか風魔党がいなくなったあとに景義が訊ねてきた。
「景義の懸念はもっともだ。景義に確認するが受領を含めて今の日(ひ)の本もと(日本)の朝廷の地方行政については知っているか?」
「はい、一通り知ってはいますが改めてご教授願います。」
「結構だ。まず、景義の懸念は今の朝廷を実質的に牛耳っている鳥羽院(鳥羽上皇)が口出しをしてこないかだろう?」
「その通りにございます。」
「まず、今の朝廷は天皇が摂関家をはじめとする貴族の補佐の元政治を行う内裏(だいり)と父か祖父に当たる引退した天皇、つまり、太上天皇(たじょうてんのう)(上皇)が政治を行う院庁(いんのちょう)と二つの機関で政治が動いている。いわば、二頭機関政治だ。」
景義はかしこまるように朱若に続く。
「ですが、引退して自由に動けて天皇も頭が上がらない上皇の院庁が政治的効力を持っていると、、、」
「ああ、今みるべきは院庁の動きだ。」
ここでこの地方行政についてなんの関係があるという疑問が生まれてくるが真面目な景義はしっかりそこを見逃さない。
「まさか、その院庁にはこの暴挙に口出し出来ない後ろめたいことがあると!?」
「鋭いな。景義、院政はどのように始まり動いているか分かるか?」
知っているようでなかなか曖昧な部分の多い院政の成り立ちは流石に知り得るのは朝廷の貴族以上の高い階級の人々のみで地方武士などには普通は知る由もないことだろう。
「申し訳ありませぬ。詳しくは存じません。」
「院政をはじめた白河上皇(しらかわじょうこう)(鳥羽上皇の祖父)は貴族たちの収入源となっていた国司四等官(こくししとうかん)の職に目をつけた。国司と一言に言っても何人もいたんだよ。その中で例えば天皇の子どもである親王とか藤原氏とかの有力貴族はわざわざ現地に赴かないで国司の中で身分が低い中小身分の貴族に受領として任せるんだ。これを遙任(ようにん)と言うんだが、その納め先に年貢を納めたらあとは自由に自分の懐に入れることができるんだ。たまに納め先の貴族にさえも納めた量と書類の記載を誤魔化すこともするんだ。つまりとにかく貴族に金が落ちる。これに何度もなって私腹を肥やそうと考える輩もすぐにでてきた。」
「な、なんと言うか統治者の風上にもおけぬようなも者達ですな・・・。」
「まぁ、そういう酷い現状なんだ。当時は成功(じょうごう)と言ってな、中央貴族に賄賂を渡して国司に重任(ちょうにん)(成功によって何度も国司職に就任すること)しようとする行為が横行していた。
白河上皇はそこに院政を行い始めた頃に資金源不足の救済策を見出したんだ。」
「まさか、、、」
「院庁に成功の賄賂を受け取る代わりに内裏の天皇に圧力をかけてその者たちを国司職に任命させた。万々歳だろうな。任命させるだけで自分で手を汚さずに賄賂という名の莫大な資金が入ってくるのだから。恐らく陰ながら推奨させて、貴族達の暗黙の了解になっているのかもしれないな。勿論、源氏や平氏のように武士として著しい活躍をしたものに対しては例外で国司職に任じているがな。」
「院政の成り行きにそんなことがあったとは、、、」
だか、今のは院政の成り立ちを話したに過ぎないのである。
「納得するのはまだ早い。逆に上皇にしてみればこの資金源は天皇に政権をひっくり返される弱みでもあるんだ。明るみに出ることを極度に恐れる。だから、この受領から成功の証拠を吐かせて世に公開したとして万民に広まるが院庁は証拠を揉み消すだろう。しかし、院庁とて民衆の評判を無視できないだろう。最悪武士を遣わして鎮圧させようとしてもその告発した源氏が武士なのだから動くはずがない。つまりこの暴挙は弱みを守ろうとする院庁が最初から敗北してるんだよ。まあ、ほかの貴族とかは院庁に従う武士が怖くて出来んが、逆にその武士の俺たちがやるならそれを気にすることもない。」
かなり語ったが終始景義はしっかりと聞いていた。
(真面目な奴はちゃんと聴いてくれるから解説しがいがあるよな。)
朱若の思わぬ解説癖が露呈していることを露とも知らず長く考えた景義があることに気づく。
「しかし、ここぞとばかりに源氏を出し抜かんとして平氏が出てきたらいかがなさるのですか?」
(なかなか良いところつくな!問答とはこうでなくては!)
「大丈夫だ。その辺も抜かりない。今の平氏の棟梁である平清盛(たいらのきよもり)の祖父の平正盛(たいらのまさもり)がいただろう?それが白河上皇に対して上皇の愛娘の病気のお見舞いとして伊賀国(いがのくに)(今の三重県の一部)の広大な荘園を寄進したことを言えばいい。あれは白河上皇に対しての賄賂だと。それで足りんなら、平清盛は白河上皇の御落胤(隠し子)だから鳥羽上皇も気を使って平氏を重く用いているとか京都で噂を流せば院庁の面目を完膚なきまでに叩きのめせる。」
「み、見事な差配でござる!」
「まぁ、話の半分は真実かは微妙なところだけどな。それでも相手に撮って不都合なことには変わりないさ。」
景義も感嘆している。
「俺には兄者たちのような才能がないから使えるものを掻き集めて最高の方法で利用することでしか活路を見いだせない。景義も俺の基本的なやり口には今からでもゆっくり慣れていけ。お前にも俺の片腕として暗躍してもらうぞ!」
「ハハッ!喜んで!」
小太郎から合図が送られる。どうやら風魔たちの配置が完了し作戦が実行に移されるようだ。
「よし、始めるとしようか。これが日陰者の戦い方、既に前にも後ろにも動けない詰みの状態から始まる暗躍と言うやつをな!」
いきなり、国司の前に照優次(てるゆじ)が躍り出る。
手にはたくさんの石ころが握られている。
「クソッタレ、受領め!これでも食らってさっさと帰れ!」
「なぁッ!?この小童が!お前たち、あの小僧に常識というものを叩き込んでやりなさいッ!」
受領は茹でダコのように激怒する。
「クックックッ、あの受領の顔ッ!今にも顔の血管切れて自滅しちゃうんじゃないかぁ?」
「これ、朱若様!」
「わかった、わかってる。ちゃんと見届けるから!」
(いかんなぁー。景義は真面目過ぎていかん。もっとはっちゃけたらいいのに、、、。)
後ろに控えていた武士は六人。
対する風魔たちは小太郎は指示出しだけなので子供達のみの十人で海喜(うみのぶ)翁をはじめとする小太郎並の腕前を持つ山伏仲間の四人は周りの警戒と危ない時の救出を任せたので直接参加はさせない。
この初陣のコンセプトはあくまで子供達の成長と連携の練習である。小太郎達が加われば簡単に終わってしまうので意味が無い。
(多分小太郎達って下手したら俺TUEEEEになりかねない戦力だしな・・・ってなんかめちゃくちゃメタくない?)
そんなことを考えている間にも初陣は苛烈さを増してゆく。
照優次に三人がかりで襲いかかる武士。
後ろの武士達に搾り取った年貢を守らせているので、相手もまずまずの判断だろう。
(しかし、本当は守備を捨ててでも六人でかかるべきだったな。何しろ照優次はこの風魔の子供達の中で、、、)
「何っ!?」
「あっ、当たらぬぅ!?」
「こっ、これは、、、」
照優次に刀をかすられることの出来ない武士たち。
「俺の次に避けるのが上手い!」
上手く引き付けられた武士達の攻めあぐねを見て受領は後ろで年貢を守る武士たちに激怒した。
「お主らっ!何をしておるか。さっさとお前たちもあの小僧を殺せ!」
(せっかく的確な布陣をしたとしても指示を出す受領が無能なら指示出し一本で戦線が崩壊するな、、、。)
「今だ!年貢を抑えろ!」
三蔵の指示で子供達は一斉に飛び出し年貢を載せた荷車を急いで抑える。
「おい!そのガキに構うな!年貢を取り返すのじゃ!」
武士達は照優次から離れて年貢を守る子供達に襲いかかる。
「朱若様!ただいま義平様よりこちらの書状が!」
「危ねぇ〜。まあでも計算通り間に合ったしいいか!俺もそろそろ動きますか!」
「朱若様?」
景義は怪訝な顔をする。
「安心しろ。俺の暗躍は絶対に負けない状態から始まっているんだ。ちょっと手紙を送る癖がないズボラな兄者が書くのに手間取っただけだ。」
「それは何です?」
朱若の顔には澄み切った笑顔があった。
「見てのお楽しみだ!」
武士達は既に目の前まで迫っていた。
「くそぉ!是が非でも守り抜くぞ!」
「「「「「おうッ!!!」」」」」
太一が激を飛ばしながら小太刀で武士の刀を受け止める。
「舐めるなぁ!」
「ぐぅっ!」
鍔迫り合いでさすがに練度に違いが出てしまう。
ジリジリと追い詰められる。
ほかも同様だ。
「これまでかぁ!」
突如影が割り込む。
「グギィ!?」
「ブフゥッ!」
「ごがぁ!?」
一瞬で武士達が地面を舐める。
風魔たちの目に光が宿る。
この影に鍛錬でいくら叩きのめされたかは彼らにしか分からない安心感をもたらす。
「みんな、遅くなってすまん!
さあ、この暗躍を完成させるぞ!」
「若様が来たぞぉ!」
指揮の高ぶるままに残りの武士達に襲いかかる。
「こわっぱぁ!」
「今だ!」
太一が足払いをし、戻ってきた照優次が峰を打ち込んで失神させる。
ここに来て磨き上げた連携がほとばしる。
「きええぇっ!」
袈裟斬りの太刀が十鳶之助を襲う。
「あんたのより若様のほうが早かったぞ!」
朱若がしたように居合逆袈裟でいなして首筋をうって意識を刈り取る。
「いいぞぉ!十鳶之助の単独撃破だあ!」
三蔵が声を上げて喜ぶ。
「ひっ、ヒイイイイ!!!!」
受領は恐怖で倒れ込む。
「どうだ?どんな気持ちだ?搾り取れる家畜程度でしかなかった存在から死の恐怖を味わう気分は?」
「くっ、こんなことをして院が黙ってないでおじゃるッ!貴様ら全員打首じゃあぁッ!!!」
狂ったように喚く受領。
詰め寄る朱若には鋭い視線のみ。
「やってみろよ。今ここで。」
「な、なんじゃとぉッ!?」
「やれるもんならやって見ろよッ!!!」
「はひぃ!!!」
朱若は懐から書状を取り出して受領の顔面に叩きつける。
「グギィィッ!?」
「これは、俺の兄悪源太義平からお前に対する勧告状だ。お前には成功の形跡があってだなぁー」
義平の名を聞いた受領が震えあがる。
「なぁッ!?お主、、、まさか源氏のッ!?」
「さぁどうする?ここで搾り取った年貢を返して以後適正に年貢を取るか。ここで院の意向を受けた俺たちによって切られるか、、、。」
「そ、それは、、、」
「選べよ、、、選べって、、言ってんだろうがあぁッ!!!」
「ぜ、是非とも従いますう〜、、、、。」
朱若の覇気で受領は苦し紛れに返事をして倒れた。
「うわあああッ!!!!」
「ありがとう!若様!」
「ありがとう!」
「ありがてぇ!!!」
「暗躍完遂だな!みんなぁ!今日はご苦労だった!」
「「「「おおおおッッッ!!!」」」」
しばらくの間風魔党とこの騒ぎを見ていた百姓たちの歓声はやまなかった。
初めての暗躍は見事なまでに成功した。
ーーー
「むむむ、見事なまでの悪人面、恐れ入ります。拙者も練習すべきでしょうか・・・?」
「う、うっせぇ、ほっとけ!真面目かお前は!」
ーーーーーー
こんにちは、綴です。
なんか更新予約してて思ったのですが、
これからの話、、、しばらく盛り上がりに起伏が弱い、まぁ、かなり等身大でフラットな感じと言えばいいのだろうか・・・多分自分が転生したらこんな地味な日を積み上げるのだろうと思ってなるべく次に繋がるような話が多めですね、時系列を大事にしたい分とどうにか伝わるように書こうとする分、余すことなく書こうとする分の葛藤で変な部分があるかもしれませんが、更新は止まらないのでこれからも閲覧してくれると嬉しいです。
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